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50. キャンプの夜、翌朝の回

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 パチリと目を開けたらカーキ色のテントの中はうっすらと明るい。結論から言って、俺はどこも痛める事なく朝を迎えた。いや、痛めないようにこの三日間をかけて少しは努力してたんだけど。せっかく買ったゼリーも、もちろんゴムも使わずにキャンプは終わった。

(た、確かに……はしたけど)

 賢太郎は一体どこからあんな知識を得てきたのか。昨日の夜のことを思い出せば、つい寝床でモゾモゾと前屈みになる。すぐそばで目につくティッシュが生々しい。

(男は厄介だ……)

 掛けただけのシュラフ寝袋の下でゴロリと寝返りを打つ。すぐ隣で眠る賢太郎の寝顔は、長いまつ毛も高い鼻も俺に触れてきた少し薄めの唇も、指の長い男らしい手も……いくら見てても見飽きないくらいにカッコいい。

(この手と唇が昨日……)

「う……」

 思わずくぐもった呻き声を上げて、身体をくの字に曲げた。想像してた事とは違ったけれど、それでも俺と賢太郎の仲は深まったから。あれこれ思い出すと色々苦しい。

(そもそも、また俺は考え過ぎだったんだよな。そうだよな、まさかこんなとこ野外ではしないか……)

「ヒカル……、起きたのか?」
「あ……、おはよ」

 突然パチリと目を開けた賢太郎に驚いてビクッと身体を揺らしてしまう。寝顔をじっと見つめていたなんて知られたら恥ずかしいから、ついさっき起きたみたいな顔をしてみたけど。

「何? 俺の寝顔見てた?」
「う……。何でバレるんだよ」
「寝ててもヒカルからの視線、ビシビシ感じたから」

 羞恥に堪えかねてシュラフをガバッと頭から被った。薄暗い空間でふぅーふぅーという自分の呼吸だけがうるさく聞こえる。やがてゴソゴソと賢太郎が動く気配がして俺のシュラフの中に手が入ってくる。その手は俺の腰の辺りに伸びてきて、そのまま思いっきりくすぐってきた。

「うわ……っ! なんだよ! あはは……っ!」
「隠れないで出てこいよ」
「わ、分かったから……っ! や、め……ッ!」

 まなじりから涙を流しつつシュラフから出ると、意地悪そうな顔つきの賢太郎が笑っていた。もうテントの中は完全に明るく、波の音に混じって遠くの方で人の話す声も聞こえる。

「はぁ……っ、はぁ……。横腹はくすぐったいから! まじで!」
「ヒカルが隠れるからだろ」
「いや、だってさ! 恥ずかしくて……っ!」
「何が?」

(寝顔を見てカッコいいと思ってたなんて、言ってもいいんだろうか……)

 答えを待っているのか、それ以上何も言わずにじっとしている賢太郎の様子に覚悟を決めて本心を伝える事にする。伝えたからって悪い事じゃ無いし、と自分を奮い立たせるけどやっぱり照れ臭い。

「賢太郎がカッコいいなって思って見惚れてた」

 引っ張り上げたシュラフから半分だけ顔を出し、何とかモゾモゾ伝えた言葉は賢太郎の耳に届いたようで。それが分かるほどに賢太郎の顔がみるみる紅潮していく。

(良かった。喜んでる……んだよな)

 なんだか悪戯したくなって、返事をしない賢太郎に向けてもう一度同じ言葉を投げかけてみる。いつも大人っぽい賢太郎の顔が、こういう時には子どもっぽくなるのが嬉しくて。

「賢太郎が! カッコいいなって思って! 見惚れてたの!」
「分かったよ! 分かったって!」

 シュラフから出した俺の口を慌てて手で押さえるようにする賢太郎は、耳まで真っ赤にして本当に面白い。照れ臭くなったのを隠すためか、賢太郎は起き上がってペットボトルの水を飲もうとした。

「あ……」

 その時手が滑り、シュラフの上にペットボトルが転がって水がドクドクと溢れていく。賢太郎は急いでティッシュで拭き取ろうとするけど、昨日使い過ぎたのかちょうど無くなってしまい焦っている。

「俺、タオルいっぱい持ってる!」

 ガサゴソとリュックの底を漁り、何枚かタオルを取り出して賢太郎に手渡す。「ありがとう」と言う賢太郎の目の前で何かがポトリと落ちたのが見えた。

「……ヒカル、これ……」
「ひ……っいぃ……っ!」

 忘れてた。こういうところが俺の鈍臭いところなんだと思う。

 
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