26 / 66
26. 許可を貰おうと思っただけなのに、の回
しおりを挟むそれから俺達はテスト期間以外の放課後には、賢太郎の家でストレッチと筋トレをしてからランニングをするという日々を過ごしている。
初日に胸の傷痕に口付けされてからというもの、密かに緊張をしながら過ごしていたけど、賢太郎が俺に必要以上に触れてくる事はなかった。
別に期待してるわけじゃないけど、恋人同士っていうよりは男友達って感じの関わり方しかなくて、少し心配になったりもする。
「何だか俺、最近走るの早くなった気がする」
「確かに。筋トレもだいぶついて来れるようになったしな」
「そろそろ登山してみたいな」
賢太郎が考えてくれた遠足部のトレーニングは運動音痴の俺を確かに成長させてくれたようで、そろそろ登山道がきちんと整備された低山を登ってみようかという話になった。
決行は明日、ちょうど学校が休みの土曜日という事で急遽決まった。その日のトレーニングを終えて賢太郎の家から帰宅するなり、母さんに何て報告しようかと考える。
以前に一人で登山をしてみたいと言った時には「登山なんてとんでもない」と大反対されたから、今回は許してもらえるように上手く伝えないと。
子どもみたいな事かも知れないけど、ちょっとしたご機嫌とりをすることにした。家事のほとんどを済ませて、夕食も家にある材料で出来るカレーを作って母さんの帰宅を待ってみることにする。
「ただいまー」
声の感じからして、仕事から帰った母親の機嫌は上々のようだ。いつもより明るめの声で返事をする。
「おかえりー。今日はカレーが出来てるよ」
「えっ? 本当? どうしたの?」
俺が夕食を作る事はあまりないものだから、嬉しそうだけどちょっと不審そうな顔をする母さんに、何食わぬ顔で「とにかくカレーを食べよう」と誘った。
「ねぇ、まさかテストの点がすごく悪かったとかじゃないでしょうね?」
「何言ってんだよ。期末テストはもう少し先だろ」
「じゃあ何? カレーなんか作ったりして。何か欲しい物でもあるの?」
慣れない事をしたせいで、余計に母さんを警戒させてしまう事になったみたいだ。俺は自分のバカさ加減に頭を抱える。だけど必ず明日の登山を許してもらわないといけないから、さっさと本題を切り出す事にした。
「あのさ、明日なんだけど。こないだ話してた元山岳部の友達と二人で伊今山に登って来ようと思って」
「登山⁉︎ どうして⁉︎」
「どうしてって……。友達とアウトドアをするって話してただろ。最近その友達と体力作りもしてきたし、そろそろ登山に挑戦してみるかぁってなっただけだよ」
案の定反対しそうな母さんの雰囲気に、努めて穏やかに返答する。ここは何としても説得して許してもらわないと。
「でも、登山だなんて……。よく分かんないけど、アウトドアなら河原でもどこでも出来るんじゃないの?」
「俺は山の雰囲気が好きだから。それに頼れる友達も一緒だしさ、大丈夫だって。せっかく姉ちゃんに貰った物も使いたいし。低い山で、登山道も整備されてるから初心者向けのとこなんだよ」
引くつもりが無いと通じたのか一度俺の目をじっと見つめた母さんは、大きく息を吐いてから後にしばらく黙したままでいた。
「母さん。俺はもう高校生だし、いつもなら自分で決めて行動しろって言うじゃないか。どうして登山だけはそう頑なに反対するんだよ?」
「……光が昔、近くにあった山で大怪我したことがあるからよ」
「それってこの胸の傷痕の?」
「そう。あの時光は山で滑落して石か何かで胸を打ち付けたみたいでね。それに頭も打ってしばらく意識が戻らなかったの。それで起きたと思ったら記憶だって無くなって……」
「……ッ!」
久しぶりに、ズキンッと鋭く抉るような痛みがこめかみを襲った。胸の傷痕もジクジク痛む。
これ以上話を聞いたらいけない、と警告をするように身体を襲う痛みは一体何の為に、何を守っているんだろう。
「光! 大丈夫⁉︎ どうしたの⁉︎」
「大丈夫……。どうしてかな? 時々何かの記憶を取り戻そうとするとめちゃくちゃ頭痛がするんだよ」
そう母さんに問うてみたけれど、ハッと息を呑んだ様子で俺の方を見たまま固まってしまった。きっと理由を知っているんだろう。
どうする? 痛みの原因を知りたいなら今だ。この痛みは記憶と連動して、何とか俺に思い出させないようにしている。痛みという鍵を掛けて、隠すようにされた記憶は一体どんな物なのか。
「母さん、何か知ってるのか?」
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
みなしごと百貨の王
あまみや慈雨
BL
【あらすじ】
時は大正、浅草十二階下。ある理由から夢も希望もなく生きていたみなしごの〈しおん〉は、ひょんなことから少年音楽隊の選考会に迷い込む。孤児を追い払おうとする座長に水をかけられ、みすぼらしい濡れ鼠になったはずのしおんのことを、まっすぐに見つめる者がひとりだけいた。
「歌わないのか?」
その男、若き百貨店王龍郷(りゅうごう)との出会いが、しおんの世界を大きく変えていく。
座敷牢に閉じ込められない系大正浪漫、ここに開幕。
イラストは有償依頼しているものです。無断転載ご遠慮ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
冬コミ参加します。「虹を見たかい」に後日談のえろを書き足したものが新刊です。
12/28(土)南棟ノ19b「不機嫌ロメオ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる