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42. せっかく楽しかったのに台無しの回
しおりを挟む言った後で少し刺々しい言い方になってしまったかも知れないとハッとしたけど、幸い賢太郎は俺の醜い感情に気付いていないみたいだ。
「……アイツは俺にとって引っ越してすぐに仲良くなった大切な友達で。家族で何度もキャンプに行ったし、未だに親同士も仲がいい。結局高校でも腐れ縁で同じクラスだ」
「え? 同じクラス?」
「ああ。アイツも山岳部に入ったし、とにかく目立つ奴だから知ってるかもな。相川 悠也って分かるか?」
そう話す賢太郎は少し眉を下げて困ったような顔をした。どういう意味合いの表情なのか読み取れなかったけれど、あの終業式の日の放課後に賢太郎と話していたイケメンの姿が思い出された。
(賢太郎の幼馴染で、大切な友達……)
幼い頃からの友達で、しかも山岳部まで一緒に入ったくらい仲が良いのなら俺と一緒に賢太郎が突然辞めた事を納得出来なくてもおかしくはない。家も近所だったら、賢太郎と一緒に毎日トレーニングしているところを見たのかも知れない。
(だからあんな風に怒ったのか)
そうだ、きっと山岳部を辞めて遠足部なんていう呑気な活動を賢太郎と一緒にしているのを知っているから、俺が賢太郎を振り回して辞めさせたんだと思ったんだろう。実際事実とそう変わりない訳だし。
「悠也は違うクラスだし、山岳部でも接触なかったから分かんないか?」
「いや、イケメンだって有名だから廊下で見かけた事はあるよ。賢太郎とそんなに仲の良い友達だとは知らなかったけど」
「そうか。……悠也みたいなのって、ヒカルから見てもやっぱりイケメンだと思うか?」
少し真剣な面持ちで尋ねてくる賢太郎は、きっと自分の大切な友達と俺が仲良く出来るのか心配しているんだろう。
(そりゃあ誰だって友達と恋人には仲良くして欲しいもんな)
あの廊下での出来事がすぐに思い出される。相川が俺を見る冷たい視線と厳しい声音、そして言われた言葉は確かにそう思われても仕方ない事で、整った顔立ちの迫力も伴って心の弱みを抉った。
(う……、どちらかと言うと第一印象が怖すぎて、ちょっとだけ苦手になったんだけど)
眉間に皺を寄せて短く唸り、なかなか答えられないでいるとフッと息を吐いて賢太郎が身体の力を抜く。それは呆れて笑ったように見えた。こんな簡単な問いにすらさっさと答えられない鈍臭い俺に失望したのかも知れない。
(まずい! 早く答えないと)
大切な友達と一応恋人である俺が仲良く出来ないとなると、賢太郎は心を痛めるだろう。急いで答えようとして思わず大袈裟な身振り手振りを加えて、無駄に愛想のいい笑顔で返事をした。
「確かに! 相川はイケメンだよなぁ! 男の俺から見てもモデルみたいだし! 身体も筋肉質で逞しくて、すげぇ羨ましいよ!」
とにかく思いつく限りの相川の良いところを答えると、さっきまで少し呆れたような顔つきだった賢太郎の眉間にはみるみる皺が寄って、いつも以上に切長の瞳は目つきが鋭くなった。
(あれ……? 俺、何か答えを間違えた?)
「け、賢太郎……?」
「ヒカル」
すっかり険しい顔つきになってしまった賢太郎は、あの日相川と廊下で言い合いをしていた時みたいに不機嫌な低い声で名を呼んだ。
「ごめ……」
何か答えを間違えたのかと思って、でも訳が分からなくてもとにかく賢太郎に謝ろうとした。直情的で思慮深い方では無い俺は、知らないうちに怒らせるような事をしてしまったのかも知れないから。
「賢太郎……ごめん」
椅子から立ち上がり、スタスタとすぐそばまで来た賢太郎は大きな手でグイッと俺の手首を掴んで椅子から立ち上がらせる。そして無言のままで苦労して張ったテントの方へとズンズン進み、一旦手を離したと思ったら靴を脱いで中に入った。
「ヒカル、こっち来い」
「うん……」
少し離れたところには家族連れも居たから、男二人が険悪な雰囲気なのを見せまいという賢太郎なりの気遣いなのだろう。
のそのそとテントの中に入ると、賢太郎はさっさと入口のファスナーを閉めた。密閉された緑色のテントの中は少し暑いけど、これなら周りに気を遣わせずに話し合える。せっかく楽しい雰囲気だったのに俺のせいで賢太郎を怒らせてしまった事が悲しくて、俯いたまま視線を上げる事が出来なかった。
「ちゃんと顔上げろ、ヒカル」
「……やだ」
今にも泣きそうな顔を見られたくなくて、掠れた声で反抗した。だってまだ耳に届く賢太郎の声は硬く険しくて、その上顔を上げて怒った顔を見たら絶対に涙が我慢できそうにないから。
「え……」
賢太郎の方から小さな舌打ちが聞こえて、思わず顔を上げようとした時、フワッとした感覚のすぐ後には背中にテント越しの地面を感じた。
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