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35. 女だと思われていたの回

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「けんたろぉー!」

 心の底から愛しいという気持ちが溢れ出した俺は、思わずガバリと抱きついた。思わぬ不意打ちで驚いた様子の賢太郎はグラリと身体を傾けながらも、慌てて身体を受け止めた。やはりガッチリとした身体は逞しくて頼り甲斐がある、なんて考える。

「何だよ! 危ないだろう!」
「だって、賢太郎が可愛くて。好き過ぎてヤバい」
「はぁ? 可愛いのはヒカルだろ!」

 思わずといった風に飛び出した賢太郎の言葉、「可愛いのはヒカルだろ」に胸がムズムズして。これ以上好きになる余裕なんて無いのに、ガンガン好き度のバロメーターが上がっている気がする。

「可愛いって、そんなのフリフリのワンピースを着せられてた子どもの頃の事だろ」
「いや、今でも普通に可愛いと思うぞ。まぁあの頃はヒカルの事を可愛い女の子なんだと本気で思ってたけど」
「え⁉︎    女だと思ってたのか?」
「小学校に上がってしばらくしてから、やっとヒカルの家の事情が理解出来たんだよ」

 そういえば同級生の中には俺が本当に女の子だと思っていて、小学校に上がってから男だと分かって驚いていた子達も居たなぁと思い出す。それでも、まさかずっと一緒に遊んでいた賢太郎もそう思っていたなんて驚いたけど。
 あの頃の俺を取り巻く状況は、普通ではなかったんだと今更ながらに実感する。誰が悪い訳でもないと思うし、今更母さんや姉ちゃんを責める気持ちは無い。

「やっぱり女じゃなかったら、いつか困ったりするのかな?」

 いつか賢太郎が男の俺と付き合うのが嫌になって、女を好きになったりするんじゃないかと不安になってくる。だって男同士だって事で色々と困難な事もあるだろうから。差別や偏見、それに母さんの事もあるし。

「……調べてみたけど、男同士でも案外困らないらしいぞ」
「……ッ! いや、そんなつもりで言ったんじゃなくて!」

 何を、というのは聞けなかった。そんなつもりで言ったんじゃ無いって言いたいけど恥ずかしくて言葉が出ない。その点普段は言葉少なめの賢太郎が、時々恥ずかしげもなく自分の言いたい事を平気で言う事があるんだから分からないものだ。

「それに俺はヒカルだから好きなだけだ。男とか女とか関係なく、ずっと昔からヒカルだけが」

 こんな真剣な顔をして俺に好きと真っ直ぐに伝えてくる癖に、変なところで照れて顔を隠そうとしてみたりとその辺りの加減がよく分からない。だけどそういうところが賢太郎らしくて好きだ。

「……ありがと」

 多くの恋人達もこんな風に胸を掻きむしりたいような感情を常に抱えているのかと思ったら、幸せそうに見えても心臓に負担がかかって大変なんだなぁとしみじみ思う。
 賢太郎も好きだって言葉を待っている気がしたけど、今はお礼を言うので精一杯だった。また今度、必ず次は俺から伝えよう。

「……あ、そろそろ帰んないとヤバいな」

 しばらく生暖かい沈黙が場を支配した後に、賢太郎が左腕につけたフェルネの腕時計を見て呟く。その時計、俺も欲しいな。そう思った後にハッとする。

「本当だ! もうすぐ母さんが帰ってくるかも……」

 賢太郎との事を母さんに話すべきなのだろうか。だけどまたあの時のような事になったら……。そう考えたら急に背筋がブルっと寒くなる。そんな様子に気付いたのかどうかは分からないが、賢太郎がおもむろに口を開く。

「ヒカルのお母さんにはまた折を見て話そう。許してもらえるように、俺も頑張るから」
「賢太郎は悪くない。俺、とりあえず記憶が戻った事を母さんと話してみるよ」
「おう。そしたら今日は帰るな」

 そう言って立ち上がった賢太郎の姿を、俺はどんな表情で眺めてたんだろう。

「そんな顔するなよ、ヒカル。またDMする」

 何だかもの凄く離れ難い気持ちのままでいたから、どうしても視線や態度に現れていたんだろう。賢太郎は最後に少しだけ困ったような笑みを浮かべて、俺の頭をグシャグシャと撫でてから帰って行った。

「もう一回くらいキスしても良かったのに」

 無意識のうちにそう呟いた自分が恐ろしくて、また俺はサイレンサー代わりのクッションに向かって羞恥の雄叫びをあげる事になった。


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