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16. 好き……?
しおりを挟む祖母に付き添われて夕方には家に戻った。カモは見当たらず、まだ妹はあたりを見渡してビクビクしている。そんな時にも祖母がドンと構えていたから、何となく心強かった。
「もうあの変な人は現れないから、心配いらないよ。悪い人は捕まえてもらったからねぇ」
「おばあちゃん、本当?」
「本当だよ。だからもう雫山村は怖くないよ」
「良かったぁ」
妹は警察官か何かがカモを連れて行ったのだと思っているんだろう。家に着く頃には安心した様子で鼻歌を歌い始めたほどだ。妹にトラウマが残らないで良かったと、ただそれだけは安心した。
「ばあちゃん、ありがとう」
「いえいえ、ごめんねぇ。びっくりさせちゃって」
「ううん、大丈夫」
母親が玄関から出てきて、俺達を出迎えた。既に祖母から電話で連絡がいっていたみたいだ。
「お義母さん、すみません。近くだから一人で買い物に行くっていうものだから。小学校までだし、大丈夫だと思ったんですけど」
「仕方ないよぉ。タイミングが悪かったんだね。もうあの人はいないから、心配しなくていいよ。捕まえてもらったからねぇ」
先に母親には何かしらの説明をしたのだと思うが、俺達の前では祖母は同じ言葉を繰り返しただけだった。
祖母が帰り、夕飯を食べ終わった頃に父親が帰ってきた。妹は風呂に入っていて、俺は隣の部屋でテレビを観ていた。母親は俺に聞こえないようにしているつもりなのか、小さな声で父親に今日の事を話している。
俺は耳がいいから、ところどころ聞こえ辛いところはあるものの、両親が話す大部分が聞こえてくる。
「もう、本当に驚いたわ。田舎でも変質者がいるなんて。しかも村長さんの息子さんらしいじゃない。引きこもりなんですって」
「ああ、そういえば村長が今日真っ青な顔をして帰って行ったな。そのせいか」
「そのせいか……って、大丈夫なんでしょうね? その息子さんの事、ちゃんとしてくれるのかしら? 心配だわ」
「母さんが村長に言ったのだとしたら、大丈夫だ。村長は……というか、村人は皆母さんに逆らえない」
神子と関係がある天野家だから? 祖母が先代の神子だったのか? 分からない。けれど、この村には何か秘密があるみたいだ。
「明日香も、それに桐人だって学校は楽しいみたい。思い切って転校させて良かったわ。喘息も良くなったし、あなただって前よりは早く帰れるじゃない」
「まあ、村役場の仕事なんて前の市役所の仕事量に比べたら少ないからな」
「私も何人かママ友が出来たのよ。皆、優しくしてくれるの。お義母さんがお姑さん世代と仲良しだからね」
「そりゃあ良かったな」
段々とどうでもいい話題になってきていたから、そろそろ俺も風呂に入る事にする。入れ替わりでテレビの前に座った明日香は、今日の事なんかすっかり気にしてないみたいにアイスを齧っていた。
「お兄ちゃん、カッコよかったよ。守ってくれてありがとう」
去り際にそう言われて、久しぶりに妹の頭を撫でた。妹は目を細めてくすぐったそうに笑う。
確かに、今になってみればここに越してきて良かったかも知れない。学校は楽しいし、家族もなんだか雰囲気が良い。俺が一人だけ怒っていた引っ越してすぐの頃が恥ずかしくなるほどだ。
明日はさやだろうか? それとも紗陽? 同じ人物のはずなのに、俺は『さや』と喋ると胸がドキドキしたし、目で追ってしまう事を自覚している。『紗陽』の方は友達として、他の女子と変わらないのに、どうしてだか『さや』と話すと胸が苦しい。
俺は、さやの事を好きになってしまったのだろうか。いや、多分あの月夜の夜に俺を助けてくれた時からきっと……。月明かりに照らされて、寂しそうなさやの表情から目が離せなかったんだから。
前の学校では同級生がいやにませているなと思いつつ話を聞くだけだった。俺はなんだかんだでこれが初恋だ。街の学校は小学生でも付き合ったりしている子はいたけれど、田舎はどうだろう?
そもそもさやが俺のことをどう思っているのか分からない。本当に付き合うかどうかも分からないのにそんな心配をする俺は、一人で浮ついて馬鹿みたいじゃないか。
そう思ったら急に自分が恥ずかしくなって、風呂場で叫ぶのを我慢する代わりにガシガシと頭を掻きむしった。
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