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48. 愛しているから確かめたい

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 女神アフロディーテの言うことは、いつも抽象的であったり、意図的に言葉足らずであったりする。

 今回のことに関しては、サラのことを愛する、タイプの全く違う二人の男のどちらをサラが選ぶのかを観察していたということだ。

「それで……? 女神の見たところによると、どうだったんだ? 結果は……」

 ユーゴは「愛してる」と言ったサラのことを信じていた。

 だが、ヒイロはサラの為に光を失ってまで尽くした。
 果たして自分はどうなのかと、ユーゴは急に自身が無くなったように言葉尻が小さくなった。

「あら、自信が無いようね? ふふっ……」
「……サラのことは信じている。だが……、ヒイロはサラの為に光を失った。そのようなことを目の当たりにすれば、サラの気持ちがそちらへ傾いたとしても、おかしくはない……」

 この休暇の間に、何度もサラと愛を確かめ合った。
 言葉でも、身体の繋がりでも。
 それでも埋まらない、得体の知れない不安のようなものがユーゴには残っていた。

 それをこの女神には見透かされていたのだ。

「あなたは愛し子のことを、本当に心から愛しているわね。だからそんなあなたにご褒美をあげる」
「ご褒美?」

 悪戯好きの女神に辟易へきえきとしながらも、ユーゴはその言葉につい耳を傾けてしまった。

「あの子の本当の気持ちよ。知りたく無いなんてかっこつけてもダメよ? ただし、結果は保証しない。私もまだ見てないの。一緒に見てみましょう」

 つまり、あの時サラが本心ではどう思っていたのかを、ユーゴも共に見てみようと誘っているのだ。

「もし……、ヒイロを選んでいたら……。だが、優しいサラは夫である俺のことを、今更拒めないのだとしたら……」
「ふふっ……。見れば分かるわ。全てね。さあ、どうするの?」

 妻の言葉を疑うようで、このようにして確かめようとするのは卑怯だとは思ったが、ユーゴはそれほどまでにサラのことを愛しているのだ。

 結果がどうあれ、サラのことを愛する気持ちは変わらない。
 だが、もし万が一ヒイロを選んでいたのなら……。

 もしかしたら、騎士団長として到底やってはならぬことを犯してでも、サラとヒイロの幸せを叶えようとするかも知れない。

「……頼む」
「分かったわ。それでは覗いてみましょう。あの子の心の中を……」

 いつかのように、水の膜が姿を現して、そこにはあの時の場面がサラの視点で映し出されている。

――「おい、ヒイロ」

 ユーゴが二人の騎士に挟まれているヒイロの後ろ姿に声を掛けた。
 濡羽色の長い髪がサラリと揺れて、ヒイロが後ろを振り向いた。

 しかしヒイロの視線は、そこに立つサラを見ることは無かった。

「なんだ? 騎士団長さん。さっき渡した物、ちゃんとサラに返しとけよ」

(さっき渡した物? ユーゴに何か渡したの?)

 そんな言葉をユーゴに返すヒイロの瞳は、もう光を宿していない。
 赤い瞳は濁った色になり、瞼は赤く焼け爛れている。

(ヒイロ……目を……。光を失ってしまったの?)

「お前が目に火傷を負いながらも、サラの指輪を見つけてくれた事、俺はサラには言うつもりはないからな」

(何故? どうしてユーゴはそんな事言うの? 私はここに居るのに)

 そこにサラが居るのに、話を聞いているのに、ユーゴはそんな事を言った。

「はっ! 何だ、わざわざそんな事を言いにきたのかよ。別にそんなのサラに伝えて欲しいなんざ思ってねぇよ。俺だって、まさか指輪であんなに壊れちまうとは思わなくてな。この目は天罰だよ」

(私があの時指輪を探したから……。だからヒイロは光を失ってまで指輪を見つけてくれたの?)

 サラは声を出すことが出来ない。
 ただ、細い肩を震わせて口元を手で覆っていた。

(ユーゴの前で、ヒイロに声を掛けちゃダメ。ユーゴが心配してしまう。ユーゴが悲しい顔をするのは嫌)

「俺はお前がした事を許す事はない。それに、中途半端な別れでサラの心にお前が残ることも許さない」

(ユーゴ、どうしてそんな事言うの? ヒイロがどうして私の心に残るの?)

 そう言ってユーゴはサラの背中をトンッと押したので、サラはユーゴの方を一度見上げた。
 すると返ってきたのは優しい微笑みだったから、サラは小さく頷いた。

(分かったよ。ユーゴが望むなら、ちゃんとお別れしてくるね。それで、ユーゴが安心するならば)

 何が起こっているのか分からずに怪訝そうな顔をしたヒイロの方へと、ゆっくり土を踏みしめ近づいた。

「ヒイロ……」

(光を失うなんて……。私は、どうやったってあなたのお母さんにはなれない。私が大切なのは、ユーゴだから。だから……あなたの求める愛には応えられないのに)

 ヒイロと名を呼べば、ヒイロは視力を失った瞳でサラの姿を探した。

「指輪、探してくれたの? ありがとう」
「なんだよ……。サラを俺に会わせるなんて、騎士団長さんもえらく余裕だな」

(そうだよ、ユーゴはきっと私がヒイロの事を特別に想ってると考えてる。だからこんな事させるんだ)

 悪態をつきながらも、ヒイロは焼け爛れてしまった瞼と光を失った瞳からツウーッと涙を一筋零した。

「ユーゴは優しいから、私のしたい事……きちんと分かってくれるの」

(本当に、ユーゴはいつも人のことばかり)

「そうか……。そういうこと、俺には出来ねぇな。俺は泣かせる事しか得意じゃないからなぁ」

(ユーゴは私の事をとても大切にしてくれるの)

「ありがとう、ヒイロ……。指輪は本当に大切な物だったの」

(ユーゴがくれたものだから。私とユーゴの夫婦の証だから)

 サラがそう言うと、ヒイロはフッと口元を緩めて笑った。

「じゃあな、サラ」
「さよなら……ヒイロ」

(あなたは、きっとお母さんの代わりを探していただけ。あなたを受け入れてくれる存在を。愛しいのに、裏切られて悲しい思いをしたから)

「……っ、ほら、騎士さんよぉ! さっさと連れてけよ。目が見えねぇんだからよ!」

 やはり悪態をつきながら、ヒイロは騎士達によって連れて行かれた。

(さよなら、ヒイロ……。あなたにも、私にとってのユーゴのような人が現れたら。……また違ったのかも知れない)――

 ユーゴの前で、その役目を終えた水の膜はすうっと消えた。

「ふふっ……あの子は結局あなたの事ばかりだったわね。私としては少しだけつまらないけど、あなたにとっては良かったじゃない」
「……そうか」

 いつの間にか力の入っていた全身の力を抜いたユーゴは、祭壇の上に寝ているはずの妻の方へと目を向けた。

「サ……サラ⁉︎」
 






 
 



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