27 / 66
27. 母さんが話したがらないの回
しおりを挟むひどい頭痛と吐き気を自制しながら、勇気を出して尋ねてみる。まさか答えを聞いたからって死ぬ訳ではないだろうが、段々と酷くなる症状は本当に辛い。
「……話したく無い。それよりも、あんまり頭が痛いなら病院へ行かないと。脳外科でちゃんと診てもらわないと心配だわ」
「母さん!」
「光、とにかく今はその事について話したく無いの。それよりも、頭が痛いのなら今からでも病院へ行こう」
母さんは俺の話をあまり聞きたく無いという風に拒絶の姿勢を見せる。だけど頭痛に関してはものすごく心配しているようだ。
「病院に行くほどじゃないよ。それよりも、明日の登山許してくれよ」
「何言ってるの? そんなに体調が悪いのに、登山なんてしてまた怪我でもしたら……」
「母さん! 怪我には絶対気をつけるから。体調が悪いのはきっと記憶が中途半端に戻ろうとしてるからだだよ。話してくれないなら、それを理由に反対するのは辞めてくれ」
こういう言い方は卑怯だとは思ったけれど、どうしても明日の登山を楽しみにしていた。黙って行けばバレなかったのに、それでもやっぱり伝えなきゃと思ったのは母さんが登山を頑なに反対する理由を知りたかったから。
「分かったわ。けど光、怪我だけは気をつけてね」
「うん、ありがとう。頭痛ももう治ったから大丈夫」
俺の頭痛の原因になる記憶について話すよりも、あれだけ反対していた登山を許可するなんて余程のことなのか。
(そもそも、母さんは俺が異世界から転生してきた元シャルロッテだと知ってるって事か? ますますよく分からなくなってきた)
それ以上の事を聞ける雰囲気ではなくなり、母さんは無理して明るく振る舞って「美味しい、美味しい」って俺の作ったカレーを食べている。明日の登山を許してくれたのなら、あまり今日はこれ以上は深く掘り下げないでおこうと思った。
カレーを食べ終えて、洗い物まで済ませたら部屋に戻って早速賢太郎にDMを送る。
「母さんにも許可貰ったから、明日行ける」
母さんが登山をあまりよく思っていない事は賢太郎に伝えてあった。賢太郎は「ちゃんとヒカルのお母さんに許可を貰ってからな」って言ってたから、これで安心しただろう。
「許可貰えて良かったな。明日、楽しみにしてる」
賢太郎からの返信を見て、明日の登山に向けて早速準備をする。姉ちゃんの買ってくれたフェルネのリュックやマウンテンパーカー、トレイルランニング用のシューズなど、山岳部で活躍するはずだった物がやっと日の目を見る事になる。
「明日、賢太郎もフェルネのマウンテンパーカー着てくるのかな?」
俺がカーキで、賢太郎は黒を買ったあのパーカー。お揃いの物を身に付けるなんて、まさに恋人らしいじゃないかと一人でニヤついてしまう。それに明日登山が上手く行って下山したら、賢太郎に俺の記憶の事を少しでも聞いてみようと思った。
俺と賢太郎に関する事なのにいつまでも逃げてる訳にはいかないし、何より俺自身が警告のような頭痛や失った記憶の事を知りたいと思ってる。母さんが何故そこまで話したがらないのかも気になるし。
とにかく明日の登山は俺にとって節目だ。成功させる為に今日はさっさと風呂に入って早めに休む事にする。
すぐに眠りにつき夢を見ていた。これは俺の記憶なのかそれともただの夢なのかは分からないけど、とてもリアルな映像で。
――「母さん! 何であんな事したの? ひどいよ! 母さんなんて大嫌いだ!」
頭が痛くて胸も痛い。真っ白な空間で、小さな身体は包帯でぐるぐる巻きにされてた。今より細くて小さな腕にはチューブが繋がれて、檻みたいな柵のベッドの中から母さんに向かって叫んだ。母さんは高い柵の向こうから俺の方を見ている。確かにその目からは涙が零れ落ちていて、俺は大人が泣くところを初めて見た。
――「ごめんね、光」
そう言って肩を震わせる母さんを見て、初めて大人を泣かせてしまったという罪悪感と衝撃を覚えた。
「は……ッ!」
激しい胸の動悸と頭を鈍器で殴られたようなガツンとした衝撃で目が覚める。まだ部屋は真っ暗で、枕元のスマホに表示された時間は夜中の二時だった。
「……あれは胸を怪我した時の記憶か? 俺は何で母さんに詰め寄ったんだっけ?」
未だ治らない動悸と頭痛で全身に脂汗をかいていた。あの夢を頼りにもう少しで詳細を思い出せそうなのに、時間が経つほどにまた夢の記憶は曖昧になっていく。やっぱり母さんから直接聞くのが一番早いんだろう。
「とりあえず今日の登山を無事終えることが出来たら、その時には母さんともしっかり話してみよう」
節目になる予定の登山に向けてもう一度目を閉じ、そこから朝まで夢を見る事もなく眠った。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
アルファとアルファの結婚準備
金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。 😏ユルユル設定のオメガバースです。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
つたない俺らのつたない恋
秋臣
BL
高1の時に同じクラスになった圭吾、暁人、高嶺、理玖、和真の5人は高2になってクラスが分かれても仲が良い。
いつの頃からか暁人が圭吾に「圭ちゃん、好き!」と付きまとうようになり、友達として暁人のことは好きだが、女の子が好きでその気は全く無いのに不本意ながら校内でも有名な『未成立カップル』として認知されるようになってしまい、圭吾は心底うんざりしてる。
そんな中、バイト先の仲のいい先輩・京士さんと買い物に行くことになり、思わぬ感情を自覚することになって……
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる