上 下
53 / 53

番外編 心配性ユーゴのクリスマス(後編)

しおりを挟む

 ユーゴの悲痛な叫びに、サラとレーヴは頭を抱え、アルバートは何故か赤面し、アフロディーテは女神らしからぬ黒い笑顔を浮かべていた。

 そしてイネスはというと、アメジストのような美しい瞳をまん丸にして、ぷっくりとしたバラ色の唇は大きく、これでもかというほどにあんぐりと開いていた。

「父さん……。一体何言ってるの? 私がアルバートと結婚? まさか! そんな訳ないじゃない!」

 イネスがユーゴの言葉を完全に否定すると、どうしてかアルバートが敏感に反応する。

「……そんな訳ない……のか……」

 今度はアルバートがガックリと肩を落としてしまう。
 そんなアルバートへ、サラとレーヴ、そしてアフロディーテは慰めの眼差しを注いだ。

「あのね父さん、私決めたの。アルバートと一緒に来年、騎士の入団試験を受けるわ」
「騎士の……入団試験……だと?」

 漆黒の髪はユーゴと同じ、目元はサラと同じ紫色で、しかし幼い頃には無かった意志の強さが表れていた。

「そう、今日はその事をアフロディーテ様に報告に来たの。私は、アルバートと一緒に必ず騎士になって頑張るって決めたから」
「いつから、そんなことを?」
「父さん、本当はね、幼い頃から思っていたの。父さんのような強い騎士になって、この国を守っていきたいって。そして、アフロディーテ様と約束してたの」

 そこで、イネスはアフロディーテの方をチラリと見た。
 そしてその後、母親であるサラの方を見て力強く頷く。

「私が自分の道を決められる歳になって、それでも騎士になりたいと思っていたら、その時には必ず、アフロディーテ様に報告するって」

 力強い眼差しには、幼い頃の泣き虫で気弱で、常に庇護の対象であったイネスの面影は無い。
 艶めく漆黒の髪と、女神と同じ紫色の瞳、美しく逞しく成長した娘は、いつの間にかユーゴの手を離れていた。

「サラも、レーヴも知っていたのか?」

 ユーゴは肩でハアッと大きく息を吐くと、固唾を飲んで見守る妻と息子の方を見やった。

「んー、私はねぇ、イネスがユーゴみたいな騎士になりたいって言うから、それならと思って……」
「母さん、父さんが騎士団に出仕してる間に、イネスに剣の稽古をつけてたよ。父さんから稽古をつけてもらった事もあるんだって言ってさ」
「あっ、レーヴ! 駄目だよ、それは内緒だったのに!」

 どうやら女騎士のサビーヌ時代の経験を活かして、サラはイネスと鍛錬に励んでいたらしい。

「サラ……、危ないからもう剣は持つなとあれほど……」
「だって……」

 また心配性を発動したユーゴに、イネスはキッパリと宣言した。

「父さん、私は騎士団長ユーゴ・ド・アルローと、女騎士サビーヌであった母さんの娘よ。きっと立派な騎士になってみせる。アフロディーテ様の強力な加護もあるんだから。それなら父さんも安心でしょ?」
「なるほど、それで俺より先に女神のところに来たのか。その殺し文句で俺を説得するつもりだったんだな」

 サラがユーゴの腕を引いて、美しい色の瞳を潤ませ、『お願い』と言うように小さく頷いた。
 ユーゴは愛する妻のこの表情にとても弱い。

「分かった。やりたいならやってみろ。だが、そこのアルバートにだけは絶対に負けてくれるなよ」

 ギロリ、と現役騎士団長の三白眼に睨まれたアルバートは、苦笑しながらもイネスの事が丸く収まったようで、どこかホッとした様子である。

「アルバートになんか負けないわ。だって今でも私の方が強いんですもの」

 きっとアルバートは、イネスに対して本気で剣を向ける事などできないだろう。
 だって昔から、アルバートはイネスの事をとても大切に想ってきたのだから。

 その想いに気づかない鈍感さは、やはり父親似なのかも知れない。

「女神よ、娘が世話になってすまない。これからも、何か悩んでいる時には助けてやって欲しい。頼む」

 そう言って頭を下げたユーゴに、アフロディーテはいつものように悠然と微笑んだ。

「当然よ、サラもイネスも、レーヴも私の愛し子なんだから」

 こうして女神の神殿を出たあと、イネスとレーヴ、そしてアルバートはクリスマス気分をもう少し味わってから帰ると言う。

「父さんも母さんも、今日はクリスマスだし、もう少し二人きりで過ごしなよ」

 レーヴに言われて、サラはユーゴをクリスマスのデートに誘った。
 まだ街は賑やかな灯りに包まれて、人々の往来も多い。

「ねぇユーゴ、たまには二人でお散歩しながら帰ろうよ」

 ふわっと優しい色合いの瞳を向けてくる、相変わらず美しい妻のお願いにユーゴは抗えず、子ども達とは別行動で帰ることにした。

 ランタンが彩る通りを、昔と変わらず屈強なユーゴの腕に寄り添って歩くサラは、とても幸せそうである。

「ねぇユーゴ、怒ってる? 私がイネスの夢を黙っていたこと」
「いや、俺がいつまでも子離れ出来なかったのが悪かった。もうイネスも十六なんだからな。それにしても、騎士という夢は意外だったな」

 神殿での取り乱し様が嘘の様に、穏やかな表情のユーゴは、やはり可愛い娘のことを心の底から応援する事にしたらしい。

「あのね……実は、レーヴも将来なりたいものが決まっているの」
「レーヴも? 何を目指しているんだ?」
「騎士団専属の薬師くすしなんだって」

 思ってもみなかったサラの言葉に、ユーゴは目を見開いて暫し言葉を失くした。
 薬師というだけでもこの国では貴重な存在で、騎士団にも常駐の薬師は居ない。

「二人とも、何故……」

 やっと絞り出す様に出た疑問の言葉に、サラは母親らしい優しい笑顔で答えた。

「あのね、二人とも騎士のユーゴの事をとっても大好きで、尊敬してるの。だからイネスは騎士に、レーヴは薬師として、ユーゴが団長を務める騎士団を、助けていきたいんだって」
「……そうか」

 ユーゴは一言呟いたきり、目線を下ろしてじっと何かを考えていた。
 その時、フワリと揺れるサラの淡い薄紅色の髪に、真っ白な雪がハラリと一欠片舞い落ちる。

「雪……か」
「えっ、本当? どこ?」

 ユーゴがサラの髪に付いた雪に触れると、雪の欠片はシュッと一瞬でただの雫になってしまう。

「子どもたちも……、ずっと庇護すべき存在のままではないのだな」

 サラの髪を一房掬い取り、そう独りごちたユーゴを見上げる様にしたサラは、どこかホッとしたような温かな笑顔を向けた。

 サラの見たユーゴの顔は、寂しさを含みながらも、子ども達の成長を感じて、どこか嬉しそうでもあったから。

「ユーゴ、子どもたちはいつか旅立っていくけれど、私はずーっとユーゴと一緒だよ」

 サラがそう言ってユーゴの頬に手を伸ばすと、そこにすり寄るようにしたユーゴは、突然の宣言をしてサラを驚かせた。

「そうだなぁ、俺も騎士団を引退したらサラと一緒にパン屋でも始めるか」
「えー、ユーゴパン作れるの?」
「いや、生地をこねるくらいは……。パンはサラがルネだった時の経験を活かしてくれれば良いだろう」
「それもいいね。二人でパン屋をして、騎士団の駐屯地に売りに行こうか」

 シンシンと、空から静かに雪の花たちが舞い降りて来る。
 周囲の皆が降り始めた雪を見上げている隙に、ユーゴはサラの額にそっと唇を寄せた。

「考えようによったら、これからは愛しい妻と二人っきりの時間が増えるというのは喜ばしいことだな」
「……そうだね」
「そうと決まれば早く暖かな我が家へ帰るとしよう。少しでも早く二人っきりになりたい」

 いつかのようにそう言うと、頬をほんのり桃色に染めた美しい妻をさっさと縦抱きにして、雪が舞い落ちるランタンの灯りの中を、急ぎ邸宅へと向かう騎士団長ユーゴであった。

 



 

 

 
 


 
 

 








 



 




 







 










 

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(28件)

河原由虎
2022.01.21 河原由虎

46.ぅおおおおおん(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

蓮恭
2022.01.21 蓮恭

ヒイロ、どうでしたか?
私的には割と好きなキャラだった🥲

解除
河原由虎
2022.01.21 河原由虎

42.鳥ー!!!!!

蓮恭
2022.01.21 蓮恭

いや、本当河原さんの感想が的確過ぎてw
ありがと🙌✨

解除
河原由虎
2022.01.21 河原由虎

36.ぶわあぁぁあああああ!!\(//∇//)\
モフー!!!!(サラー!!!!)

蓮恭
2022.01.21 蓮恭

サラー!だよね🥲

解除

あなたにおすすめの小説

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

電車内痴漢お漏らし

RRRRR
エッセイ・ノンフィクション
美人痴漢お漏らし

【完結】呪われた双子 -犬として育てられた弟がよしよし♡され、次期当主として育てられた兄がボロボロ♡にされる話-

クズ惚れつ
BL
過激エロ多め・オムニバス形式 ①性格男前甘やかし世話係×犬として育てられた強気な名家の弟 ②奉仕のSの調教師同級生×服従と解放を望む無自覚Mの次期当主の兄  とある名家では、後継者争いを生まないために、次男は生まないという暗黙の掟があった。しかし、たまたま双子の一卵性双生児が生まれてしまった。  兄は次期当主として過度な期待を受け育ち、弟は後継者としての意志を削ぐため家では犬として虐待された。  自分は人間だ、いつかこの一族に復讐してやる、と殺意を膨らませる弟。  次期当主としての責任と期待に押しつぶされ、誰かに支配され、解放されたいと願う兄。  そんな双子は、全く同じ美しい顔、屈強な体、気性の荒さを持つ19歳に育った。  最後には二人とも幸せになるはずの物語。 ※ほぼ全話R18です。(*がR18) ※ヒトイヌ、♡・濁点汚喘ぎ、淫語、暴力、虐待、人権無視などの過激な表現があるのでご注意ください。 ムーンライトノベルズにも掲載

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

緑目の少年とラクダ乗りの少女と山賊王子の物語

トキノナガレ
ファンタジー
砂漠を舞台にした愛と友情のファンタジー長編小説。 素性がわからない緑目の少年リクイ、彼は砂漠で育った。 ラクダ乗りの少女サララは足は悪いが、ラクダ競争の絶対王者。 そしてもうひとり。隣国で山賊からダンサーになり、16人の老いた団員を抱えている美少年ニニンド。実は彼は国王の甥で、王太子になる運命が待っている。三人の愛と友情の物語。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

戦闘狂の水晶使い、最強の更に先へ

真輪月
ファンタジー
お気に入り登録をよろしくお願いします! 感想待ってます! まずは一読だけでも!! ───────  なんてことない普通の中学校に通っていた、普通のモブAオレこと、澄川蓮。……のだが……。    しかし、そんなオレの平凡もここまで。  ある日の授業中、神を名乗る存在に異世界転生させられてしまった。しかも、クラスメート全員(先生はいない)。受験勉強が水の泡だ。  そして、そこで手にしたのは、水晶魔法。そして、『不可知の書』という、便利なメモ帳も手に入れた。  使えるものは全て使う。  こうして、澄川蓮こと、ライン・ルルクスは強くなっていった。  そして、ラインは戦闘を楽しみだしてしまった。  そしていつの日か、彼は……。  カクヨムにも連載中  小説家になろうにも連載中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。