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49. 星空観測の回
しおりを挟む後片付けをしているうちに、あっという間に辺りは暗くなってくる。それでも夏の太陽はなかなか沈まず、少し早めの夕飯を終えた後にちょうど西の海面に沈む夕陽を見れた。
「海に空の色が映ってめちゃくちゃ綺麗だよなぁ」
「空も、海も真っ赤だな」
海面は全部オレンジ色に染まって、空は海面に近い太陽のそばは同じくオレンジ色、そこから上空にかけてまだ青空も残っている。所々に浮かぶ雲は夕陽に照らされて美しい光を反射していた。いくら見ても見飽きないような光景は、何だか涙が出てきそうなくらいに感動的だった。
「それにしても美味しいね、このリンゴジュース」
「あぁ、母さんが作ってくれて。アヒージョ食べるなら持ってけって」
「へぇー。家庭的だなぁ」
どうやらニンニクの臭いを消すのに役立つというリンゴジュースを持たされた賢太郎は、保冷効果の高い水筒に氷まで入れて持ってきたらしい。
「いつもキャンプでアヒージョしたらテントの中がニンニク臭くなるから飲めって言うんだよ」
「なるほどなー」
(お母さんは経験上必要だと思ったのか。でも、これなら今夜ニンニクに悩まされなくてもいいかも……)
そこまで思ってまたカァーッと顔が熱くなる。隣の賢太郎だって夕焼けで赤く染まっているから、俺も少しくらいはバレないと思うけどさりげなく横を向いて隠した。
そこからはあっという間に空が暗くなって、一番星が見える頃にはあれほど焼けていたオレンジ色の空は、その殆どが青紫色に変化している。
「星空を見ながらゴロンって横になるのをしてみたかったんだよなぁ」
「それならこれ敷いて寝転がればいいだろ」
俺と賢太郎は、マットをテントの近くに敷いて仰向けに寝転がった。俺達のテントの周りに他のテントは見当たらなくて、みんな出来るだけ売店や炊事場の近くに陣取っているみたいだった。お陰でこの辺の人工的な灯りは俺達の使ってるランタンだけだ。
「ランタンも消そうか」
見える範囲が星空だけになって、上も下も分からなくなる感覚がした。まるで吸い込まれるような紺色の空には、白や青、黄色い星がそこらじゅうに散らばっている。所々に白くぼんやりとした塊が見えるのは星団だろうか。
「綺麗だけど、何か怖いな。このまま空に落ちてくみたいで」
「何だそれ。空に落ちるってどういう事だ?」
「例えば今賢太郎と俺の周りの引力が無くなったらどうしようとか考えたりしないか?」
あんまり壮大な自然を前にすると感じる畏敬のようなもの。俺は美しくて大きな自然に飲み込まれるような感覚が気持ちが良いと思いつつも怖い。
「それは考えた事は無かったな」
「自然ってさ、綺麗だけど時々怖いことがあるんだよ」
「自然に対する畏敬の念ってやつか」
そっと手を伸ばして、隣に寝転がる賢太郎の手を握る。大きくてがっちりした手は触れると安心出来る。握り返してくれると、フワリと優しい気持ちになれる。賢太郎の事が好き過ぎて、これ以上どうしたらこの気持ちを伝えられるのか分からない。言葉に出来ないくらい好きなんだって、こういう事なんだろう。
「賢太郎が好き過ぎて辛い」
「なんだよそれ」
「好きって言葉じゃ足りない。でも、どうしたら良いか分からない」
しばらく黙ってじっと星空を見つめていたけど、おもむろに賢太郎が口を開いた。
「テント、入るか」
胸がドクンと鳴った。賢太郎の声はいつもより男らしく聞こえて、何かこれからいつもと違う事が起こるのかと予感させるものだった。
「うん、入ろっか」
マットを片付けて、テントの中に敷き直した。どうしたら良いか分からなくて、とりあえずテントの中で座って水を飲む。冷たい水は喉を潤してくれたけど、すぐに喉が乾く気がした。
「ヒカル……、嫌だったら言えよ」
そう言って近付いてきた賢太郎の顔はテントの端に置いたランタンに照らされていて、濡れた瞳が綺麗だった。そうして俺の視界は暗くなり、柔らかな感触が唇を覆った。
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