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49. 溺愛騎士団長
しおりを挟む祭壇の上のサラは、ムクリと起き上がってユーゴを見ていた。
ユーゴは先程の光景をサラに見られたのだと思うと、後ろめたい気持ちになったのだろう。
妻の気持ちに不安を覚えて、アフロディーテの力を使って本音を覗くなど。
「ユーゴ……見た?」
「サラ……、すまない! サラはきちんと伝えてくれたのに。俺が勝手に、覗くような卑怯な真似を! 許してくれ!」
「ユーゴ」
祭壇から降りたサラは、思わぬことに動揺して徐々に後ずさるユーゴにどんどん近づいて行く。
「サラ、悪かった……。このように情け無い男ですまない」
もしかして本当に愛想を尽かされたかも知れないと思ったのか、サラから投げかけられる拒絶の言葉を聞きたく無いと言うように、ユーゴはサラから後退りしてしまう。
「ねえ、ユーゴの不安なくなった? ユーゴが心配するようなこと、なかったでしょ?」
「なかった! サラはずっと俺のことを考えてくれていた。それなのに俺は……。だが……どうしてかサラのことを想えば想うほどに、自分に自信がなくなってしまったんだ」
騎士団長として皆から尊敬されて、恐れられる姿はそこには無い。
あるのは、愛する妻は自分に愛想を尽かしてしまったのでは無いかと不安になり、己の自信の無さに心配を口にする、ただの男である。
「ユーゴがそんなに私の事を愛してくれて、私は幸せだよ。情け無くなっちゃうくらい、私の事を大切に思ってくれてありがとう」
美しく愛らしい笑顔を浮かべて、サラは華奢な両腕でしっかりと包むようにユーゴを抱きしめた。
「私からアフロディーテ様に頼んだの。ユーゴはきっと不安に思っているって感じたから。私の心からの気持ちをユーゴに見せてって」
「そう、なのか?」
「だから、ユーゴは罪悪感なんて感じなくていいよ。私が見て欲しかったの。ユーゴのことを大好きで、どんな時もユーゴのこと考えてるよって、知って欲しいの」
逞しい胸板に、柔らかな頬を押し付けるようにして、サラは大好きなユーゴに甘えた。
「ユーゴはとってもとーっても鈍いから。私の気持ち、こうでもしなきゃ伝わらないんだもん」
ふふっと笑ってちょっと意地悪な事を言う妻を、ユーゴはとても愛おしそうに抱き返す。
「鈍い、とはいつも言われる。手間をかけて悪いな」
「でも、そんなユーゴも大好き。みんなの前ではとっても立派なのに、私の前でだけ情け無い姿を見せてくれるユーゴが大好きだよ」
「そうだな、モフモフ好きなのも内緒だしな」
甘い空気が漂う中で、アフロディーテがつまらなさそうにため息を吐いた。
「はぁー……。ねぇ、仲睦まじいのは良いんだけれど。もういい加減甘ったるい空気にも見飽きたわよ」
美しい顔はジトっとした恨めしげな目つきでも美しい。
女神はそんな風に毒づきながらも、結局はこの二人が上手くいくようにと最初から手助けし続けてくれているのだ。
「ご、ごめんなさい! アフロディーテ様!」
「ああ、悪かったな。それじゃあサラ、もう帰ろう」
「え……っ、ちょっとユーゴ?」
ユーゴはもうなんらかの我慢が限界なのか、サラの手を引いてスタスタと歩き出したと思えば、女神アフロディーテへ短く暇を告げた。
「本当に、私の可愛い愛し子は面倒くさい男を選んだものだわ」
ぶつぶつと文句を言う女神、それでも麗しい唇は弧を描いている。
「アフロディーテ様! どうもありがとうございました! また近いうちに会いに来ます!」
ユーゴはサラの手を引いて歩いていたけれど、どうしても早く帰りたくて焦れたのか、終いにはサッとサラを抱き上げて、スタスタと早足で帰ってしまった。
やがて、真っ白な鳥がアフロディーテの肩へと舞い降りる。
女神は肩に乗る鳥の愛し子に、独り言のように話しかけた。
「またね、健気な愛し子。でも……暫くはあの嫉妬深くて心配性な男が、あの子を外に出さないかも知れないわね」
サラの内側から感じた、小さな小さな新しい生命の力。
「まだ、二人とも気付いてはいないようだけれど」
女神が羽を優しく撫でてやると、白い鳥は甘えるようにして、アフロディーテの手に顔を擦り寄せた。
神殿を出たユーゴはサラを縦抱きにしたままで、ズンズンと邸宅へ向けて足を進めた。
「ユーゴ、重いでしょ? 私だって早く歩けるのに」
「いや、もう今日はとにかく早く帰りたい」
「どうして?」
「……っ! どうしてって……」
まさかサラが愛しくて堪らないから、少しでも早く二人きりになりたいなどと、普段寡黙なユーゴでは口に出来ず。
しかし今日のユーゴは、情け無い自分ですら受け止めてくれたサラを信じて、気恥ずかしい言葉も口にしてみた。
「サラと……少しでも早く二人きりになりたいからだ」
「……うん、私も」
頬をほんのり桃色に染めた美しい妻を縦抱きにして、酷く恐ろしい形相で急ぎ歩く騎士団長。
その姿を見た人々によって、後日色々な噂が飛び交ったが、そのどれもが微笑ましい内容であった。
それは、普段からの妻への溺愛ぶりを、様々な方面の人々が嫌というほど知っていたからである。
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