あの日、心が動いた

蓮恭

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16. お前らの方が寂しいよな?

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 結局俺は、双子達に朱里の死を伝える事が出来なかった。急に現れた俺が突然朱里の死を伝える事で、尚更混乱を招くのでは無いかと考えた義母がその役目を買って出てくれた。 

 双子達は朱里の事で義母からどんな説明を受けたのかは分からない。けれど葬儀の間中、小さな身体を二人で寄り添わせて、何とか母の死を理解しようとしていたように見えた。

 義母は二日間だけ外泊をして、身内だけの告別式を終えると病院へと戻る。通夜の日の夜は、双子達が泣き疲れて眠った後に、義母から冠婚葬祭の色々な常識を教えてもらった。

 親権を持った朱里が死んだら、自動的に双子達の親権は俺か義母になるのだと思っていた。けれどそれにも手続きが必要なのだと知る。今後どういう風に手続きをするかなどを調べて、長い時間を義母と話し合った。

「大人が分からない事があるのは、恥ずかしい事ではないのよ。分からない事を素直に誰かに尋ねられずに、そのままにしておく事が恥ずかしいの。悠也くん、それを忘れないで」

 そう終わりを締め括った義母は、朱里と結婚していた時と同じように、俺に対して親しみを込めて接してくれた。そのおかげなのか、双子達は俺の事を割とすんなり「パパ」として認めてくれたようだ。

「ねぇ、パパ。ママは先に天国で待ってるの?」
「百花達もいつかそこへ行くんでしょ? キレイなところだってバァバが行ってた」

 双子達からそう尋ねられて、俺は義母がそんな風に朱里の死を説明したのだと知る。

「うん。ママは先に行って場所取りしてくれてる。バァバもパパもお前たちも、いつかは皆が行くところだから」
「そうなんだー! うさぎさんのシート敷いてお弁当準備してくれてるんでしょ」
「えー、違うよぉ! お花のシートだよー!」

 朱里と行った遠足か何か、楽しい思い出と重ねて考えているんだろうか。無邪気に話す双子を前に、俺は困った顔で笑うしか無かった。

 義母を病院に送り届けた後、双子達を連れて藤森の家に一旦荷物を取りに戻る。義母から教えてもらった大事な事は全てメモしたが、余りにもやる事が多くて忘れないように必死だった。

 会社の方に連絡をすると、朱里に会った事もある社長もその奥さんも突然の事に驚いていた。そして「今は閑散期だから、この際溜まった有給を消化しろ」と命じられて、とりあえず十日間の休みを貰った。この間に出来る事を済ませていくつもりだ。

 亡くなった義父の仏壇の前には祭壇が設置され、朱里の遺骨が祀られている。遺影は双子のお宮参りの時の写真を義母が選んだ。白色の枠の中で、俺がろくに知らない時期の朱里は幸せそうな微笑みを浮かべていた。

「ごめんな」

 遺骨を見ても、朱里がもうこの世に居ないという実感は無く、仏壇と祭壇に向かって手を合わせるのも何だかおかしな感じがする。青白い線香の煙は一度クルリと回ってから真っ直ぐに立ち上る。煙ったい白檀の香りが身体を包んだ。

「パパ、泣いてる。寂しいの?」
「ママがいないから?」

 三人揃って手を合わせていた時、いつの間にか涙を流していた俺に、両脇の双子達は腕を引っ張りながら尋ねる。意気地が無く自分から別れた俺なんかより、コイツらの方がよほど寂しい思いをしているはずだ。そう思うと涙が引っ込んだ。

「悪い。お前らの方が寂しいよな?」

 そう言って二人の頭をグシャグシャと撫でた。柔らかな髪はサラサラと心地良く俺の手に触れる。

「でも、しばらくパパと遊んだらママのところに行くんでしょ?」
「早く百花もママのところへ行きたいなぁ」

 一花も百花も朱里が死んだ事をきちんと理解は出来ていないみたいだ。でも、今はそれでいいのかも知れない。俺だってちゃんと心の整理がついていないのだから。

「一花も百花も、ママのところへ行きたいのは分かるけど。まだ順番が来ていないから、それまではパパと一緒にいような」
「うーん、順番かぁ……」
「それなら仕方ないねぇ」

 これから俺は一日一度は藤森の家に来る事になるが、今日のところはたちまちの荷物だけを持ち、アパートへ双子達を連れて戻った。

 









 

 
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