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45. 泊まりのキャンプのはじまりの回
しおりを挟む思わぬところで相川と会った事で、心臓が馬鹿みたいにバクバクと脈打っている。自転車を立ち漕ぎで漕いでいたら、喉が渇いて口の中に鉄の味がした。あの日部活で倒れた時に感じたあの味は、思い出すと胸が悪くなるような気がして。鼻がツンと痛むのを感じつつ、なお一層力強くペダルを踏み込んだ。
「ヒカル、どこ行ってたの?」
アパートに帰ると既に仕事から母さんが帰宅していて、後ろめたい商品の入った買い物袋をリュックに詰めて戻った俺は少し焦った。
「あぁ、お菓子買いに行ってた」
「すぐご飯作るね」
「手伝うよ。荷物置いて来る」
何を買ったのか見せろと言われたら困ると思って、一旦自分の部屋へと荷物を置きに戻る。
(焦った……。どこかに隠さないと)
とりあえず見られて困る物はクローゼットの奥の方へと隠す。そして急いでキッチンへ向かうと母さんと一緒に夕食の準備をした。
「母さん、三日後なんだけど賢太郎と泊まりでキャンプ行ってくるから」
「あら、そうなの。怪我はしないように気をつけてね」
「大丈夫。今日も自分で火を起こしてバーベキュー出来たよ。それだけでも楽しくってさー」
以前に母さんと話し合ってからというもの、怪我の心配だけはされるけど、キャンプや登山に関しては頭ごなしにダメだと言われなくなった。それだけでも後ろめたさを感じる事なく出掛けられるから、前進したなぁと嬉しく思っていた。
(いつか折を見て賢太郎との関係をきちんと認めてもらえたら……)
その日から風呂に入る時には、来るその日に向けた訓練をする事にした。やり方をしっかりネットで学んで取り組んだものの、初めはとてもじゃないけど上手く出来る気がしなかった。だけどキャンプ前日くらいまでには何とかしないとと思う気持ちが強かったのか、それなりに準備が出来た……と思う。
(こ、怖すぎる……。自分でもこれだけ怖いのに……。賢太郎のとか……)
色々な不安はあったものの、とりあえず当日はゼリーとゴムをリュックの奥底に隠す。その際はタオルで包んで絶対に見えないようにした。
(何となく、やる気満々だと思われたら恥ずかしいもんな)
その荷物を背負った俺を母さんが心配そうに見送るのが、微妙に気まずかった。だけどとにかく今日のメインは、泊まりのキャンプでしか出来ない事を遠足部としてチャレンジするって事だから。今日の天気は晴れ、星空も綺麗に見えるだろうし泊まりのキャンプが初めての俺にとっては、何もかもがとても楽しみだった。
「おはよう! 賢太郎!」
「おう、おはよ」
「海、楽しみだなぁ」
今回の待ち合わせはバス停で、ここからバスに乗って海辺のキャンプ場へ行く予定だ。山、川、海と俺達は遠足部らしく色々なところに出掛けている。もっぱら場所を探してくるのは賢太郎だけど、今度は俺が良さそうな場所を探してみてもいいかも知れない。きっと賢太郎とならどこへ行っても楽しいのだろう。
「うわぁー! 青い! なぁ賢太郎! すっごい水面がギラギラしてるな!」
「確かに眩しいな。ジリジリするし」
「そりゃあ海だもんな!」
白い砂浜の続くビーチでは波音を聴きながらテントで過ごせるキャンプ場が整備されている。遠浅の海は深い青で美しく、キャンプ場の利用者だけが泳げるプライベートビーチだそうだ。そのせいか夏休み真っ只中にも関わらず混雑は見られない。お陰でストレスなく泳いだりマリンスポーツを楽しむ事が出来るというのがウリらしい。
「めっちゃ泳ぎたい……」
「先にテント張りしてからな。ほら、ヒカルが一人でやってみるか?」
「やる! それじゃあ賢太郎はカレーの下準備な!」
二人で手分けして作業に取り掛かる。俺だってやれるんだというところを見せたくて頑張っていたら、前にテントを張った時よりも少しだけ早く出来た気がする。こうやって鈍臭い俺だって努力すれば段々と上達していくんだと思えば自信がついた。
「じゃ、泳ぎに行こうよ!」
こういう時に貴重品を預けるロッカーまであるんだから、至れり尽くせりのビーチだ。この夏の為に近所の工場で短期のバイトもした。稼いだ給料を母さんにいつもありがとうの気持ちで半分渡して、半分は遠足部の為に使う。充実した夏休みの為の準備は出来ていた。
(俺もそこそこ筋肉がついたと思ったけど、賢太郎には叶わないな)
上半身にピタリとしたラッシュガードを身につけた賢太郎の屈強な筋肉は、人の少ないビーチでは近くにいたカップルや女同士のグループも釘付けになっている。
遠浅の海は太もも辺りまでの深さしか無いから、余計に目立っているのかも。俺は何だかそれが気に食わなくて、知らず知らずのうちに胸辺りの布地をグシャリと掴んでいた。
(痕を隠しているこのラッシュガードが、どうせなら嫉妬の気持ちも隠してくれたらいいのに)
案の定俺の様子に気付いた賢太郎は、海の中で少し離れた場所に立っていたにも関わらず、ジャバジャバとそばに近寄って耳元で囁く。
「ラッシュガードの下が俺の付けたシルシだらけなんて、誰も想像してないよな」
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