49 / 53
49. 溺愛騎士団長
しおりを挟む祭壇の上のサラは、ムクリと起き上がってユーゴを見ていた。
ユーゴは先程の光景をサラに見られたのだと思うと、後ろめたい気持ちになったのだろう。
妻の気持ちに不安を覚えて、アフロディーテの力を使って本音を覗くなど。
「ユーゴ……見た?」
「サラ……、すまない! サラはきちんと伝えてくれたのに。俺が勝手に、覗くような卑怯な真似を! 許してくれ!」
「ユーゴ」
祭壇から降りたサラは、思わぬことに動揺して徐々に後ずさるユーゴにどんどん近づいて行く。
「サラ、悪かった……。このように情け無い男ですまない」
もしかして本当に愛想を尽かされたかも知れないと思ったのか、サラから投げかけられる拒絶の言葉を聞きたく無いと言うように、ユーゴはサラから後退りしてしまう。
「ねえ、ユーゴの不安なくなった? ユーゴが心配するようなこと、なかったでしょ?」
「なかった! サラはずっと俺のことを考えてくれていた。それなのに俺は……。だが……どうしてかサラのことを想えば想うほどに、自分に自信がなくなってしまったんだ」
騎士団長として皆から尊敬されて、恐れられる姿はそこには無い。
あるのは、愛する妻は自分に愛想を尽かしてしまったのでは無いかと不安になり、己の自信の無さに心配を口にする、ただの男である。
「ユーゴがそんなに私の事を愛してくれて、私は幸せだよ。情け無くなっちゃうくらい、私の事を大切に思ってくれてありがとう」
美しく愛らしい笑顔を浮かべて、サラは華奢な両腕でしっかりと包むようにユーゴを抱きしめた。
「私からアフロディーテ様に頼んだの。ユーゴはきっと不安に思っているって感じたから。私の心からの気持ちをユーゴに見せてって」
「そう、なのか?」
「だから、ユーゴは罪悪感なんて感じなくていいよ。私が見て欲しかったの。ユーゴのことを大好きで、どんな時もユーゴのこと考えてるよって、知って欲しいの」
逞しい胸板に、柔らかな頬を押し付けるようにして、サラは大好きなユーゴに甘えた。
「ユーゴはとってもとーっても鈍いから。私の気持ち、こうでもしなきゃ伝わらないんだもん」
ふふっと笑ってちょっと意地悪な事を言う妻を、ユーゴはとても愛おしそうに抱き返す。
「鈍い、とはいつも言われる。手間をかけて悪いな」
「でも、そんなユーゴも大好き。みんなの前ではとっても立派なのに、私の前でだけ情け無い姿を見せてくれるユーゴが大好きだよ」
「そうだな、モフモフ好きなのも内緒だしな」
甘い空気が漂う中で、アフロディーテがつまらなさそうにため息を吐いた。
「はぁー……。ねぇ、仲睦まじいのは良いんだけれど。もういい加減甘ったるい空気にも見飽きたわよ」
美しい顔はジトっとした恨めしげな目つきでも美しい。
女神はそんな風に毒づきながらも、結局はこの二人が上手くいくようにと最初から手助けし続けてくれているのだ。
「ご、ごめんなさい! アフロディーテ様!」
「ああ、悪かったな。それじゃあサラ、もう帰ろう」
「え……っ、ちょっとユーゴ?」
ユーゴはもうなんらかの我慢が限界なのか、サラの手を引いてスタスタと歩き出したと思えば、女神アフロディーテへ短く暇を告げた。
「本当に、私の可愛い愛し子は面倒くさい男を選んだものだわ」
ぶつぶつと文句を言う女神、それでも麗しい唇は弧を描いている。
「アフロディーテ様! どうもありがとうございました! また近いうちに会いに来ます!」
ユーゴはサラの手を引いて歩いていたけれど、どうしても早く帰りたくて焦れたのか、終いにはサッとサラを抱き上げて、スタスタと早足で帰ってしまった。
やがて、真っ白な鳥がアフロディーテの肩へと舞い降りる。
女神は肩に乗る鳥の愛し子に、独り言のように話しかけた。
「またね、健気な愛し子。でも……暫くはあの嫉妬深くて心配性な男が、あの子を外に出さないかも知れないわね」
サラの内側から感じた、小さな小さな新しい生命の力。
「まだ、二人とも気付いてはいないようだけれど」
女神が羽を優しく撫でてやると、白い鳥は甘えるようにして、アフロディーテの手に顔を擦り寄せた。
神殿を出たユーゴはサラを縦抱きにしたままで、ズンズンと邸宅へ向けて足を進めた。
「ユーゴ、重いでしょ? 私だって早く歩けるのに」
「いや、もう今日はとにかく早く帰りたい」
「どうして?」
「……っ! どうしてって……」
まさかサラが愛しくて堪らないから、少しでも早く二人きりになりたいなどと、普段寡黙なユーゴでは口に出来ず。
しかし今日のユーゴは、情け無い自分ですら受け止めてくれたサラを信じて、気恥ずかしい言葉も口にしてみた。
「サラと……少しでも早く二人きりになりたいからだ」
「……うん、私も」
頬をほんのり桃色に染めた美しい妻を縦抱きにして、酷く恐ろしい形相で急ぎ歩く騎士団長。
その姿を見た人々によって、後日色々な噂が飛び交ったが、そのどれもが微笑ましい内容であった。
それは、普段からの妻への溺愛ぶりを、様々な方面の人々が嫌というほど知っていたからである。
10
お気に入りに追加
379
あなたにおすすめの小説
【完結】ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイの密かな悩み
ひなのさくらこ
恋愛
ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイ。低い爵位ながら巨万の富を持ち、その気になれば王族でさえ跪かせられるほどの力を持つ彼は、ひょんなことから路上生活をしていた美しい兄弟と知り合った。
どうやらその兄弟は、クーデターが起きた隣国の王族らしい。やむなく二人を引き取ることにしたアレクシスだが、兄のほうは性別を偽っているようだ。
亡国の王女などと深い関係を持ちたくない。そう思ったアレクシスは、二人の面倒を妹のジュリアナに任せようとする。しかし、妹はその兄(王女)をアレクシスの従者にすると言い張って――。
爵位以外すべてを手にしている男×健気系王女の恋の物語
※残酷描写は保険です。
※記載事項は全てファンタジーです。
※別サイトにも投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!
参
恋愛
男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。
ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。
全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?!
※結構ふざけたラブコメです。
恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。
ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。
前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。
※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
その声は媚薬.2
江上蒼羽
恋愛
【その声は媚薬】別視点、おまけエピソード詰め合わせ。
伊原 瑞希(27)
工事勤務の派遣社員
密かにリュークの声に悶えている重度の声フェチ
久世 竜生(28)
表向きは会社員
イケボを生かし、リュークとしてボイス動画を配信している。
※作中に登場する業界については想像で書いておりますので、矛盾点や不快な表現があるかと思いますが、あくまでも素人の作品なのでご理解願います。
誹謗中傷はご容赦下さい。
R3.3/7~公開
悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される
未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」
目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。
冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。
だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし!
大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。
断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。
しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。
乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる