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52. ジュリエット抜擢の回
しおりを挟む夏休みはあっという間に終わって、その間に賢太郎とデイキャンプや登山は何度も行った。だけど、はじめての泊まりキャンプの時に話していたコテージの話に関しては、夏休みはどこも予約でいっぱいで時期をずらすことにした。お陰で俺はまだあの日買ったアレを使うことなく過ごしている。
「文化祭かぁ……」
夏休みが明けてすぐ、休み時間に自分の席でボーッと呟いているとニヤニヤと相変わらず犬みたいな笑みを浮かべたダイが近寄ってくる。夏休み中の俺と賢太郎の事に関しては詳しく話してないけれど、変なところが鋭いこの親友は何か察しているのかも知れない。
「ヒカルー! 今日から放課後は文化祭の準備だぞぉ」
「知ってる。ダイは実行委員だから大変だな」
「俺、こういうのは好きだからさ! 体育祭とか面倒だけどな。体育祭と言えば……ククッ」
思い出し笑いをするダイが何を考えているのかは大体想像がついた。夏休みより前にあった体育祭、もちろん俺は運動音痴だからとにかく目立たぬようにとやり過ごすつもりだった。それなのに唯一出場した個人種目、障害物リレーで派手に転んで鼻血を垂らし、挙句にその鼻血の量に驚いて失神したんだ。
「ダイ、鼻血のこと思い出したんだろ」
「ぷっ、く……ッ、ははは……ッ!」
ダイは少しの間肩を震わせていたが、堪え切れなくなったのか吹き出すと、その後は遠慮なく笑い出した。ダイの笑い上戸はいつもの事だから、周囲のクラスメイトも気にしていない。
「お前な、アレは完全に消し去りたい過去なんだから掘り返すなよ」
「だってさ……っ、鼻血思いっきり吹き出してたもんな! そんで、お前がぶっ倒れてあのゴリラ教師が抱えて走って!」
ゲラゲラ笑うダイは、自分の言った事でまた記憶が蘇ったのかずっと笑いが止まらない。ちょっとだけ拗ねた風にすると、やっと落ち着いて声を落として話しかけてきた。
「あの時、賢太郎の顔も相当ヤバかったぞー。青い顔して今にもクラスの席から飛び出して来そうだった」
「そうなのか?」
顔を擦り剥いて悲惨な目に遭ったその日は、あまり触れてほしく無くて自分からその話を振らなかったし、賢太郎も「大丈夫か?」と放課後に聞いただけで終わったのに。
(そんなに心配してくれてたのか)
「愛されてるね、ヒカルちゃん」
「ば……ッ、馬鹿っ! そういうこと言うな!」
「だって本当じゃん。そんなヒカルちゃん、体育祭は活躍出来なかったので、文化祭は活躍してもらいます」
さっきまで耳のすぐそばで話して、それでも賢太郎の話をする時は声を落としていたダイ。急に普通の声の大きさになったと思ったら、突然とんでもない事を宣言した。
「文化祭実行委員とクラス全員で投票した結果! 文化祭の劇、ヒロイン役は宗岡光に決定しました!」
「は……?」
「だーかーら、ヒロインのジュリエット役がヒカルになったの!」
その瞬間、休み時間なのにほとんどのクラスメイトが教室に揃っていた理由が分かった。全員が立ち上がって拍手をして、ある男子なんてノートに「ドッキリ大成功!」なんて書いてある。これはきっとダイが考えたサプライズだ。
「嘘だろ……。女子もいるじゃん。何で俺が……」
「あのですね、女子たちも全員一致でヒカルに投票しました。ヒカルが体育祭でゴリラにお姫様抱っこをされているのを見ていたから、みんな心が決まったそうです」
そう言ってポンポンと俺の両肩を叩くダイは、その表情から完全に楽しんでいるのが分かる。それに、周囲の女子たちもワラワラと近寄ってきて次々に話しかけてくる。中にはそれまであんまり話したことがなかった子たちも多い。
「ねぇ宗岡くん! 宗岡くんこそ、ジュリエットに相応しいよ!」
「あの鼻血、まるで血を吐いたヒロインみたいで素敵だった。お姫様抱っこされて、連れていかれる姿なんてもう……」
「元々綺麗な顔をしてるんだから、必ずやどこのクラスにも負けない美女に仕上げるから!」
ガクガクと上半身を掴まれて揺らされながら、「このクラスの女子ってこんなに話すんだ」と初めて知った。今まで遠巻きに見られているのは知っていたけど、俺があんまり鈍臭いから疎まれているのだと思っていた。
「このクラスに、喀血の美女がいて本当に良かったよねぇ!」
(喀血の美女……)
俺はクラスでもどちらかと言えば目立たない存在で、特に女子からは遠巻きにされ嫌われているのかと思っていた。しかしダイから聞いたところによると、それは盛大な勘違いだったようだ。女子たちは体育祭以降俺の事を『喀血の美女』として密かに見守り、活動内容は不明だが『応援する会』まで発足されていたらしい。
「無自覚って本当罪だよな」
休み時間が終わりを告げると、ダイはそう言って自分の席に戻って行った。何だか微妙に解せないが、とにかく俺は大変な役を任されたらしい。
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