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6. 失神から目覚めたらの回
しおりを挟む頭に響く耳障りな声につられて目を開けると、俺を覗き込むのは顧問の筋肉ゴリラと中年のおばちゃん教師だった。
「ああ! 目が覚めたか! 頭は打ってないか⁉︎」
心配そうに見つめる筋肉ゴリラの顔はランニングの時には鬼気迫る表情で皆に声を掛け、唾飛ばしていた人物と同じとは思えない。
指導は厳しいけど根はいい教師なのだろう。
「大丈夫……です」
掠れ声しか出なかったから、目の前の教師たちに聞こえたかどうか心配になる。だけど、二人ともが目に見えてホッとした表情を見せたから、聞こえたのだと分かった。
(こんな風に目覚めるのを心配されたのは、いつぶりだっけ?)
「良かったわぁ! 突然道端で倒れたって他の部員から聞いて、驚いたわよ」
「体調が悪かったのか?」
矢継ぎ早に質問してくる二人の様子に、まだクラクラする頭を押さえながらゆっくり起き上がる。
そこは未だ入ったことが無かったが、どうやら保健室のベッドのようだった。
クリーム色のフレームのベッドは、病院の入院患者が使っているものと同じだ。飾り気がなくて、色だけは温かみのある冷たい鉄のベッド。
そんな事を考えながらいつの間にかまたぼーっとしていた俺を、気づけば二人は怪訝そうな顔をして見ていた。
「すみません、ちょっと……」
何と説明したら良いのか、運動が苦手なのに無理して走ったら意識を無くしましたって言えるはずもない。必然的にどこか歯切れの悪い答えになる。
「宗岡くらいの年頃の男子は、すぐに失神するからな、おかしいなと思ったらしゃがむなりして、頭を打ったりしないように気をつけろよ!」
「はい……、すみません」
(あれが失神というのか……。あんな気持ち悪いのはもう二度とごめんだ)
「保健の先生は会議で今不在なのよ。今日はここで少し休んでから、落ち着いたら帰りなさい。先生たちは部活に戻るからね」
「はい、ありがとうございます」
二人の教師たちはガラガラと引き戸を閉めて保健室を出て行く。後ろから見たジャージ姿はホッとした雰囲気が伝わってきた。
まだ少し気分が悪いので休んでから帰ろうと、再び糊が効いて硬めのシーツが張られたベッドに潜り込む。
その時、忘れかけていた大切な事を唐突に思い出した。
「カイル!」
思わず叫ぶようにその名を呼んだ。目が覚めたその時から曖昧になっていく夢のように、危うくまたあの出来事を忘れるところだった。
そうだ、あの時俺はシャルロッテという名の令嬢だった。そしてシャルロッテが愛した男は狩人のカイル。
この前アウトドアショップで出会った切長の目を持つ男は、この世に転生する前シャルロッテと夫婦だった、カイルそのものの外見だったじゃないか。
あの異世界の美しい湖のほとりにある丸太小屋で、狩人のカイルと元伯爵令嬢のシャルロッテは大恋愛の末に夫婦として仲睦まじく暮らしていた。
あんなに幸せな日々を過ごしたのに何故忘れていたんだろう、こんな大切な事を。
俺はこの異世界に転生し、カイルもあのアウトドアショップでまた俺と出会ったんだ。
(だけど、あの態度からしてカイルの方は記憶が無いのかも知れない)
急にあの男への愛情が、俺の内側からブワリと溢れてきた。胸が痛い、苦しい。思わず胸の真ん中を押さえる。そこにある古い傷痕がジクジクと痛んだ。
その時、ガラガラと遠慮がちに保健室の引き戸が開けられる音がした。別に隠れなくても良かったのに、何故か俺は急いで布団に頭を突っ込んで寝たふりをしてしまう。
室内を歩く足音が少しずつ近づいて、シャッとカーテンが引かれる音が聞こえた。一体誰なのか、すぐ近くに誰かが立っている気配がする。
「ヒカル……」
確かにその低い声は俺の名を呼んだ。気のせいか、どこか切なげな声音に聞こえた。
そうすると、誰がそこにいるのかどうしても知りたくなる。今覗かないと、ずっと答えは分からないままで悶々とするかも知れない。
俺はそおっと布団を下げて目を外に出してみた。
「え……」
思わず声が漏れたのは俺か、それとも相手だったのか。まさか俺が起きているとは思わなかったんだろう。
そこには思いもよらない人物が面食らった表情をして立っていた。
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