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授かる福音/降りかかる呪縛

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「せいっ!」
「うあぁぁっ!?」

 バタン、と派手に音を立てて畳に打ち付けられる青年。畳張りの柔道場では、十数人の男子柔道部員が組手を行っていた。投げ飛ばした方のガタイの大きい高校生は、体格に負けず劣らずの大声を出す。

「佐野ォ! 受け身はちゃんと取れって言ってんだろ! 投げた側がケガさせない保証はねえんだぞ!」
「う、うぅ……はい……すいません……!」

 ぺこぺこと謝りながら、投げ飛ばされた高校2年生の佐野真史さのまさふみはため息をつく。彼の身長はクラスでも真ん中ぐらい、こと柔道部に至っては小さいぐらいだ。線も細い。それに対して、今組手をしている先輩の大塚高志おおつかたかしは、身長も高ければ身体つきもがっしりとしている。佐野の方から技をかけてどうにかできる相手ではない。

 その事を大塚も分かっているのか、口元は僅かにせせら笑っている。もう一度組手をとり、今度は足払いを仕掛けようとする佐野。──が、全く動かない。その瞬間、力任せにぶん投げられる。大車の技で視界が回転し、背中から落っこちてしまう。

「ぐっ……うぇぇ……」
「おいおい、こんなんで伸びてたら試合に出て勝てねぇぞ?」

 からかうような口振りで大塚は、仰向けに倒れたままの佐野を見下ろす。佐野にも分かっていた。たとえ現在試合に出ている先輩たちが卒業したところで、彼が試合に出るどころか控えに入ることだって無理だろうと。自分の同級生にはもっと強い生徒もいる。そいつらよりも今から強くなれる期待が、佐野には持てなかった。

「けっ、しばらく休んでな……その代わり、あとで『特訓』な」
「ぁ……わかり、ました……」

 ふらついた状態の佐野は、そのまま柔道部屋の端にそそくさと逃げる。他の生徒との組手を始める大塚だが、先ほどとは違い彼も苦戦する。大塚自身も、団体戦ではぎりぎり次鋒に選ばれるレベル。時に後輩の成長スピードに驚かされ、脅威を覚えることもあった。

(次の試合、レギュラーから外されるなんてことあっちゃいけねぇ……)

 だが、今日の大塚は調子が悪かったのか。部長や副部長はおろか、先鋒として急成長を遂げている2年の後輩にも勝つことが出来なかった。攻めっ気が強すぎて搦め手に引っ掛かる。そう周囲から指摘され、歯噛みすることしかできなかった。

 午後6時半。どの部活も活動を終え、部室で着替え終わった生徒たちが次々に帰宅する中。制服に着替えた大塚は校舎裏に佐野を連れてくる。あれから一度も技を決めれなかった佐野は、今からの『特訓』に既に嫌気が差している。

「おら、佐野。今日一回も投げれてないんだろうが。一回ぐらい俺を投げ飛ばしてみろ」
「えっ……でも先輩、ここ土の上ですよ……!」
「ほぉ? そう言うってことは投げるつもりがあるんだな? じゃあかかってきやがれ!」

 荷物を放り投げ、制服のまま構える大塚。おずおずと佐野は組み手をするが、非力な彼ではたとえ技が上手くとも投げる段階までいかない。全く姿勢を崩せないまま、しばらく膠着状態が続き。

「あ~ぁ……お前本当に投げらんないんだな」
「ご、ごめんなさい……」
「俺に謝られてもどうしようもねぇよ……でも、せっかく『特訓』してやってるんだから」

 ぐい、と大塚の組み手の力が強くなる。

「今日あんまり俺も投げれてないんだよ。ちょっくら付き合ってくれねぇ?」
「ひっ……!」

 ひどく怯えた様子を見せる佐野。それを見て、大塚は思わず吹き出してしまった。

「ぶっ……あはははっ! 冗談だよ、こんなところで投げたら本当にケガするしな。ほれ」

 握った制服を離すと、佐野は素早く距離を取って荷物を持つ。今すぐにでも逃げたいという思いが見て取れた。流石に大塚も、ため息をつく。

「はぁ……お前さ、闘志が足りないって言われない? こんな事言うとルールに反するけど……相手をぶっ倒してやるぐらいの気概が欲しいわけ。佐野はなんかずっと怯えてばっかりなんだよな」
「す、すいません……」

 ふわぁ、と大塚はあくびをする。後輩を弄って、少しは気分も紛れた。自分も荷物を拾う。

「んじゃ、俺は帰るわ。練習にはちゃんと来いよ」
「は、はい……」

 午後7時の学校のチャイムが鳴る。生徒が校内に居てはいけない時間になった。大塚も暇ではない。高校3年ともなると、部活に入っていても受験で忙しくなる。今から塾に通うべく、歩みを進めた。

──────────────────────────────────

 すっかり暗くなった夜道を行く大塚。塾で眠ってしまいそうだな、と途中のコンビニで夜食とコーヒーを買って、もう少しで塾というところに。ふと、変なものを見つけてしまった。

「あ? なんだこれ……?」

 紫色をした布、いやテントだった。円形に張られたテントが、道の端にでかでかと建てられている。LEDの電飾で飾り付けられている上に、星座や不可解な文様などが散りばめられた、遊園地かサーカスでしか見ないようなテント。昨日まではそんなものは無かったはず。突然、テントの中からひょこりと誰か出てきた。

「ねぇキミ! ちょっと人助けと思ってこっち来てくんない?」

 同級生ぐらいの、ギャルっぽい女の子。黒髪の同級生ばかりが身近にいる大塚にとって、金髪のサイドテールに短いスカートをした、ワイシャツ姿の女子は刺激が強かった。胡散臭い、という思いも一瞬浮かんだものの、可愛い女の子に声を掛けられて着いていかないという選択肢は無かった。

「おうよ、俺でいいなら……って、何だこりゃ?」

 厚手の布で囲まれたテントの内側は、さらに奇妙なものでいっぱいだった。部屋の中央に置かれたテーブル、そしてその上には水晶玉。外周を覆うように、呪術で使うようなウィジャ盤や木彫りの仮面、棚の中にはタロットカードらしきものもある。部屋の中央には古い白熱電球がつるされており、意外に明るかった。

「えぇと……占い師でもしてるのか?」
「そうそう! とびっきりの占いで、貴方の本当の願いを叶えちゃう!」
「いや、占いは俺あんまり興味ないんだけどな……それで、手伝って欲しい事って?」

 テーブルの向かい側に座ったギャルは、にっこりと笑って椅子に座るように促す。水晶玉の置かれたテーブルに向き合って、彼女は名乗った。

「アタシは天使なの」
「…………新宿の母みたいな?」
「そーそー、そんな感じ。この町の天使」

 唐突な事を言われたので一瞬度肝を抜かれたが、占い師の常套句だったと気が付く。だが、町の天使を名乗るには流石に知名度が足りないだろう。なにせ、ずっとこの町で暮らしてきた大塚が今日初めてみたぐらいだ。

「それでなんだけど、占いのテスターをして欲しいの! 今なら初回無料、特別に貴方の願いを叶えるためのおまじない付き!」
「壺とか売りつけられても買わないぞ」
「そんな悪魔みたいなことしないってば! アタシ天使なんだし」

 水晶玉に手をかざし、天使を名乗るギャルは目を瞑ってむぅん、とかんむむ、とか呟いている。占いなんて全く信じていない大塚は、占い以外の話題にどう転換しようかと考えていた。彼も年頃の男だ、女性に対する好奇心は人並みにある。──ふと、光の反射だろうか。水晶玉が青くきらめいた、ような気がした。

「いよっし、見えたっ!」
「なぁなぁ、君ってここの近くの学校の生徒だったり──」
「ずばりっ! キミの悩みは『彼女が居ない事』と『弱っちい後輩を鍛えようとしても全然上手くいかない事』でしょ!」
「はぁ……? い、いや、進路の事についてとかも他の悩みも一応あるけど……」

 いや、それよりも。大塚にとって驚くべきことに、まるで彼女は大塚と佐野の『特訓』の事を知っているかのように話している。以前にも同じような特訓をした事があるが、まさか目撃していた人物が居たのか。だが、占い師のギャルが着ている服は、制服に近いがどう見てもうちの学校の制服とは違う。

「な、なんでそんな事を知ってるんだよ……」
「当然でしょ、なんてったってアタシは天使なんだから! それと初回サービス、キミの悩みを解決するための『おまじない』も特典で付けちゃいます! 早速だけど、キミの『理想の彼女』を心の中で思い浮かべてみて!」
「え? お、おう……」

 再び水晶玉に手をかざし、何やら大塚には聞き取れない単語の羅列を占いギャルは呟く。言われたままに、大塚は自分にもしも彼女が居たら、どんな娘が良いかを妄想し始める。──おっぱいは大きい方がいい。雄の本能のまま、そんな事を考える。顔は落ち着いた感じより、ちょうど目の前にいる少女のような、明るいヤツがいい。自分より少し背の小さい、それでもカワイくて積極的な女子が彼女になってくれたら……

「はーいオッケー! キミの願いはよく『視えた』よ! ふふっ、ウチみたいな感じのコが好きだったりする?」
「え、マジかよ……なんでそこまで?」
「図星って顔してる~! 流石にそれは占わなくても分かるってば! よしっ、デモンストレーションはお終い! ご協力ありがとうございました、じゃーねー!」

 急かす様に椅子から立ち上がるよう促す占いギャルに対して、大塚はそれ以上踏み込むことが出来なかった。呆然とした彼は、もう一度塾への道を歩きながら。「占い師」って本当に悩みとかを見抜くんだな、などと少し驚いていた。

──彼が去った後のテントの内側で。『天使』は呟く。

「むぅ……神様の指令とはいえ、適当な人間の願いを叶えるのはメンドイなぁ……2つの願いをそれぞれ片付けるのも面倒だなぁ……あ、そうだっ!」

 なにかを思いついた彼女は、机の上に大量の呪術道具を広げる。易学や算術、ペンデュラムにアストロダイス。ニッコリと笑顔で、彼女は。

「纏めて2つの悩み、1つに解決する方法があるじゃん!」

──────────────────────────────

 全力疾走していた。後ろからひょっとしたら、怖い先輩が追ってきてまた投げ飛ばしてくるんじゃないかと怯えながら。体力のない佐野は荒い呼吸を繰り返しつつ、足をふらつかせながらも走り続ける。5分ほど走っただろうか。

「はぅっ、はぁっ……! も、もう無理っ……!」

 とうとう足が止まってしまう。佐野が通学時に突っ切る住宅街の中でも、まだ家の建っていない空地のある区画であった。そこで、彼はふと違和感を覚える。今朝学校に登校したときには無かったプレハブ小屋がぽつんと空地に出現していたのだ。突如、ガラリと小屋のドアが開いて。

「お兄さん、こっち! こっちに来てっ!」
「えっ、何……!?」
「逃げてるんでしょ、早くっ!」
「う、うん……!」

 暗くて顔も見えないが、女の子の声だった。逃げているのは事実、つまり匿ってくれるのだろうか。かと言って全く知らない相手に着いて行っていいものか。一瞬の思考の後、佐野はおずおずと招かれたプレハブ小屋に入り込むことにした。屈んで窓から見えないように隠れる。

「ふぅっ……ケホ、コホ……ゼェっ……」
「だ、だいじょうぶですかぁ……?」

 暗い部屋の中、わずかな月明かりで匿ってくれた人の姿が見える。自分より幾分か小さい、少なくとも同年代とは思えない少女。艶やかな黒色の髪を肩まで伸ばしていて、見た目の年齢とは不釣り合いな、透き通った雰囲気を感じさせる。肩出し上着に、膝まで伸びたスカートの裾がふわりと揺れる。そんな彼女が、心配そうに佐野をのぞき込んでいた。

「いや……大丈夫……少し走ってて息苦しくて……でも流石にこの中までは入ってこないよね……」
「あっ、そうだ! カギを掛けておきますから!」

 引き戸のカギをガチャリと閉じて。ようやく安全地帯を確保できた佐野は、壁に背を預けて深い呼吸をする。

「あり……がとう。急にごめんね、僕みたいなのが入ってきちゃって……少ししたら、すぐ出るから」
「お兄さん。誰かから、逃げてきたんですよね? 怖くて意地悪な先輩から、逃げてきたんですよね」
「どうして……それを……?」
 
 幼さの面影を残した少女に、佐野は見覚えが無い。今日初めて出会ったはずの人物に、何故自分の弱みを、恐れている事を知られているのか。

「ずっと、こうやって怯えて暮らし続けるの。いや、ですよね?」
「──ッ、そりゃ、そうだけど……!」

 どうしようもない事なのだと佐野が口走ろうとする前に。不思議な少女は、座り込んでいた佐野の口に人差し指の先を当てて遮る。

「わたし……ちょっと不思議な事ができるんです。私は──願いを叶える悪魔ですから」

 彼女の黒い瞳が、一瞬だけ紫色に妖しく光った──そんな気がした。ゾクリと背筋が冷える感覚。信じられないような事を口走っているのに、何故だか分からないけど。彼女は『本物』だと。佐野の直感は、そう告げていた。そしてその証拠に。彼女の背中からは、妖精の様に薄く桃色で透明な羽が顕れる。ゆっくりと揺らめき、ふわりと佐野に風を伝えてくる。

「ふふふっ……私の存在を否定しないんですね?」
「っ……! こんなの見せられて、人間だって言い張る方が難しいよ……!」
「いいえ。普通の人間は自分の常識の範疇に物事を押しとどめようとします──例えば、特殊効果で騙しているとか、妙に凝ったコスプレだとか。ですけど……貴方は違う。魔を受け入れ、己のモノにする事ができる」

 そのまま彼女は。佐野に身を寄せ合うかのように距離を詰める。そして耳元で囁いた。

「あなたの部活の怖い先輩を……貴方の事がだ~い好きな、かわいい先輩に変えてしまえばいいんです、ふふっ」
「それって……契約だよね、悪魔との……」
「心配しないでください。貴方が恐れるような──死後の魂を奪ったり、悪魔の操り人形にしたり。そんな事は致しません。ただ──」

 彼女の瞳が煌めき、佐野を射抜く。その瞬間、彼の身体は座り込んだまま硬直してしまう。呼吸はできるが、身動きが取れない。これは一体何なのか、佐野は視線で訴えかけるが。

「魔との交わりは闇より深く、血より熱くなければなりません……なれば、それはただ1つです♡」

 曲げていた脚を伸ばされ、腰元のベルトをカチャカチャと弄られ、外される。そしてそのまま、ずるりと制服のズボンを脱がされて。肌寒い感覚と共に、佐野の下半身が丸裸にされてしまう。ボクサーパンツの前ボタンを外され、少女の指先は。佐野の肉棒を取り出したのだった。目を見開き、驚くことしかできない佐野。

「貴方と私が交わり、その精を私に頂ければ。契約の代償はただそれだけで構いません♡♡」

 ぷにぷにと、柔らかい指先の感触が敏感な佐野のペニスを弄る。手の平で包み込み、上下に動かして。自分のモノを扱く時とは違う。他人に触られているという気恥ずかしさ、それも初めて出会った女の子に弄られているという状況。そんな体験、今までの佐野には全くない。

「くすくす♡ 私のような幼い姿に魅了されたのですかぁ……♡♡ でもぉ……貴方の願望ヨクボウは……貴方が彼女にしたいと思う姿は、違いますよね♡♡」

 鈴の鳴るような、可愛らしい声で彼女あくまは囁く。肉棒は、佐野が普段オナニーするとき以上に硬く、痛いほどにいきり勃っていて。いつ射精してしまってもおかしくないと思ってしまうほどに、不思議な気持ちよさに包まれていた。

「ダメですよっ……♡♡ 契約のためにはっ……♡♡♡ わたしがソレを受け止めなくてはいけないのですから♡♡♡♡」

 跨る様に佐野の脚の上に陣取った彼女は、ゆっくりと腰を下ろし。自分の男根が、スカートに包まれてゆく。──瞬間、ぬるりと生暖かい感触がペニスに伝わる。そのまま、奥へと逸物が突き進んでゆく感覚。穿いていなかったのか。佐野は驚愕することしかできない。

「っっはぁぁっ……♡♡♡ んぅうっ♡♡ いい、ですよっ……♡♡♡ 貴方のハジメテ、契約の代償に頂いちゃいましたっ♡♡♡♡ こうして繋がってっ……♡♡♡♡ 貴方の事がより深く解りますっ♡♡♡♡♡ 貴方の内に秘めた、その欲望っ♡♡♡♡」

 悪戯っぽく、彼女あくまは可憐に微笑み。そして、とん、とんと腰を振り始める。当然その衝撃は佐野のペニスに強烈な快楽を伝えてきて。童貞だった彼は、彼女の与えてくる刺激に耐えることなどできず。

「ほらっ♡♡♡ 貴方の溜めてきた精をぜんぶっ♡♡♡♡ わたしに捧げてくださいっ♡♡♡♡♡ んぅう゛ぅっ♡♡♡♡♡」

 ぱちゅん、ぱちゅんと濡れたアソコと腰がぶつかる音。自分の身体が弾けてしまうのではないかと思うほど、『射精したい』という強烈な欲求が佐野を襲う。もう限界だ、堪える事なんてできない。もう、すぐ──────

────────────────────────────────────

「────あれ?」

 意識を取り戻す。ふと気が付くと、通学路の途中の電柱で座り込んでいた。立ち上がった佐野は周囲を見渡す。いつも通学時によく見る風景、何もない空き地。何で自分はこんなところで眠っていたのだろう。スマホを取り出し、現在の時刻を確かめる。

「うわっ! なんでこんなに時間経ってるの!?」

 じっくりと思考することもせず、佐野は急いで家に向かって走り出した。

 ──その空中。月を影に、彼の様子を伺っていた少女が居た。

「くふふっ……代償は頂きました。『これから射精する全部の精液』。もし本当に彼女さんが出来て、その人が君の事がだいだいだ~い好きでも、膣内射精なかだしセックスできないんです……くすくす♡♡ あはっ、初物童貞美味しかったです……♡♡♡」

 笑いを堪えきれないかのように、コロコロと笑う彼女は。やがて闇夜に姿を隠した。

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