上 下
27 / 63
幕間2

4.

しおりを挟む



「おいおいおいおいおい!」

 すぱんっと気持ちのいい音を出して襖を勢いよく開けたのは士郎である。
 もはやお決まりとなった登場の仕方に、織之助は長いため息を吐き出した。

「なんだ騒々しい。というかおまえはいつもいつも暇なのか」
「おまっ、おまえ~!」

 いつものごとく苦言を無視した士郎がずかずかと足を進め、織之助の目の前で膝をついた。
 その勢いのまま文机に手を置いた士郎に織之助が「おい」と声をかけるもやはりそれに対する返事はない。

「鈴吉と好い仲だっていろんな奴に言ってるって本当か!」

 切迫した表情で言い詰められ、その顔の近さに腰を引いて距離を取る。
 
「だからなんだ」

 冷静に返すと「うわあー!」と士郎が謎の悲鳴をあげた。
 その声の大きさに思わず顔をしかめる。

「うるさい」
「こっ、これが冷静でいられるかっ!」

 いったい士郎は何をそんなに興奮しているのか。
 ますます眉間に皺を寄せた織之助を見て、士郎が手を文机に打ち付ける。
 
「涼しい顔しやがって……なんだよもう水臭いなあ!」
「は?」
「早く言えよそういうことは! ずっとやきもきしてた俺らの気持ちをさあ……」

 次々と捲し立てる士郎に追いつけず頭の上で疑問符が浮かび上がる。

「まあ織と鈴が幸せならいいんだけど……って、なんだよ?」

 なにか決定的に食い違ってる――と織之助がその思い違いの内容を察したところでようやく士郎が言葉を止めた。

「いや、おまえ何を真に受けてるんだ」
「え?」

 今度は士郎が首を傾げる番だった。
 その様子に織之助がため息を混じえて吐き出す。

「はったりに決まってるだろう」
「……はあ⁉︎」

 くっきりとした瞳が見開いて織之助を映した。
 また眼前で大声を出された織之助が嫌な顔で士郎を睨んだ。

「鈴吉が襲われないための対策だ」

 公言してしまえばおいそれと鈴吉に手出しは出来なくなるだろう。織之助より地位が低いものなんかは特に。
 変にこそこそして、抱かれた抱かれていないと陰であらぬことを想像されるよりずっといい。なにより――鈴を自分のものだと公言して、どこかつっかえていたような気持ちがすっとした。
 ある意味開き直った織之助の態度に士郎が呆れたような表情になった。

「おまえ……」
「おい織之助!」
「うわっ、正成!」

 何か言いかけた士郎を遮るように、開けっぴろげになっていた襖から勢いよく声をかけたのは正成であった。
 思いがけない人物の登場に驚いたのは士郎だけではない。

「……どうされたんですか、正成様」

 正成がこんなところまで来るとはどんな急用だ。
 ここ最近は敵方に目立った動きもなかったはずだが――と、織之助が頭を悩ませていると行儀良く襖を閉めてから正成が織之助に詰め寄った。

「おま、おまえ、鈴、いや鈴吉に手を出したって」

 まさかの話題に織之助が目を剥いた。
 正成まで真に受けているとはまったくの想定外である。

「正成様、それは」
「そうなんだよ正成!」

 誤解だと告げようとした声を士郎が遮った。
 その顔がいきいきとしていて嫌な予感がする。

「おまえは話をややこしく……」
「責任は取るんだろうな⁉︎」

 するな、と注意する前に正成が織之助の肩を掴んだ。
 珍しすぎる正成の慌てた様子に一瞬言葉を見失う。

「正成様、ごか」
「取る! きっちり織之助が責任取る!」
「だから士郎、おまえは話をややこしくするな!」

 なぜか高らかと宣言した士郎に織之助が目を釣り上げる。
 士郎の言葉を聞いて正成はようやく冷静さを取り戻したらしい。織之助の肩から手が退かし、大きく息を吐いた。

「……そうか、いや、ならいい」
「正成さ」
「で、祝言はいつだ」
「正成様!」

 とんでもないところまで話が飛躍して織之助が声を荒げた。
 いったいどうして誰も嘘だと疑わないのか。
 心が綺麗すぎるからか、と心配になりつつ口を添える。

「誤解です。……先日、鈴吉が襲われることがあったのでその対策に噂を流しただけです」
「は?」

 何を言っているんだ、とでも言いたげな瞳が織之助を見た。
 その視線になぜかこちらが間違ったことを言っている気持ちになる。
 ――べつに嘘だろうがなんだろうが、鈴吉を守れるならそれでいいんじゃないか。
 そう思っている織之助には、いまいち二人の反応が腑に落ちなかった。

「そうなるよな~。聞け正成、織之助兄さんは思っていた以上に恋愛下手だ」

 うんうん頷く士郎が妙に腹立たしい。
 しかも恋愛が下手だとか上手いだとかは今関係ない話だろう。

「なんでそうなる……。というかその呼び方やめろ」

 また士郎の脈絡のない無駄話かと呆れてため息を吐くと、士郎が肩をすくめて正成を向いた。

「ほらな? 下手すると正成よりひどい」
「俺を引き合いに出すな」
「だっておまえも相当……」
「そういう士郎はさぞかし恋愛上手なんだろうな?」
「そりゃ場数が違うってもんよ」

 胸を張った士郎はちらと織之助を見て「あ」と思い直したように声を出した。

「……場数は織之助のほうが多いかもな」
「そんなわけないだろう」

 女とあれば見境なく声をかける士郎より場数が多いわけがない。
 抗議の意を込めて睨むと士郎は肩をすくめた。

「でも中身が空っぽだったんだよ織之助の恋……いや恋にもなってなかったわけだ今までは」
「なるほどな」
「正成様も納得しないでください」

 なぜか妙に腹落ちした様子の正成に織之助が苦い顔をした。

「初恋か……」
「なー」

 しみじみと呟いた正成に、士郎がなぜか親のような目で織之助を見ながら頷く。

「話が読めないんですが」

 率直な意見を口にすれば士郎の視線がいっそう生暖かくなった。

「今晩は織之助の遅い春に乾杯するかあ」
「は?」
「いつ認めるか見ものだな」
「認めるより先に気づくところからだろー」

 楽しそうに話す二人に、完全に置いて行かれた織之助は一人眉間の皺を深くするのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

邪悪な魔術師の成れの果て

きりか
BL
邪悪な魔術師を倒し、歓喜に打ち震える人々のなか、サシャの足元には戦地に似つかわしくない赤子が…。その赤子は、倒したハズの魔術師と同じ瞳。邪悪な魔術師(攻)と、育ての親となったサシャ(受)のお話。 すみません!エチシーンが苦手で逃げてしまいました。 それでもよかったら、お暇つぶしに読んでくださいませ。

裕也の冒険 ~~不思議な旅~~

ひろの助
キャラ文芸
俺。名前は「愛武 裕也」です。 仕事は商社マン。そう言ってもアメリカにある会社。 彼は高校時代に、一人の女性を好きになった。 その女性には、不思議なハートの力が有った。 そして、光と闇と魔物、神々の戦いに巻き込まれる二人。 そのさなか。俺は、真菜美を助けるため、サンディアという神と合体し、時空を移動する力を得たのだ。 聖書の「肉と骨を分け与えん。そして、血の縁を結ぶ」どおり、 いろんな人と繋がりを持った。それは人間の単なる繋がりだと俺は思っていた。 だが… あ。俺は「イエス様を信じる」。しかし、組織の規律や戒律が嫌いではぐれ者です。 それはさておき、真菜美は俺の彼女。まあ、そんな状況です。 俺の意にかかわらず、不思議な旅が待っている。

カメリアの王〜悪女と呼ばれた私がゲームの悪女に憑依してしまった!?〜

アリス
ファンタジー
悪女。それは烙印。何をしようと批判される対象。味方は誰もいない。そんな人物をさす。 私は大人気ゲームをしているうちに悪女に設定されたレイシーに同情してしまう。そのせいかその日の夢でレイシーが現れ、そこで彼女の代わりに復讐することを約束してしまい、ゲームの世界に入ってしまう。失敗すれば死は免れない。 復讐を果たし死ぬ運命を回避して現代に戻ることはできるのか? 悪女が悪女のために戦う日々がいま始まる! カクヨム、なろうにも掲載中です。

嫌われ変異番の俺が幸せになるまで

深凪雪花
BL
 候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。  即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。  しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……? ※★は性描写ありです。

木漏れ日の中で…

きりか
BL
春の桜のような花びらが舞う下で、 その花の美しさに見惚れて佇んでいたところ、 ここは、カラーの名の付く物語の中に転生したことに俺は気づいた。 その時、目の前を故郷の辺境領の雪のような美しい白銀の髪の持ち主が現れ恋をする。 しかし、その人は第二王子の婚約者。決して許されるものではなく…。 攻視点と受け視点が交互になります。 他サイトにあげたのを、書き直してこちらであげさしていただきました。 よろしくお願いします。

巻き添えで召喚された会社員は貰ったスキルで勇者と神に復讐する為に、魔族の中で鍛冶屋として生活すると決めました。

いけお
ファンタジー
お金の執着心だけは人一倍の会社員【越後屋 光圀(えちごや みつくに)】 ある日、隣に居る人が勇者として召喚されてしまうのに巻き込まれ一緒に異世界に召喚されてしまう。 勇者に馬鹿にされた光圀は、貰ったスキルをフル活用して魔族の中で鍛冶屋として自ら作った武器を売りながら勇者を困らせようと決意した!?

愛され女子の幼馴染です!

雨霧れいん
BL
男受けがいい女子海空麗の幼馴染の僕は"幼馴染"としてしか立場がないと思っていたが__

なにがなにやら?

きりか
BL
オメガバースで、絶対的存在は、アルファでなく、オメガだと俺は思うんだ。 それにひきかえ俺は、ベータのなかでも、モブのなかのキングモブ!名前も鈴木次郎って、モブ感満載さ! ところでオメガのなかでも、スーパーオメガな蜜貴様がなぜに俺の前に? な、なにがなにやら? 誰か!教えてくれっ?

処理中です...