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55. 賢太郎と凛子の回

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 とりあえず午後からの発表に向けて早めに腹ごしらえをしておこうと、食べ物のブースへ先に向かう。特に人気があるのはバターチキンカレーやタコライスなどのカフェ飯と呼ばれるもののようで、それはもう長蛇の列が出来ていた。他には色とりどりのタピオカドリンクやマシュマロフレンチトースト、派手なトッピングのワッフルもあり、高校の文化祭にしては手の込んだ物が多い。

「わぁー、すごいねぇ。さすが食品科があるから本格的」
「確かに。中学の文化祭とは違うな」

 手分けして列に並んで、何とかお腹も満足した俺達はお化け屋敷のブースに向かう。広々とした実習室を利用して台車をトロッコに見立てたライド型のお化け屋敷は、姉ちゃんの異様に怖がる声が部屋中に響いて恥ずかしい思いもしたが楽しかった。

「姉ちゃん、トロッコを押してくれてた生徒がずっと笑ってたぞ。叫び過ぎだろ」
「いやいや、だってこんなに本格的だと思わなくて」
「凛子ちゃん、お化け屋敷苦手だったなんて知らなかったなー」
「ダイくん! キミも叫んでたよね⁉︎」

 そんな事を言いながら三人並んで廊下の窓から外を見つつしばしの休憩をしていると、隣に立つダイが「あっ」と言ってから誰かに声を掛ける。そしてその返事が耳に届いた瞬間に意図せず身体がビクリと跳ねた。

「このお化け屋敷すげぇ面白かったろ?」
「なんだ、ダイも入ったのか?」

(賢太郎と、相川……)

 久しぶりに間近で見る賢太郎に、思わず鼻の奥がツンとする。何で自分から会わないと言い出しておいて寂しいとか思っているんだと自分で自分にツッコんだ。ダイが賢太郎と話している間、相変わらず長めの黒髪が似合うイケメンの相川は俺の方を見て目を見開いた……気がした。

「あ! ちょっとごめん! 彼女が来たっぽい」

 着信を知らせたスマホを見たダイは、保護者の代わりに社会人の彼女が来たと嬉しそうに話して、俺たちに手を振りつつ鼻歌を歌いながら去っていった。

「賢太郎……」

 騒がしいダイが居なくなると微妙な沈黙が降りた気がして、何とか空気を変えようと賢太郎に話しかける俺に、隣に立っていた姉ちゃんが驚いた顔を向けた。

(そういえば、記憶が戻った事を姉ちゃんに話してなかった。思えばあの時店で再会した時から様子が少し違った姉ちゃんは、きっと賢太郎に気付いていたのだろうから)

「凛子さん、お久しぶりです」
「久しぶりね……賢太郎くん」

 二人の間の不自然な空気感に、相川は大いに戸惑った様子だった。眉間に皺を寄せて何かを考えるように二人を見ている。それはそうだろう、俺の事情なんか知らない相川からすれば、姉ちゃんと賢太郎がどうしてこんなに気まずそうなのか分からないだろうから。

「あの、また今度三人でご飯でも行こうよ」

 相川の前ではあまり話したくない、俺達の事情を知られたくないと思ってしまった。どこか弱みを見せたら、相川はきっとそこを的確に突いてくるような気がして。俺は思っていたよりも相川の事が随分と苦手になっていたんだと分かった。とにかくまたの機会に姉ちゃんと賢太郎と話をすればいいと思ってそう告げた。

「そうね、私も賢太郎くんと久しぶりに話したいわ」
「俺も、凛子さんに話したい事があるので」
「そうなの。じゃあまたの機会にね」

 あまりによそよそしい様子の二人は、相川にも不自然だったかも知れないが、とにかくこの場から離れようと思って姉ちゃんの手を引っ張った。

「賢太郎、またな! 今から賢太郎達のクラスのブース、見てくるから!」
「おお、ジュリエット役頑張れよ」

 何だか久々に顔を見て話すと妙に気恥ずかしくなって、頬が熱くなってきた。さっさと手を振って姉ちゃんを連れて移動する。早足で中庭に出た時、姉ちゃんが何か言いたげな顔をしてこちらを見ていたから、ふうっと一つため息を吐いた。校舎の影の人のいないところに移動してから口を開く。

「実は、思い出したんだ。賢太郎の事、子どもの頃の事も」
「そうなの。それで?」

 言葉はそっけなくとも、その顔が強張ったのを見逃さなかった。
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