28 / 63
3章
1.
しおりを挟む「それで社長秘書就任二ヶ月、進捗はどうですかー?」
「ぼちぼちですねえ……」
実際はまだまだ新米なので先輩である古賀たちのサポートがあってぎりぎりやれている、といったところである。
苦い顔で箸を口に運んだ鈴を同期の雪が笑った。
昼休みの食堂は利用者でごった返しており、席はほとんど空いていないような状態だ。
なんとか二人分の席を確保して食べ始めたのが数分前。午後イチで応接室の準備をしなくてはいけない鈴は日替わりランチのハンバーグを必死に詰めこんでいた。
「最近ぜんっぜん食堂で鈴見ないから心配しちゃったよ」
「ほんとびっっくりするくらい忙しくて……」
鈴よりいくらかゆっくりと箸を進める雪が告げたのに対して、ため息がこぼれた。
いまなら織之助が通勤に一時間半もかけていられないと言った意味がわかる。
徒歩圏内の家に居候というのはありがたすぎて泣けてくるほどだった。
「大丈夫? 過労死しないでねー」
「ハハ……でも、私より社長とか副社長のほうが忙しそうだから」
やれ会食だの、やれ会議だのと休む暇なんてほとんどなく動き回っているのはスケジュールを見ただけでも窺える。
実際、一緒に住んでいるはずの織之助の姿はほとんど家にない。
食事は作って置いておいたものを食べているようだけど――、と鈴がコップの水を口に含んだ。
「あ。そういえば鈴、副社長と一緒に住んでるんでしょ?」
「ゴホッ」
思わぬ話題を振られて漫画かと思うくらい見事にむせた。
噴き出さなかったのは良かったと思うべきか。
「えっ……え、いや、え……⁉︎」
目を剥いて雪を見るとなにやら得意げな顔で胸を張っている。
「情報通な雪ちゃんをなめないでくださーい」
「いやもはや情報通で片付けられるレベルじゃないんだけど⁉︎」
――ここまでくると怖い。
だって鈴は織之助と一緒に住み始めたことを職場の誰にも言っていないのだ。
(さすがに親には伝えたけど……)
挨拶をしておきたい、と言った織之助が電話で鈴の母に伝えた経緯がある。
織之助からの電話の後、「結婚⁉︎」と楽しそうに騒いでた父と母の様子を想起して苦笑いしそうになったところで、今の状況を思いだした。
楽しそうな雪がこちらを見ている。
「どうなのどうなの? 橘副社長と同棲」
本当にどこから情報仕入れてるんだ……と怖くなりつつ、誤魔化せないことを悟ってゆっくり口を開いた。
「……同棲というか、居候かな」
余っている一部屋に荷物を置かせてもらってはいる――が。
さっきも言ったとおり織之助は忙しい。休日たまに家にいるけれど、ほとんど寝ているような状態だ。
そんな織之助を小姓のときは叩き起こしてたが、今はとてもそんな気にはならなかった。
だから休日はとんど別々に過ごしている。
(ベッドだけは頑なに一緒のままなんだよね)
それも二ヶ月もすれば慣れるものである。
そもそもベッドに入るのは鈴のほうが早い。朝はいつもやかましい織之助の目覚ましの音に起こされ、ときめきを覚える余裕もなく織之助を起こすのに四苦八苦している。
一緒に寝ている感覚はまったくないと言っても過言じゃないのだ。
律儀に緊張していたのは最初の一週間くらいである。
「そんなこと言って~」
「ほんとだって。なかなか帰ってこないし」
同じ家で暮らすのは前世のときもそうだったが、一緒にいる時間は間違いなく今のほうが少ない。
(一緒に住んでる感がまるでないんだよね……)
正直な話ちょっと寂しいと思ってしまうのは、わがままだろうか。
あんなに引っ越すのを渋っていたくせに勝手だろうか。
「副社長ともなると忙しさも段違いなのかあ」
「そうそう」
納得したように呟いた雪に、半ばやけくそで頷いて残っていたコンソメスープを一気に飲み込んだ――瞬間。
「おっ、鈴」
「ぎゃっ⁉︎」
背後から肩を叩かれて心臓が跳ね上がった。
ぎりぎりスープは喉を通過した後だったので幸い被害はない。
「そんなに驚くなよー、俺が悪いことしたみたいじゃん」
「しろ、専務!」
一向に落ち着く気配のない心臓を押さえながら振り返る。
楽しそうに笑った士郎が鈴と同じ日替わりランチをトレーに乗せて立っていた。
「専務おつかれさまでーす」
「おつかれー」
にこやかに挨拶をした雪に軽い調子で士郎が応え、鈴の隣の椅子を引っ張った。
いつのまにか空いていたらしい。
「俺も一緒していい?」
「もちろんです~」
専務だろうがなんだろうが怯むことのない雪の度胸は尊敬に値する。
普通だったら萎縮してしまっても致し方ないが、そうさせないのは士郎の人格もあるんだろう。
裏表のない笑顔を浮かべる士郎に周りからの視線が集まった。その大半は女性からである。
(……さすが御三家)
以前、雪がそう評していたのを思い出してこっそり感嘆の息を吐く。
普段あまり社員が集まっている場所で三人を見る機会がなかったから知らなかったが、こうして見るとやっぱり相応に人気らしいことが窺えた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
【完結】やさしい嘘のその先に
鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。
妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。
※30,000字程度で完結します。
(執筆期間:2022/05/03〜05/24)
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます!
✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
---------------------
○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
---------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる