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58. 母さんと姉ちゃんに話すの回

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 ダイ達実行委員が幹事を務めた打ち上げはカラオケで、文化祭以前よりクラスに馴染めた事で楽しく過ごす事が出来た。あまり親しくなかったクラスメイトともじっくり話してみれば、全く印象が違ったりする。それは向こうも同じようで、俺の事を「いつもアンニュイな雰囲気でどこか近寄りがたい存在」だと思っていたらしい。

(なるほど、それでダイが気を使っていつも休み時間に話しかけにきてくれてたのか)

 こういう時も自分の鈍さが疎ましくなったが、ダイに話せば「別に俺が好きでしてただけ」と言って笑うだけなので、今度アイツの好きな牛丼でも奢ってやろう。

(あとは、帰ってから姉ちゃんに賢太郎の事を話さないと……)

 どういう風に言われるのか予想がつかず、ジュリエットを演じた時よりもよほど緊張する。住み慣れたアパートの廊下で一呼吸おく。玄関扉がいやに重く感じたが、勇気を出して一歩踏み出した。

「ただいま」

 リビングには姉ちゃんと、既に仕事から帰った母さんがいた。俺が打ち上げに参加していつもより帰るのが遅くなったからだ。二人ともソファーに座ってお茶を飲んでいる。

「おかえりー」
「おかえり。凛子から聞いたけどジュリエット、よく出来てたってね」
「うん、まぁね」

 早く話せと言いたげな姉ちゃんの視線を痛いくらいにビシビシ感じて、とりあえず三人掛けソファーに座る姉ちゃんの隣に腰を下ろす。母さんは姉ちゃんと俺のおかしな雰囲気に何かを感じ取ったのか、口元の笑みが消えていた。

「あのさ……」
「何? 何があるの?」
「うん、話があって……」

 姉ちゃんの方をチラリと見ると、顎をツンと上に向けて「早く続きを話せ」としゃくる。母さんは何だか不安そうな顔つきになって前のめりに座り直した。

「実は……、えーっと、あのー」
「光、さっさと話しなさいよ。大丈夫だから」

 急かすようにそう言う姉ちゃんに背中を押されて、俺は思い切って一息に伝えたい事を言い切った。

「実は俺、賢太郎と付き合ってて! それで変だと思われるかも知れないけど、男同士の恋人同士で! それを黙っておくのも変だなと思って二人には言っておきたくて!」

 もう半分ヤケクソで言い放つ。母さんの顔を見るのが怖くて、ずっとテーブルの上の湯呑みの柄を見つめていた。途中でハッと息を呑んだのは分かったけど、以降母さんは答えない。その代わり、姉ちゃんが口を開いた。

「母さん、光がこうやって言いにくい事を勇気を出して言ってくれた訳だし。特に私たちもそういうことに偏見は無いわよね? そうでしょ?」
「……凛子」
「久しぶりにあれ、見せて。母さんの、あれ。私も持って来るから」

 ヒッと母さんが小さく悲鳴を上げて肩を揺らした。姉ちゃんと母さんの話してる事は全く俺には見えなくて、少しの間コソコソと押し問答をしている。そして何やら二人が立ち上がってリビングから去った後、俺は意味も分からずポツンとソファーに残された。

「何なんだよ……一体」

 やがてリビングに帰って来た二人は年季の入った段ボールを抱えていた。

「それ、何?」
「いい? アンタが勇気を出してくれたから、私も母さんもアンタに秘密を話してあげる。母さん、いいよね?」

 母さんは姉ちゃんに言われるがまま、項垂れたようにして頷いた。そして二人が開いた段ボールの中身は……。

「美少年漫画……耽美……やおい……BL……オメガ……?」
「きゃあー……ッ!」

 俺が段ボールの中で目についた文字を読み上げると、顔を覆い隠していた母さんは突然悲鳴を上げた。びくりと大きく身体を揺らしてそちらを見ると、耳まで赤くして震える母さんが姉ちゃんに抱き抱えられている。

「いい? 光。私と母さんは生粋の腐女子なの」
「ふ、ふじょし?」
「つまり、ボーイズラブが好きなのよ。男同士の恋愛ね」
「へ……?」

 どうやら俺は、とても恵まれた環境で生まれたらしい。

「それにしてもねぇ、まさかアンタがそうなるとは思いもよらなかったけど。でも、ねぇ母さん?」
「まぁ……、変な女に引っ掛かるよりはいいわ。嫁姑問題なんて嫌だし」
「なるほど! それはそうね!」

 どこか吹っ切れた様子の二人は、俺の前で散々腐女子について語り、挙句には俺と賢太郎がどっちの役割なのかみたいな事も聞いてきた。普通、親なら顔を顰めそうなもんだけど、何故か母さんは「変な女に引っ掛かるよりはマシ」を連呼していた。

「つまり、俺と賢太郎の事を反対はしないと?」
「しないわよ。アンタがそれで幸せならね」
「母さんも?」

 大体良い返事が貰えそうだと思いながらも、やはり怖くてそろそろと母さんの方を見る。

「しないわ。光が幸せなら。それに、私から賢太郎くんとお母さんに……謝らないとね」
「母さん……」

 そう言って涙ぐんだ母さんを見たら、俺は急に目の前が滲んでボロボロと涙が零れ落ち、遠慮なく頬を濡らした。

「それでね、光。面白いんだけど、母さんが腐女子になったキッカケって父さんの浮気なのよ。父さんがチャラチャラした女に引っ掛かったから、ムカつくヒロインの出てこないBLにハマったんだって」

 思わぬ家族の秘密を知る事になったが、これで俺は後ろめたさを感じる事なく賢太郎と一緒にいられる。そう思うと心が随分と軽くなった。


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