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幕間2
1.
しおりを挟む鈴吉改め鈴が女であるということが発覚して四年。
十八歳を迎えた鈴は待っていたかのように花開いた。
男装は続けているし、所作なども意識して男らしく振る舞っている鈴ではあるが、顔立ちだけは誤魔化せない。
大きくて丸い瞳とそれを縁取る長いまつ毛、スッと伸びた鼻筋にやや薄い小さな唇。
もともと可愛い顔をしていると評判だった鈴吉である。それが十八になってよりいっそう磨かれたと家臣たちの間で噂になっていた。
「いやあ、すーっかり人気者だなあ鈴吉は」
確認してほしい書簡があると言って織之助の執務室を訪れた士郎が居座る姿勢をとった。
渡された書簡を広げつつ、織之助が士郎を睨む。
「仕事しろ」
「いやいや、こうやって城内のことを話すのも仕事のうち!」
ああ言えばこう言う。
面倒くささを察知した織之助は黙って書簡に視線を移した。
「それにしても、本当驚くくらい可愛く成長したよなあ」
しみじみと頷く士郎はいったいどの立ち位置で物を言っているのか。
ため息を堪える織之助など露知らず。
士郎は相変わらず軽い調子で言葉を続けた。
「あの一件以来明るくなったし、仕事には一生懸命だし、かわいいし。ほんっと嫁に来て欲し」
「は?」
言い終える前に織之助の鋭い声が飛んだ。
同時にこれ以上ないくらい厳しい視線で刺されて、士郎は思わず口角を引き攣らせる。
「冗談だって」
織之助はもう一度だけ士郎を睨んで再び書簡に目を戻した。
それを確認して士郎が肩をすくめる。
――これで過保護な自覚がないんだからなあ、とはさすがの士郎も口にはできなかった。
「ちなみに、鈴吉が綺麗になったのは織之助殿に抱かれたからだとか言われてるけど」
「……馬鹿馬鹿しい」
根も葉もないその噂は織之助も聞いたことがあった。
偶然家臣が話しているところに出くわし、苦言を呈したのはわりと最近のことだったように思う。
ちょっとかわいい顔をした小姓がいると、すぐ男色に結びつけるのはいかがなものか。
織之助が顔を苦くしたのを見て、士郎がため息を吐いた。
「ったく。鈴吉だけじゃなくておまえの態度も変わったから言われてるんだぞ」
「は?」
「やっぱり自覚なしかー……」
想定はしてたけどな、と士郎がしみじみと頷く。
男装しているということが三人に発覚して以来、鈴の態度は年々軟化していた。
それは織之助や正成、士郎に対してだけではない。
年を重ねるごとに穏やかに明るく、そして綺麗になり――十八になってそれが殊に花開いたのだ。
周りが放っておくわけがない。
(んで、それを無意識に牽制してるのが織之助なんだが……)
本人にその自覚がまったくないというんだから、おかしな話である。
「織之助、おまえさては本命童貞だな」
「は?」
鋭い視線に怯まず士郎が続けた。
「最近は落ち着いてるけど一時期派手に遊んでたよな。そのときに本命はできなかったのか?」
「……うるさい。仕事しろ」
否定しない織之助に士郎はにやにやと口角を上げて詰め寄る。
心底嫌そうな顔が士郎を見た。
「なあなあ、その派手な遊びが落ち着いた理由に心当たりないのかー?」
「年齢」
「それはそうだけどさあ……」
すげなく返されて士郎が肩を落とす。
来るもの拒まず去るもの追わず、という姿勢を織之助が崩したのはちょうど鈴吉のかわいさが家臣の間で騒がれるようになった頃だ。
(はたから見れば分かりやすすぎて笑えんのに、普段の察しの良さはどこへやら)
向けられる感情には敏感でも自分から向ける感情に疎いという、長い付き合いでも知らなかった織之助の新たな一面に士郎は息を吐いた。
「おまえも正成も恋愛下手すぎて泣けてくるわ」
もはや付き合う気を無くしたのか織之助は答えず手元の書簡に目を走らせている。
士郎は肩をすくめ、それから声を落とした。
「まあ、実はこの馬鹿な話も放っておくわけにいかなくてさ」
珍しく真剣な声色に、ようやく織之助が視線を持ち上げて士郎を見る。
「……なんだ」
先を促すように訊くと、士郎はあぐらをかいたまま器用に距離を縮めた。
「鈴吉がそれはそれはかわいいもんだから? ……何人か狙ってる奴がいる」
前半はやや軽い調子で告げられたが、後半は至って真面目な声振りだった。
自然と織之助が眉を寄せる。
「どういうことだ」
「このあいだたまたま聞いたんだ。三人で押さえつけたらいけるとか、橘殿に抱かれてるならいけるとか」
「は?」
「もちろん聞いたからにはそれなりに叱っておいたけどな」
鈴吉の名前をはっきり出していたわけでもない。
注意された三人はただの雑談だと言い切ってもいた。
士郎が淡々と告げつつ眉を顰めた。
「けど――……嫌な予感がする」
こういうときの士郎の勘は大抵当たる。
昔から野性的な部分が常人より冴えている士郎だ。
「真面目な話、鈴吉のことちゃんと見ておいたほうがいい」
「……ああ」
織之助が重々しく頷く。
今回ばかりは士郎の勘が外れることを強く願った。
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