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8. 俺と賢太郎のこれからもよろしくの回

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「靴は玄関で脱がせたままだから、ここにはないぞ」
「え、そうなのか。そういえばどうやってここまで運ばれて来たんだろう」

 あのゴリラのように屈強な顧問が必死でここまで運んで来たのだとしたら、まるで映画のワンシーンみたいで滑稽こっけいだなと想像する。

「俺が抱えて運んだ。玄関まで歩けるのか? また抱えてやろうか?」

 真剣な眼差しでそんなことをサラッと言うものだから、俺はまた高鳴る鼓動をやり過ごす羽目になる。いくら異世界では夫婦だったとはいえ、どうしてそこまで俺に甘くするんだ。
 
(やっぱり佐々木もカイルだった時のように、俺のことを好き……とか?)

「も、も、もう大丈夫。あ、あ、ありがとう」

 宗岡光としてまともな恋愛経験がほとんど無い俺は、情け無いけど佐々木の事を意識すると普通に話すことすら困難になった。

「なあ、ヒカル」

 名を呼ばれてハッとした。ダイだって俺の名前を呼んでるし、別におかしな事ではないのにきっと頬が真っ赤になっていただろう。

「な、何?」
「佐々木じゃなくて、賢太郎、そう呼んでくれ」
「賢太郎……」

 俺がその名を繰り返すと、賢太郎は嬉しそうに笑って俺の髪の毛をグシャグシャと無造作に撫でる。同い年なのにどこか年上のような仕草の賢太郎に、俺は一瞬見惚れてしまった。
 だってものすごく優しくて温かな眼差しを、俺へと向けてくるから。

「ヒカル。記憶も戻ったし、これからは昔みたいに宜しくな」

(昔みたいに、とはどういう意味なんだ?)

 聞き返せば良いのに、俺たちの関係を問うのが気恥ずかしい。だから何とか頭をフル回転させて答えを考える。

(夫婦だった俺達だけど、これからは男同士の恋人として付き合っていこうって意味か……?)

「う、うん。こちらこそ、よろしく」

 きっと俺の顔はすごく赤くなって、もしかしたら耳まで真っ赤になっていたかも知れない。
 だって生まれてこのかた異性相手に恋したことはあっても、男相手にこんな風な気持ちになったことなんか無かったから。しかも毎回片思いで終わるのが俺の恋だ。初めてお互いの気持ちが通じ合ったところで、具体的にどうしたら良いのか分からなかった。

「ところで、記憶は全部戻ったのか?」

 急に賢太郎が難しそうな顔つきになって尋ねる。

「いや、賢太郎がカイルだったってことしか思い出せない」
「そうか……」

(記憶……、もっと思い出した方が良いのか?)

――……あの湖の畔の丸太小屋、夫婦だったカイルとシャルロッテ。
 木々が生い茂るあの場所……。

 こめかみにいきなりナイフを突き刺されたような物凄い痛みがズキンッと走る。

「痛……っ!」
「どうした? 大丈夫か⁉︎」
「頭……痛い……」

 目の前がギラギラと光るような感覚と脈打つみたいな頭痛、そして強い吐き気に襲われた俺は、思わずベッドの端から床へとずり落ちて頭を抱える。そんな俺の身体を、咄嗟に近寄った賢太郎が気遣わしげにさすった。

「悪い、俺が悪かった。もう無理に思い出そうとするな」
「なんで……、思い出そうとすると頭がこんなに痛くなるんだろう」
「お前にとっては、思い出したくない事もあるんだろう。そのせいで記憶を無くしてたんだろうしな」

 床にへたり込んだ俺の横にしゃがんだ賢太郎は、そう言って少し寂しそうに笑った。

「賢太郎は、全部覚えているんだろ?」
「ああ、俺はもちろん。だけど過去より、これから新しい思い出を作る方がいいって事だろう」
「新しい思い出……」

 そうだ、俺は山岳部で仲間と共に大好きな自然に触れ合って思い出を作りたかったんだ。これからは賢太郎と一緒に部活に取り組めるんだから、苦手な運動だって少しは楽しくなるかも知れない。

「俺はお前が俺のことを思い出してくれただけでも、特に興味もなかった山岳部に入った甲斐があったな」
「え⁉︎    興味なかったのか⁉︎」
「ダイから、ヒカルが山岳部に入るって聞いたから入ったんだよ。別に山登りの趣味は無かったけど」

(そこまでして、記憶の無い俺のことを想っててくれたのか……)

 そう思うとカーッと頬が熱く火照った。もう今日は何度このような事があるのか分からないほどだ。

「俺、運動がすごく苦手なのに、それでも山岳部に入ったのは自然が好きだからで。もしかしたら、過去の記憶にある風景が好きだったからかも……」

 記憶が無くても深層心理ってやつで、俺はいつの間にかあの風景を求めていたのかも知れない。

「そっか、それで山岳部だったのか。ヒカルの記憶が戻んなくても、新しい部活の仲間として傍にいられたらって思ってた」

 そう言って、また賢太郎は少しだけ目を潤ませたように見えたから、俺はわざと明るい声を出して立ち上がった。

「あ、ほら! もう部活終わるんじゃないのか? 賢太郎、ここに居て初日からサボリになって悪かったな」
「また明日からでいいよ。今日はもう色々あって、胸がいっぱい過ぎて運動なんか無理だ」

 俺に遅れて立ち上がった賢太郎は、軽く胸を押さえてから眉を下げ、困ったように笑った。そんな賢太郎に、また俺は変に意識してしまって無駄に大きな声で返事をする。

「じゃあ明日からまた頑張ろうな!」

 俺達はSNSのアカウントを教え合って、その日は学校の玄関で別れた。どうやら賢太郎の家は、学校を挟んで俺の家と反対方向にあるらしい。

 徒歩で帰宅し自宅アパートへと着くと、まだ母さんは仕事から帰っておらず部屋はシンと静かだ。
 姉ちゃんは就職してしばらくしてから勤務先の近くで一人暮らしをし始めたから、今このアパートに住んでいるのは俺と母さんの二人だけだった。

 帰るなりすぐに俺は親友のダイへDMをした。

「佐々木賢太郎と話した。俺の話、聞いてくれるか?」

 親友のダイなら、俺の荒唐無稽な異世界の話だってきっと信じてくれる。それに、とにかく賢太郎とのことを誰かに相談したかった。

 だけど結局ダイからの返信を待ちきれなくなって、手っ取り早い通話をすることにした。
 

 
 

 
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