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32. サラの作るはじめての夕食

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「だんちょぉぉ……、やっと、やっと団長にも愛する人が現れたんですねぇ!」
「な、何でお前がそんなに泣くんだ?」
「だって、あんまり団長に女の影が無いもんだから、僕が団長と恋仲なんじゃないかとちまたでは随分前から噂になってたんですよ!」

 最近若い女性の間では、男同士で育む恋愛の物語が流行している。
 その話の種にされていたとは、ユーゴにとっては初耳であった。

「そうか、それは悪かったな」

 涙を流すほどに迷惑だったのかと、ユーゴはポールに申し訳なく思ったようだが、よくよく考えればポールは女性関係が派手な騎士だと有名である。

「いや、待てよ。お前、さてはそんな噂があるというのは嘘だろう」
「あ、バレました? まあ僕は自他共に認める女好きですからね」

 そう言って、ポールはさっさと立ち上がり執務室の扉の方へと早足で進む。

「おい、それじゃあ先程の涙は何だ?」

 アプリコット色の後頭部に向けて問う団長の言葉には気付かないふりをして、副長は「それじゃあ」と、部屋を出た。

 執務室前の通路にはもう他の騎士も誰も居ない。
 ポールは人差し指と中指でこめかみを押さえた。

「平民からのし上がって騎士の職務一筋でやってきた団長が、あんなに幸せそうな顔で話すもんだから……つい涙が出たんですよ。……らしくないなぁ」

 ぽつりと呟いてから、副長ポールは手のひらで頬を叩いて気合いを入れ直し、颯爽と訓練場へ向かう。

 その日のユーゴは明日からの休暇に向けて、いつも以上に張り切って務めを果たした。

 休暇取得に引き続き、残業などせずに勤務が終わればすぐに邸宅へと向かう珍しい姿を、ポールを含めた部下達は、「明日から大嵐が吹き荒れるのではないか」と心から心配したのであった。

 それほどまでに、騎士の職務を置いてユーゴが自分のために時間を作るということが、滅多にないことであったのだから。

 早足で王城を出ると、その後も邸宅までの道のりを普段よりも急ぐ。
 いつもと同じ玄関扉を開けるだけだというのに、ユーゴは少々緊張した面持ちでドアノブに手をかける。

 いくら庶民的な規模にしたとはいえ、さすが王家から下賜かしされた邸宅。
 邸宅の大きさに対していやに重厚な扉をガチャリと開けると、いつもならば真っ暗な廊下に、温かな灯りが灯っている。

 廊下の奥にある食堂の方からは、人の動く気配と食器の音がした。

 いつもはたった一人で暮らしていたこの家に、今は待っている人がいてくれると考えただけでも嬉しいのだろう。
 廊下を歩きながら、ユーゴは僅かに口の端を上げた。

「あっ、おかえり! ユーゴ!」
「ただいま。何をしているんだ?」

 食堂と続きになった厨房では、サラは腰までの長さの薄紅色の髪を一つに編んで、食事の準備をしていたようだ。

「これからは私が食事を作ろうと思って。ルネ達の記憶から、作れそうなものを作ってみたよ」

 そう言ったサラが指差した先には、ルネのパン屋で売られていたようなフワフワの白パンと、美味しそうな肉のハーブ焼き、湯気がたつとうもろこしのスープが、食卓に並べられるのを待っていた。

「今日は早く帰るって言ってたから……」

 サラが言葉を最後まで話しきる前に、ユーゴはサラの頬に手を寄せた。

「モフが……いや、サラが人間としてここにいる事がまだ信じられないな……」
「ふふっ……モフって呼びたい?」
「いや、俺が付けた名だからな。サラがいい」

 モフだった時のように、サラはユーゴの手のひらに頬を擦り寄せた。
 ゴツゴツとした騎士の手の感触に、サラの頬は柔らかく包まれた。

「さぁ、ユーゴ。早く着替えてきて、食べよ? ちゃんと味を見たから美味しくできたと思うの」
「そうか。楽しみだな」

 騎士服を脱いで楽な服装に着替えたユーゴは、サラが作った初めての夕食を、あっという間に完食してしまった。

 サラはそんなユーゴの様子を、心から嬉しそうに優しく微笑みながら見ていた。

「ユーゴ、美味しかった?」
「ああ、美味かった」
「良かった。これからも頑張って色々作るからね」

 モフから姿を変えてサラという人間になっても、ユーゴの為に何かしたい、役立ちたいという気持ちは変わらないようだ。

「それは楽しみだ。明日は服と、あとは食事を作るには前掛けも必要だろう。色々と買いに行かないとな」
「二人で初めてのお出かけだね。嬉しいな」

 美しい色合いの瞳を細め、頬を幾らか紅潮させて綻ばせるサラに、ユーゴは思わず見惚れた。
 
「愛というのは、自覚してみると恐ろしいものだな……」
「なあに? それ?」

 じっと視線を注ぎながら呟くユーゴに、当のサラはコテンと首をかしげ、不思議そうな表情で尋ねた。

「いや、愛しいと思う気持ちを自覚してからというもの、ついついサラにいかがわしい想いを抱く自分に驚いている」

 恥ずかしげもなくユーゴがそのような事を口にするものだから、サラは一瞬キョトンとして、一呼吸置いてからハッと息を飲んだ。

「い、いかがわしい想いって……。な、何?」

 真っ白な肌を耳まで真っ赤に染めたサラ。
 それを見たユーゴはすくっと席から立ち上がって、椅子に座るサラの背後から、ぎゅうっと抱きしめた。

「こういう事をしたくなるって事だ」
 



 


 

 














 
 
 

 

 








 
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