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17. 残酷なのは誰?
しおりを挟むアパートの近くまで二人して走って帰った私達が見たのは、あの昭和チックでレトロで、近頃はとても愛着が湧いていた私のお城が、消防車によって大量の水浴びをさせられているところだった。
「貧乏神とアリスも無事か。火事だと分かって、一応呼んだけどいないようだったから安心したんだが」
福の神は異変を感じてすぐに避難して無事だったらしい。
さすが福の神、そんなご利益まであるのか。
このアパートは外見のボロさからかあまり人気が無く、他の部屋に住人は居なかったはず。
それなのに何故一階が火事になるのか。
「もしかしたら、天火かもな……」
福の神が呟いたのを繰り返して問う。
「天火?」
「空から降りてくると言われる怪火だよ」
二階はまだ炎がそこまで回っていないようだけれど、一階の窓からは轟々と音がしそうなほどの勢いで炎が飛び出していた。
「やだ……、嘘でしょ……」
熱で変形しつつある赤い外階段を見て、思わず私が近付こうとするのを貧乏神が手を引いて止めた。
「香恋様、危ないですから離れましょう」
「ちょっと待って! 私のお金! 貯金! タンス預金がぁ!」
あの部屋には私の結婚資金の百万円が置いてある。
何とかして取りに行かないと。やっと貯めた百万円、貧乏神と慎ましいながらも結婚式を執り行うのだ。
半狂乱で炎が渦巻くアパートへと近付こうとする私を貧乏神は抱きすくめて離さない。
「香恋様! 申し訳ありません!」
「何で貧乏神が謝るのよぉ! 何でよ……っ!」
「私が貧乏神だから……っ」
ああ、またこの顔をさせてしまった。
私がお金なんかに執着したからだ。
私は馬鹿だ、こうやって後になってものすごく後悔するんだから。
メラメラと燃え上がる炎に照らされた貧乏神の頬には涙が伝っていた。
「ごめんね、泣かないで」
古い木造のアパートを消し去ってしまおうと勢いよく燃え盛る炎の熱が、安全な場所にいる私達のすぐそばまで感じられた。
物珍しそうに火事を見物する人、笑いながらスマホで撮影する人など、周りには野次馬が多く集まっている。
人間ってこういうところあるよね、と何故か悲しくなった。
同時に、いつも優しくしてくれる妖怪達の事が頭をよぎる。
「香恋様、申し訳あり……」
また謝ろうとする貧乏神の口を自分の口で塞いだ。
周囲は火事の方に気を取られているから、誰も私達のキスなんて見ていない。
「ごめん、お金はまた貯めればいいよね。私達も、福の神も無事で良かった。ね?」
そう言って私が貧乏神に微笑むと、貧乏神は私の手をぎゅっと握って小さく頷いた。
「や、やめろよ!」
その時、近くで声が上がる。野次馬達もそちらを一斉に見ているようだ。
見れば一人の若い男を近所に住む妖怪達が(今は人間らしい姿をしているが)囲んで何やら揉めているようで。
「どうしましたか⁉︎」
近くで交通整理や野次馬の排除をしていた警察官がそちらへ向かうと、妖怪達が男を指差して口々に叫んだ。
「コイツが新聞紙に火をつけるのをうちの坊主が見たって言ってるぞ! スマホで動画を撮ってたみたいだって言ってた」
「よく見ればこの男、火事場によく現れる動画配信者じゃねーか! ニュースで見たぞ!」
「ほら、バッグからライターと新聞が見えてるぞ! やっぱりコイツが放火したんだ!」
言い逃れが出来ないと悟ったのか、若い男はその場に崩れ落ち、警察官が詳しく事情を聞いているようだ。
天火じゃなく、まさか人が放火したなんて……。
近所に住む妖怪達は私と貧乏神に気付くとすぐに近寄ってきて、無事を喜び、次々と労りの声を掛けてくれた。
「貧乏神、皆本当に優しいね……。人間の方が、よっぽど酷いよ」
どうしようもない悲しみと怒りが混じり合う、感じたことの無い程のドス黒い感情に私は声を震わせた。
だけど貧乏神は、神々しい程に眩しい笑顔をこちらに向けて優しく私を抱き寄せる。
「清廉な香恋様にそのような感情は似合いません。きっと、悪い事をした者には相応の罰が下るはずです。反対に、常に良い行いをしていれば不幸な時でも救われるのです」
「……そうだね」
結局、私達のアパートは消防士さん達の努力も虚しく、目の前でみるみるうちに焼け落ちた。
勿論、私の部屋も百万円も跡形もなく燃え尽きて。
けれど、何だかもう悲しくなかった。
優しい妖怪達が応援してくれている、だからまた一から始めようと、そう思えたから。
やっぱり私は根っからの楽天家なんだろう。
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