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19. 母さんの追求にハラハラする回
しおりを挟む「俺、本当に賢太郎と付き合うことになったんだ……」
誰もいない静かなアパートに帰ると、俺は独り言を呟いてからリビングのソファーにダイブする。
その際打撲している膝を再び打ちつけたが、その痛みが気にならないくらいに気分は高揚していた。
今日賢太郎にキスされた唇にそっと指で触れてみると、当然だけどフニッと柔らかい自分の唇の感触がした。
その途端ギュンと胸を鷲掴みにされたように苦しくなって、ソファーをサイレンサー代わりにすると「うわぁぁっ!」と思い切り叫んだ。
(最近、こんなことばっかりやってる……)
だけど、そうこうしていたら山岳部を退部した時の暗い気持ちがすっかりと晴れてきた。
それどころかこれからは、二人だけの部活と称して賢太郎と過ごす時間が増えるって事にまた悶絶しかけたが、さすがにそこは踏みとどまる。
「世の中の恋人たちはこんな風に胸が苦しくなったりして、よく持つな……」
俺がこんな風に考えているように、賢太郎も考えているんだろうか。
そんな事を思った時、玄関でガチャリと鍵が開く音がして母さんが帰ってきた。
急いでソファーから起き上がった俺は、動悸がする胸を悟られないように何食わぬ顔で声を掛けた。
「おかえりー」
「……ただいま。どうしたの? そんな顔して」
俺の顔を見るなり怪訝そうな顔をして尋ねてくる。
「え? 何か変?」
「泣いたの? 目が真っ赤よ。ほっぺに涙の筋が固まってるし」
「嘘⁉︎」
ゴシゴシと手のひらで頬を擦ったら、本当にパリパリに乾いた涙が縦に筋を描いていた。
賢太郎と一緒にいる時には、まだ涙が乾いてなかったと信じたい。
「ちょっと……。いや、実は山岳部退部しちゃったんだ。たった二日だったんだけどさ」
一瞬誤魔化そうかと思ったけれど、黙っててもいつかバレる事だし母さんに嘘を吐くのは何となく嫌だったから、退部のことを素直に話すことにする。
ただ自分が倒れた事だけは、無闇に心配をかけたくなくて黙っておこうと思った。
「あら、どうしたの? あれほど楽しみにしてたのに」
元々俺が山岳部に入る事を反対していた母さんは、退部したと聞いて心なしか嬉しそうな声色になった。
「結構本格的な部活でさ、やっぱり運動音痴な俺には難しかった。他の部員の足を引っ張ることになりそうだったから、早めに辞めたんだ。勝手に決めてごめん」
「そんなのもう高校生なんだから、出来るかどうかは自分で判断したら良いわ」
そう言って明らかに機嫌の良くなった母さんに俺は複雑な思いを抱いたが、どこかホッとしたのも確かだった。
「あ、でも凛子にはちゃんと言っておきなさいよ。せっかく入学祝いに山岳部で使う洋服とか買ってくれたんだから」
「分かってる、姉ちゃんにはまた言っておくよ。でも買ってもらったやつは別で使うから無駄にはなんないよ」
そんな俺の言葉に、すぐそばのキッチンで冷蔵庫の中身を取り出していた母さんが首を傾げながら振り向いた。
「何? どういう意味?」
先程までの上機嫌な声色は訝しげなものに変化して、神経質な性格通りの鋭い視線をこちらに向けている。
その変化に戸惑いながらも、また心配しているのかと思った俺はわざと明るく振る舞った。
「山岳部に入った同級生で気の合う友達が出来て、そいつも一緒に退部したからこれからは時々二人でのんびりアウトドアを楽しもうかなぁって」
賢太郎の話をしているとどうしても顔が火照ってしまいそうになるので、身振り手振りで説明することで必死にそれを隠した。
「ふぅん。……どんな子なの?」
「どんな子……って、俺と違って大人びててしっかりした奴だよ」
あんまり深く聞かれるとボロが出そうでハラハラしたけれど、幸い心配性である母さんの追求はそこで終わった。
さすがにその男友達が恋人になったとはまだ話せない。
「早めに凛子に報告しなさい。今しとかないと、どうせ忘れちゃうでしょ」
「別に忘れないけど。まぁいいや、通話と宿題してくるー」
話が逸れたことでホッとした俺は、そそくさと自分の部屋へと戻る。
倒れたことは伏せたままで姉ちゃんに事情を説明したけど、「アンタがそれでいいんなら、私は文句ないわよ。もう高校生なんだから」と母さんと同じような言葉を頂戴して終わった。
宿題をしながら賢太郎にDMでもしようかなと考えたけれど、母子家庭ってことで人一倍頑張ってきた勉強を今日も優先した。
恋愛にうつつを抜かして成績を落とすなんて事があったら、きっと真面目な母さんは許さないだろうから。
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