24 / 63
幕間2
1.
しおりを挟む鈴吉改め鈴が女であるということが発覚して四年。
十八歳を迎えた鈴は待っていたかのように花開いた。
男装は続けているし、所作なども意識して男らしく振る舞っている鈴ではあるが、顔立ちだけは誤魔化せない。
大きくて丸い瞳とそれを縁取る長いまつ毛、スッと伸びた鼻筋にやや薄い小さな唇。
もともと可愛い顔をしていると評判だった鈴吉である。それが十八になってよりいっそう磨かれたと家臣たちの間で噂になっていた。
「いやあ、すーっかり人気者だなあ鈴吉は」
確認してほしい書簡があると言って織之助の執務室を訪れた士郎が居座る姿勢をとった。
渡された書簡を広げつつ、織之助が士郎を睨む。
「仕事しろ」
「いやいや、こうやって城内のことを話すのも仕事のうち!」
ああ言えばこう言う。
面倒くささを察知した織之助は黙って書簡に視線を移した。
「それにしても、本当驚くくらい可愛く成長したよなあ」
しみじみと頷く士郎はいったいどの立ち位置で物を言っているのか。
ため息を堪える織之助など露知らず。
士郎は相変わらず軽い調子で言葉を続けた。
「あの一件以来明るくなったし、仕事には一生懸命だし、かわいいし。ほんっと嫁に来て欲し」
「は?」
言い終える前に織之助の鋭い声が飛んだ。
同時にこれ以上ないくらい厳しい視線で刺されて、士郎は思わず口角を引き攣らせる。
「冗談だって」
織之助はもう一度だけ士郎を睨んで再び書簡に目を戻した。
それを確認して士郎が肩をすくめる。
――これで過保護な自覚がないんだからなあ、とはさすがの士郎も口にはできなかった。
「ちなみに、鈴吉が綺麗になったのは織之助殿に抱かれたからだとか言われてるけど」
「……馬鹿馬鹿しい」
根も葉もないその噂は織之助も聞いたことがあった。
偶然家臣が話しているところに出くわし、苦言を呈したのはわりと最近のことだったように思う。
ちょっとかわいい顔をした小姓がいると、すぐ男色に結びつけるのはいかがなものか。
織之助が顔を苦くしたのを見て、士郎がため息を吐いた。
「ったく。鈴吉だけじゃなくておまえの態度も変わったから言われてるんだぞ」
「は?」
「やっぱり自覚なしかー……」
想定はしてたけどな、と士郎がしみじみと頷く。
男装しているということが三人に発覚して以来、鈴の態度は年々軟化していた。
それは織之助や正成、士郎に対してだけではない。
年を重ねるごとに穏やかに明るく、そして綺麗になり――十八になってそれが殊に花開いたのだ。
周りが放っておくわけがない。
(んで、それを無意識に牽制してるのが織之助なんだが……)
本人にその自覚がまったくないというんだから、おかしな話である。
「織之助、おまえさては本命童貞だな」
「は?」
鋭い視線に怯まず士郎が続けた。
「最近は落ち着いてるけど一時期派手に遊んでたよな。そのときに本命はできなかったのか?」
「……うるさい。仕事しろ」
否定しない織之助に士郎はにやにやと口角を上げて詰め寄る。
心底嫌そうな顔が士郎を見た。
「なあなあ、その派手な遊びが落ち着いた理由に心当たりないのかー?」
「年齢」
「それはそうだけどさあ……」
すげなく返されて士郎が肩を落とす。
来るもの拒まず去るもの追わず、という姿勢を織之助が崩したのはちょうど鈴吉のかわいさが家臣の間で騒がれるようになった頃だ。
(はたから見れば分かりやすすぎて笑えんのに、普段の察しの良さはどこへやら)
向けられる感情には敏感でも自分から向ける感情に疎いという、長い付き合いでも知らなかった織之助の新たな一面に士郎は息を吐いた。
「おまえも正成も恋愛下手すぎて泣けてくるわ」
もはや付き合う気を無くしたのか織之助は答えず手元の書簡に目を走らせている。
士郎は肩をすくめ、それから声を落とした。
「まあ、実はこの馬鹿な話も放っておくわけにいかなくてさ」
珍しく真剣な声色に、ようやく織之助が視線を持ち上げて士郎を見る。
「……なんだ」
先を促すように訊くと、士郎はあぐらをかいたまま器用に距離を縮めた。
「鈴吉がそれはそれはかわいいもんだから? ……何人か狙ってる奴がいる」
前半はやや軽い調子で告げられたが、後半は至って真面目な声振りだった。
自然と織之助が眉を寄せる。
「どういうことだ」
「このあいだたまたま聞いたんだ。三人で押さえつけたらいけるとか、橘殿に抱かれてるならいけるとか」
「は?」
「もちろん聞いたからにはそれなりに叱っておいたけどな」
鈴吉の名前をはっきり出していたわけでもない。
注意された三人はただの雑談だと言い切ってもいた。
士郎が淡々と告げつつ眉を顰めた。
「けど――……嫌な予感がする」
こういうときの士郎の勘は大抵当たる。
昔から野性的な部分が常人より冴えている士郎だ。
「真面目な話、鈴吉のことちゃんと見ておいたほうがいい」
「……ああ」
織之助が重々しく頷く。
今回ばかりは士郎の勘が外れることを強く願った。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
邪悪な魔術師の成れの果て
きりか
BL
邪悪な魔術師を倒し、歓喜に打ち震える人々のなか、サシャの足元には戦地に似つかわしくない赤子が…。その赤子は、倒したハズの魔術師と同じ瞳。邪悪な魔術師(攻)と、育ての親となったサシャ(受)のお話。
すみません!エチシーンが苦手で逃げてしまいました。
それでもよかったら、お暇つぶしに読んでくださいませ。
裕也の冒険 ~~不思議な旅~~
ひろの助
キャラ文芸
俺。名前は「愛武 裕也」です。
仕事は商社マン。そう言ってもアメリカにある会社。
彼は高校時代に、一人の女性を好きになった。
その女性には、不思議なハートの力が有った。
そして、光と闇と魔物、神々の戦いに巻き込まれる二人。
そのさなか。俺は、真菜美を助けるため、サンディアという神と合体し、時空を移動する力を得たのだ。
聖書の「肉と骨を分け与えん。そして、血の縁を結ぶ」どおり、
いろんな人と繋がりを持った。それは人間の単なる繋がりだと俺は思っていた。
だが…
あ。俺は「イエス様を信じる」。しかし、組織の規律や戒律が嫌いではぐれ者です。
それはさておき、真菜美は俺の彼女。まあ、そんな状況です。
俺の意にかかわらず、不思議な旅が待っている。
カメリアの王〜悪女と呼ばれた私がゲームの悪女に憑依してしまった!?〜
アリス
ファンタジー
悪女。それは烙印。何をしようと批判される対象。味方は誰もいない。そんな人物をさす。
私は大人気ゲームをしているうちに悪女に設定されたレイシーに同情してしまう。そのせいかその日の夢でレイシーが現れ、そこで彼女の代わりに復讐することを約束してしまい、ゲームの世界に入ってしまう。失敗すれば死は免れない。
復讐を果たし死ぬ運命を回避して現代に戻ることはできるのか?
悪女が悪女のために戦う日々がいま始まる!
カクヨム、なろうにも掲載中です。
嫌われ変異番の俺が幸せになるまで
深凪雪花
BL
候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。
即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。
しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……?
※★は性描写ありです。
木漏れ日の中で…
きりか
BL
春の桜のような花びらが舞う下で、
その花の美しさに見惚れて佇んでいたところ、
ここは、カラーの名の付く物語の中に転生したことに俺は気づいた。
その時、目の前を故郷の辺境領の雪のような美しい白銀の髪の持ち主が現れ恋をする。
しかし、その人は第二王子の婚約者。決して許されるものではなく…。
攻視点と受け視点が交互になります。
他サイトにあげたのを、書き直してこちらであげさしていただきました。
よろしくお願いします。
巻き添えで召喚された会社員は貰ったスキルで勇者と神に復讐する為に、魔族の中で鍛冶屋として生活すると決めました。
いけお
ファンタジー
お金の執着心だけは人一倍の会社員【越後屋 光圀(えちごや みつくに)】
ある日、隣に居る人が勇者として召喚されてしまうのに巻き込まれ一緒に異世界に召喚されてしまう。
勇者に馬鹿にされた光圀は、貰ったスキルをフル活用して魔族の中で鍛冶屋として自ら作った武器を売りながら勇者を困らせようと決意した!?
なにがなにやら?
きりか
BL
オメガバースで、絶対的存在は、アルファでなく、オメガだと俺は思うんだ。
それにひきかえ俺は、ベータのなかでも、モブのなかのキングモブ!名前も鈴木次郎って、モブ感満載さ!
ところでオメガのなかでも、スーパーオメガな蜜貴様がなぜに俺の前に?
な、なにがなにやら?
誰か!教えてくれっ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる