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37. 明るい未来の予感の回

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 目が覚めたら母さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいて、それなのにまだ幼かった俺は思わず賢太郎の事を尋ねた。

「第一声が『賢太郎は?』って。母さんが目の前にいるのに、まずお友達の事を聞いたの。それでつい悲しくて、うつ病で気持ちのコントロールが難しかった私がカッとなっちゃって」
「それで、賢太郎と賢太郎のお母さんにあんな事を……」
「光を失うかも知れないっていうのが、とても怖かったのよ。賢太郎くんはまだ小さかったし、きちんと大人に知らせてくれてそのおかげで光は助かったのにね。あんな風に言うなんて、本当大人げないよね」

 母さんは俺を女の子として扱う姉ちゃんをケア出来なかった事と、いっときでも女の子として生きさせた事、それにまだ幼かった賢太郎に八つ当たりした事をずっと後悔してきたんだ。

「光の大好きなお友達にあんな事を言って、結局佐々木さんはあの後すぐ引っ越していっちゃった。母さんのせいで大切なお友達を無くして、そのショックで記憶まで……。ごめんなさい、光」
「母さん、俺本当に怒ったりしてないよ。俺の方こそ母さんがそんな事思ってるなんて何も知らなくて。ずっと罪悪感を抱えさせちゃって、ごめんな」

 心からそう言うと、母さんはゆるゆると俯き加減だった顔を持ち上げて縋るような視線を俺に向ける。

「光、本当にこんな駄目な母さんを許してくれる?」

 神経質で努力家で、真面目な母さんだからこそ病気を患ったんだろうし色々苦労してきたんだろう。俺も、そしてきっと姉ちゃんも母さんには感謝しても恨んだりするなんて事は無い。

「母さんには感謝しかしてないよ。俺こそ、いつまでも甘えてごめん。これからは俺が母さんを守るよ」

 泣き崩れた母さんをそっと抱き締めると、こんなに小さかったかなと不思議だった。いつの間にか俺の方が大きくなっていて。幼い頃には優しく抱っこしてくれた母さんを、これからは俺が守るんだと実感する。

「ありがと、光」

 これからは時々どこか腫れ物に触れるような態度を見せていた母さんとの関係も、少しずつ変わるような予感がした。

「それと実はびっくりした事があってさ!」

 しんみりとした雰囲気を何とかしたくて、敢えて馬鹿みたいに明るい声で話し始めた。母さんは急なことに驚いていたけど、どことなしに険しい顔つきが柔らかくなっていたから安心する。

「今日登山を一緒にしたのは、その佐々木賢太郎なんだよ! 高校で再会して、また仲良くする事になったんだ」

 まだ恋人だっていう事は話さないでおこうと思う。とりあえずは、賢太郎と仲直りできたという事を話しておきたかった。

「賢太郎くん……? そうだったの」
「そう、だから母さんも気にしないで。これから俺も賢太郎と二人で遠足部の活動をしていくから」

 そこまで話すと、母さんは突然ブッと勢いよく吹き出してケラケラと笑い出した。母さんがそんなに笑ったのはかなり久しぶりの事だから、呆気に取られる。

「なぁに? 遠足部って!」

 目尻の涙を拭いながら尋ねる母さんの表情は明るかった。

(ああ、そういえば久しぶりに見たな。母さんのこんな顔)

「遠足みたいに色んなところに行って、色んなことする部活だよ。登山だけじゃなくてさ、キャンプしたり釣りしたり」
「それは分かったけど、何で『アウトドア部』とかじゃなくて『遠足部』なの? ……ふふっ」

 笑いを堪え切れずに最後は吹き出した母さんに、俺はそんなに『遠足部』がおかしかったかなとちょっと不安になったりもして。

(だけど、「ヒカルらしい」って賢太郎が言ってくれたからまぁいいか)

「ほら、俺って遠足が昔からめちゃくちゃ好きでさ。遠足の時だけは皆と同じくらい早く歩けた気がするし、何より一番楽しい行事だったから」
「確かに、遠足の前日は興奮してなかなか寝なかったりしたわね。『賢太郎とお弁当食べるって約束した』って話してくれて……」
「だから、遠足部。なかなかいいだろ?」

 母さんは「何だかヒカルらしくていいわね」って言ってまた少し涙ぐんでいた。賢太郎に引き続き母さんにまでそう言われると、「ヒカルらしいって何だ?」ってちょっと気になったけど。

 とにかくこれからは俺の周囲で今までと心持ち違った日々が始まるような、そんな明るい予感がした。



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