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46. 甘ったるい賢太郎の回

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 ラッシュガードの下、胸の傷痕を中心に賢太郎が付けた内出血キスマークはあまりに多い。それを思い出すと嫉妬の気持ちなんか吹き飛んでしまった。

(賢太郎が好きなのは俺なんだから)

「もっと深いところ行ってくる」

 無理矢理浅い海を平泳ぎで沖の方へと進んだ。シルシを付けられた時の事を思い出して反応した下腹部の変化を見られるのは、さすがに恥ずかしいから。

(男って、不便だ……)

 それからしばらく海で泳いで軽い疲労感が襲ってきたから、今日のメインはキャンプだと思い出して岸に上がった。そうだ、海水浴だけで疲れてはならない。海水でベタつく身体はキャンプ場に備え付けのシャワー室でサッパリと洗えた。至れり尽くせりのキャンプ場は、もしかしたらアウトドア初心者の俺の為に賢太郎がわざわざ選んだのかも知れない。

「そういうところが大人びてるんだよ。……好き過ぎる」

 シャワーを終えて着替えながら一人呟いてみる。姉ちゃんの持ってる漫画のように、恋する乙女みたいな気持ちになるのもなかなか心地良いと気付いた。また叫びたくなるのを堪えて、さっさと残りを着替えてテントへ戻る。

「さぁ、カレーだな! 俺、もう火を起こすのはできるから」
「頼もしいな。じゃあ頼む」

 賢太郎が持って来た小さめのダッチオーブンで作るカレーは、カットトマトをたくさん使ってめちゃくちゃ美味しく出来た。火を起こすのもコツが分かれば早く出来るようになったし、賢太郎は俺が何か出来るたびに褒めてくれるからやる気が出る。同い年なのに、賢太郎の包み込むような安心感は俺には無いものだ。

「なぁ賢太郎、なんでそんなに甘いんだよ」
「何が?」

 昼食のつもりのカレーが思ったより作るのが遅くなってオヤツの時間になったから、夕食は作るのを遅らせることにしてしばらく美しい浜辺を散策した。サラサラの真っ白な砂浜は、到底行った事もないけどまるで海外のビーチリゾートみたいだと思う。透明度の高い波打ち際は本当に歩いていて気持ち良い。寄せては返す波の音という自然のリズムに包まれていると、いつもより素直に話ができる気がした。

「賢太郎、俺に甘過ぎるだろ。俺は賢太郎に甘えてばかりな気がする」
「それがどうした? 俺がヒカルを甘えさせたいんだから仕方ないだろう」

 賢太郎がなんて事ないようにサラリと述べる言葉に、こんなにドキドキして苦しくなるなんて反則だ。

「賢太郎は本当にそれでいいのか? 俺にして欲しい事とか、直して欲しい事とかないのかよ」
「して欲しい事……」
「何かあるのか?」

 何か望む事があるなら、俺に出来ることなら何かしたいと思って尋ねる。俺はいつも賢太郎に貰ってばかりで、何も与えられる物が無いような気がして少し落ち込んでいたから。

「ヒカルがずっと素のヒカルでいてくれたらいいよ。俺にとってはあの時のまま我儘で強引で可愛らしいシャルロッテでも、今のすげぇ努力家のヒカルでもいいんだから」

 さすが好き歴が長いと、言うことが違うなぁとどこか他人事のようだけど感心してしまった。自分が記憶を無くしてのうのうと生きてきた時間も、賢太郎にとってはどんなにやきもきしたんだろう。

「自分のことを好きかどうかも分からない相手なのに、そんなに長く好きでいられるなんて……」
「ヒカルが俺の事をどう思ってるとか関係なく、俺はヒカルの事が好きだったから。だから今は本当に夢みたいだよ」
「……っ、そんなこと言うなよ」

 なんだか気恥ずかしくて思わずそう言うと、賢太郎はふわっと笑った。切長の目は優しく細められて、俺だけが知ってるんじゃないかと思うような特別優しい微笑み。

「だって今はヒカルが俺の事好きだって分かってる。それにすぐ触れられるから、あの時より全然いい」




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