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18. 理由は?
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いつの間にか日曜日の午前中は隣人親子がうちに来るのが定番になっていた。
はじめはめちゃくちゃになった部屋の片付けがきっかけで、そのうち部屋が何とかキレイに保たれるようになっても、芽衣が双子達と遊びたいというので高橋もついてくる。
子ども三人がリビングで遊んでいる間、俺と高橋はコーヒーを飲みながら世間話をする。いつも世話になっているせめてもの礼にと、密かにちょっとだけお高めのドリップコーヒーを準備していた。
「そうですか……。一花ちゃんと百花ちゃんのお母さんは、そんなに突然亡くなられたんですね」
「まぁ、俺もまだ朱里が死んだなんて信じられなくて。双子達との生活にもまだ慣れてないから毎日が大変だし、お陰で気が紛れてるっていうか……」
「少し新しい生活にも落ち着いた頃に、また辛さがドンと来るんです。マイナス思考になったり、涙もろくなったり。僕もそうでした」
高橋の妻は芽衣を産んですぐに乳がんが見つかり、既に末期でどうしようも無かったという。そして芽衣が一歳になるのを待たずして亡くなった。
その時長男の翼は七歳で、母親を突然失った事に相当ショックを受けた。
それからというもの、翼との関係がギクシャクしているとの事だ。
「翼が生まれてから後はなかなか子どもが出来なかったので、芽衣ができたときには家族全員で本当に喜んだんですよ。だけど妻が亡くなってから、翼は芽衣にどこか冷たく当たるようになって……」
「前に見かけた時は、真面目そうで大人しそうな男の子だったけどな」
「暴力を振るうような事はしません。ですがあまり芽衣との会話もなく、僕にも心を開いてくれなくなりました」
「理由は? 本人に聞いてみたのか?」
高橋は俺に「歳の差を感じるので、敬語はやめてください」と言う癖に、自分は敬語で喋る。俺より一回り近く年上なのに、若々しい外見だから歳の差なんて感じない。
俺と高橋は同じシングルファザーでも全くタイプが違っていた。
「いえ、そもそも僕とまともに会話をしてくれません。学校から帰ると、すぐに部屋に閉じこもってしまって……。どうしたらいいものか」
「翼が機嫌良くて、話したい時に話すしかないんじゃないの。無理にしたって余計に意固地になるだろ」
「そうですねぇ、そんな時があればいいんですけど。明里さんのところは一花ちゃんも百花ちゃんも、人懐っこくて明るいしいいですね」
そう言うと、高橋は少し悲しそうに双子達と遊ぶ芽衣の方へと視線を向けた。芽衣はままごとセットで双子達と遊んでいて、無邪気な笑顔を見せている。
「芽衣だってきっと、本当は明るくてお喋りだと思うぞ」
「でも、なかなか他の人の前ではこんな風に打ち解けられなくて。何度か保育園の先生や保健師さんにも相談した事があるんです。だけど心配いりませんよって」
「それなら心配いらないんじゃないの。プロがそう言ってる訳だし」
「僕一人だと、ついつい子ども達に過保護になっていけませんね」
確かにこの優しくて穏やかな雰囲気の高橋は、子ども達に思いっきり怒ることなんて無さそうだ。
俺なんか毎日双子達を怒鳴りつけてるっていうのに。
「まぁ、俺みたいに余裕が無くてついつい怒り過ぎるよりはいいんじゃねぇの」
「そうですかねぇ。子育てって、夫婦二人でも難しいのに、一人だと尚更難しいですね」
そんな事を話しているうちに昼前になり、高橋親子は隣の部屋へと帰って行った。
「パパー、お昼ご飯何?」
「百花、お外で食べたーい! お弁当して!」
「はぁ? 弁当?」
「あ! 一花もそれがいい! お弁当持って公園行こうよー」
双子達は言い出したら聞かない。コイツらは俺が言う事を聞くまで、延々と二人で口撃してくる。
近頃は余程のことでない限りさっさと言う事を聞く方が、お互いのストレスが少なくて済むと理解した。
「大した物は作れないぞ。弁当用の材料なんて買ってないんだから」
冷蔵庫の中を覗き込みながら、タコやカニに出来そうな赤いウインナーやミニトマト、胡瓜と一緒に串に刺すうずら卵なんか無い事を確認する。弁当にはこういうおかずがいいですよ、と教えてくれたのも高橋だ。
「オムライスー!」
「オムライスのお弁当がいい!」
「オムライス? 弁当に?」
オムライスを弁当にするなんて俺には思いつきもしなかったが、それなら何とか材料はありそうだ。一花は早々に食器棚から弁当箱を出してきてるし、百花は自分用のエプロンを引っ張ってくる。
「ママがしてくれた事あるよー」
「ケチャップでネコ描くー!」
「分かった分かった。ちょっと落ち着け」
結局、チキンライスに大きめのスクランブルエッグを乗せたものを「オムライス」と言い張った俺と、少し不満げな双子達はそれを持って公園へ出掛けた。
はじめはめちゃくちゃになった部屋の片付けがきっかけで、そのうち部屋が何とかキレイに保たれるようになっても、芽衣が双子達と遊びたいというので高橋もついてくる。
子ども三人がリビングで遊んでいる間、俺と高橋はコーヒーを飲みながら世間話をする。いつも世話になっているせめてもの礼にと、密かにちょっとだけお高めのドリップコーヒーを準備していた。
「そうですか……。一花ちゃんと百花ちゃんのお母さんは、そんなに突然亡くなられたんですね」
「まぁ、俺もまだ朱里が死んだなんて信じられなくて。双子達との生活にもまだ慣れてないから毎日が大変だし、お陰で気が紛れてるっていうか……」
「少し新しい生活にも落ち着いた頃に、また辛さがドンと来るんです。マイナス思考になったり、涙もろくなったり。僕もそうでした」
高橋の妻は芽衣を産んですぐに乳がんが見つかり、既に末期でどうしようも無かったという。そして芽衣が一歳になるのを待たずして亡くなった。
その時長男の翼は七歳で、母親を突然失った事に相当ショックを受けた。
それからというもの、翼との関係がギクシャクしているとの事だ。
「翼が生まれてから後はなかなか子どもが出来なかったので、芽衣ができたときには家族全員で本当に喜んだんですよ。だけど妻が亡くなってから、翼は芽衣にどこか冷たく当たるようになって……」
「前に見かけた時は、真面目そうで大人しそうな男の子だったけどな」
「暴力を振るうような事はしません。ですがあまり芽衣との会話もなく、僕にも心を開いてくれなくなりました」
「理由は? 本人に聞いてみたのか?」
高橋は俺に「歳の差を感じるので、敬語はやめてください」と言う癖に、自分は敬語で喋る。俺より一回り近く年上なのに、若々しい外見だから歳の差なんて感じない。
俺と高橋は同じシングルファザーでも全くタイプが違っていた。
「いえ、そもそも僕とまともに会話をしてくれません。学校から帰ると、すぐに部屋に閉じこもってしまって……。どうしたらいいものか」
「翼が機嫌良くて、話したい時に話すしかないんじゃないの。無理にしたって余計に意固地になるだろ」
「そうですねぇ、そんな時があればいいんですけど。明里さんのところは一花ちゃんも百花ちゃんも、人懐っこくて明るいしいいですね」
そう言うと、高橋は少し悲しそうに双子達と遊ぶ芽衣の方へと視線を向けた。芽衣はままごとセットで双子達と遊んでいて、無邪気な笑顔を見せている。
「芽衣だってきっと、本当は明るくてお喋りだと思うぞ」
「でも、なかなか他の人の前ではこんな風に打ち解けられなくて。何度か保育園の先生や保健師さんにも相談した事があるんです。だけど心配いりませんよって」
「それなら心配いらないんじゃないの。プロがそう言ってる訳だし」
「僕一人だと、ついつい子ども達に過保護になっていけませんね」
確かにこの優しくて穏やかな雰囲気の高橋は、子ども達に思いっきり怒ることなんて無さそうだ。
俺なんか毎日双子達を怒鳴りつけてるっていうのに。
「まぁ、俺みたいに余裕が無くてついつい怒り過ぎるよりはいいんじゃねぇの」
「そうですかねぇ。子育てって、夫婦二人でも難しいのに、一人だと尚更難しいですね」
そんな事を話しているうちに昼前になり、高橋親子は隣の部屋へと帰って行った。
「パパー、お昼ご飯何?」
「百花、お外で食べたーい! お弁当して!」
「はぁ? 弁当?」
「あ! 一花もそれがいい! お弁当持って公園行こうよー」
双子達は言い出したら聞かない。コイツらは俺が言う事を聞くまで、延々と二人で口撃してくる。
近頃は余程のことでない限りさっさと言う事を聞く方が、お互いのストレスが少なくて済むと理解した。
「大した物は作れないぞ。弁当用の材料なんて買ってないんだから」
冷蔵庫の中を覗き込みながら、タコやカニに出来そうな赤いウインナーやミニトマト、胡瓜と一緒に串に刺すうずら卵なんか無い事を確認する。弁当にはこういうおかずがいいですよ、と教えてくれたのも高橋だ。
「オムライスー!」
「オムライスのお弁当がいい!」
「オムライス? 弁当に?」
オムライスを弁当にするなんて俺には思いつきもしなかったが、それなら何とか材料はありそうだ。一花は早々に食器棚から弁当箱を出してきてるし、百花は自分用のエプロンを引っ張ってくる。
「ママがしてくれた事あるよー」
「ケチャップでネコ描くー!」
「分かった分かった。ちょっと落ち着け」
結局、チキンライスに大きめのスクランブルエッグを乗せたものを「オムライス」と言い張った俺と、少し不満げな双子達はそれを持って公園へ出掛けた。
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