あの日、心が動いた

蓮恭

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26. おいおい、大丈夫か

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「パパー! ぐちゃぐちゃになってるよぉ!」
「もう、仕方ないだろ! 今日はピンで我慢しろよ」

 自分なりに必死で一花の髪の毛をまとめてみたが、やはり手が明らかに一本足りていない。櫛で整えながらゴムで結ぶ、という作業がどうしても上手くできないのだ。

「うー、高橋さんがしてくれたら可愛くなるのに」
「ねー、何で高橋さん来てくれなくなったの?」

 必死で両手を使い一花の耳元にヘアピンを挿しながら、双子達への返事に言葉を詰まらせた。

 そう、高橋は数日前からこの家に来なくなった。

 毎朝双子達の髪を結んで、その後時間が来るまで話しながら俺が淹れたちょっとお高めのドリップコーヒーを飲むのが日課になっていたのに。
 数日前に届いたDMには、「仕事の都合で早く家を出なければいけなくなったので、すみません」とあったが、もしかしたら避けられているのかも知れない。

「何でだろうな」

 俺自身もその理由が思い当たらないのに、双子達に何と答えたらいいのか困っていた。

 あれから何度かアパートの近くや保育園で芽衣といるところを見かけたが、何となく強張った顔でこちらへ会釈をするものの会話もなくさっさと居なくなってしまう。

 翼も同じ頃からうちに来なくなって、俺は余計な事をしてしまったんじゃないかと落ち込んでいる。
 親子の問題に、親がいない俺が首を突っ込んだのは間違いだったのか。せめて何故突然態度が変わったのかを教えて欲しいと思ったが、そういう事を聞くのも迷惑かも知れないと考えながら今に至る。

「パパー、髪の毛結ばなくてもピンでいいから。無理言ってごめんね」
「うん、百花もピンでいいよ。ごめんね」

 俺が物思いに耽っているのを怒っていると勘違いしたのか、双子達がこちらの様子を窺うようにして口々に謝ってくる。

「謝らなくていい。いつまでも不器用でごめんな」
「パッチンの髪留めなら簡単だよ」
「お友達のゆうちゃんがつけてた。パッチンってするだけのやつ」

 なるほど、それならこの凝ったデザインのヘアピンより髪の毛を留めやすそうだ。このピンは買い物に行った時にデザインだけで双子達が決めた物だが、いかんせん不器用な俺には留め難い。

「今日保育園から帰ったら買いに行くか」
「わーい! やったー!」
「パッチンだー!」

 喜びを爆発させて走り回る双子達を、上手く言って落ち着かせる。
 俺もだいぶ双子達の扱いにも慣れてきた。髪型に手間取っていつもより出るのが少し遅くなったので、誰ともなしに早足で保育園へと向かった。

「あ……高橋さん」

 芽衣の教室の前で先生と話をする高橋の姿を見つける。ちょうどそう呟いた時、話が終わってこちらへと振り返ったところだった。

「高橋さん、おはようございます!」

 右手を挙げながら声を掛けたが、高橋は一瞬気まずそうな顔付きをしてクルリと方向転換すると、俺を避けるように遠回りをして玄関の方へと去って行った。

「何だよ……」

 やはりこのままではモヤモヤする。自分に悪い所があるならば謝らなきゃならないし、出来れば前のように高橋と話をしたり交流したかった。
 翼との仲がどうなったのかも気になる。その翼とももう何日も会っていない。

 昼休みにでもDMを送ってみよう、そう考えて重い足取りを引きずるようにして仕事へ向かった。

「高橋さん、俺何かしでかしましたか?」

 昼休みに送ったDMは既読がついたものの返信が無い。すぐ隣に住んでいるのにこの状況は物凄くやり辛い。
 思わず大きなため息が漏れた。
 仕事をしていても集中出来ず、危険を伴う仕事なんだからと自分に気合を入れ直して何とかやり過ごした。

 ひどく長く感じた仕事を終えて、双子達にパッチン留めを買ってやる時には、あんまり喜ぶ二人に気が紛れて暗い気持ちも忘れていた。
 けれど帰宅して双子達が風呂に入ると、「悠也くん」と呼び掛けてくれる翼の居ないダイニングはシンとして寂しく感じる。

「…………!」
「……!」

 ガタンッともドタンとも聞こえるような大きな物音が隣の壁から聞こえたと同時に、怒鳴り声のような大きな声が聞こえて来る。
 高橋は俺と違って子どもを怒鳴りつけるような奴ではないのに、一体誰と何の話をしているのだろう。

 双子達が風呂場でキャッキャとはしゃぐ声と水音が邪魔をして、よく聞き取れない。今度はかなり大きな音でドンッ、と聞こえた。
 しばらくすると怒鳴り声は聞こえなくなり、芽衣か翼……または二人の泣き声がする。

「おいおい、大丈夫か」

 ただごとではない雰囲気に不安になり、双子達をさっさと風呂から上がらせた俺は隣の部屋のインターフォンを鳴らした。
 近頃避けられているのは確かだし、もしかしたら開けてくれないかも知れない。そう思いつつも、放っておけなかった。

 誰も出て来ない。もう一度インターフォンに指を向けた所でガチャリと鍵が開く音がする。

「悠也……くん」
「翼? どうした?」

 目を真っ赤にした翼がそこに居て、いつも掛けているメガネは外している。
 俺の顔を見るなりくしゃりと顔を歪めた翼は、キイッと扉を開けて裸足で飛び出してきた。

「悠也くん……っ!」
「おい、どうしたんだって……」
「父さんと……喧嘩して……」

 翼の服の腹回りや手には赤い血のようなものがべっとりとついている。

 すうっと血の気が引くような嫌な予感がして、次の瞬間「お父さんは⁉︎」と尋ねていた。



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