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31. 蜂の巣をつついたような大騒動
しおりを挟む今までユーゴは公休以外の休みを滅多に取らずに来たから、与えられた特別休暇が溜まりに溜まっていたのだった。
サラに関する買い物や、これからの生活についての話し合いをするのにちょうど良い機会だからと、数日間まとめて休暇を取ることにした。
そして休暇の申請の為に、王城内にある関係部署を訪れた。
そこから始まり、王城内と騎士団駐屯地は蜂の巣をつついたような騒ぎとなったのだ。
「団長! 一体どういうことですか!」
まず団長の執務室に飛んできたのは副長のポールだった。
急いで走って来たのか、いつも整っていたはずのアプリコット色の髪はやや乱れている。
「どうしたんだ?」
「だ、団長が……、明日から数日間も休暇を申請したと噂になってますよ! どこか怪我でもしたんですか⁉︎ それとも、どこか身体の具合でも悪いとか⁉︎」
「ああ、その事か。ちょうどポールに後のことを頼まないといけないと思っていたんだ」
余程急いで来たのか、ゼイゼイと肩で息をするポールを、執務室にある革張りのソファーへ座るよう促した。
「まあ座れ。茶を淹れてやるから」
ポールを座らせた後に、ユーゴは備え付けてある来客用の紅茶を、手ずから淹れてやった。
ユーゴが淹れた熱々の紅茶を、ズズズと一口飲んだポールはやっと落ち着きを取り戻したのか、ホウッと息を吐いた。
「団長、それで? なぜ数日間も休暇が必要なんです? 団長がそんなに休むなんて……きっと何かあったんでしょう?」
ポールは心底心配そうな声音でそう尋ねた。
緑色の瞳には、上官であるユーゴを随分と心配する色が見えていた。
「お前が思うような心配などない。所用ができただけだ」
「本当ですか? それにしても、団長が数日間も休暇を取るほどの所用とは一体……」
あんまりポールが心配するものだから、ユーゴは己がいかに今まで休みを取らなかったのかということを実感して、少々反省している様子である。
「単なる買い物だ。服とか、家具とか……。あとは生活に必要な物を買いに行くだけだ。何らおかしな事ではないだろう?」
「いや、おかしいですよ! 団長がそんなに突然色々な物を買う事も怪しいですし、そんな買い物に数日間も必要ですか? 実は、僕に隠している事があるんでしょう?」
ポールが何を言いたいのかをユーゴは何となく分かったが、さあどうやって説明しようかと考えていた時に団長執務室の扉の向こうで、ガサガサッと音がした。
ズンズンと床を進んだユーゴが扉をガチャリと開けると、ドタドタと雪崩のように騎士達が倒れ込んできたのだった。
「お前たち、何をしている?」
鬼の三白眼の鋭さは健在で、その目で睨まれて威圧感のある低い声で問い詰められた騎士達は、急いでその場で立ち上がった。
「はっ! 団長が休暇を取ったと噂になっておりまして! 皆で団長のお身体を心配していたところです!」
順々に騎士達が立ち上がってみれば、そこには十人余りの者が団子になって雪崩を起こしていたのだった。
「身体は心配いらん。単なるリフレッシュ休暇だ。お前たちは昼休みだろう。休憩に戻れ」
「はっ!」
ドタバタと去って行く騎士達の背中を見ながら、ユーゴはハアーッと大きなため息を吐いた。
「あいつらも気になってるんですよ。これが嫌なら、これから団長はこまめに休暇を取るべきですね」
「そのようだな。今後はそうする事にしよう」
「それで? その休暇とやらには昨日の夜に団長が手を引いていたという、美しいお嬢さんが関係しているのですか?」
そう尋ねたポールは、悪戯っ子のような笑みを浮かべている。
実はすでに騎士団の中には「団長に秘密の恋人が出来た」とか、「とうとう痺れを切らして田舎から婚約者が出てきた」とか色々な噂が飛び交っているのだ。
「なんだ、知っていたのか。知ってて聞くなんて、お前も人が悪いな。まあ、そういうことだ」
「えっ⁉︎ 本当に団長には、痺れを切らして田舎から出てきた婚約者がいたんですか⁉︎」
「はあ? そんな話は知らんが……。とにかくその手を引いていた娘とは……これから一緒に暮らすことになって……」
いつもの威圧感のある語勢はどこへやら、段々と尻すぼみになってきた声に、ポールは思わず前のめりになって耳を傾けた。
「え? 団長、どういうことです? 婚約者では無いけど、一緒に暮らす?」
ポールは、長年の付き合いであるこの団長が色恋から程遠い人物である事は承知していたので、余計に意味が分からなくなった。
婚約者でもない女性と、深いいきさつもなく一緒に暮らすなどという事は、この団長に限ってはあり得ないと思ったからだ。
「……信頼の置ける副長殿にだけは、話しておくことにするか。後々色々と助言を貰うこともあるかも知れんしな」
自分もポールの向かいへ腰掛けたユーゴは、前屈みになり声を顰めるようにして話し始めた。
女神の力で、ルネのこともヴェラのことも、騎士であったサビーヌの事さえも覚えていないポールには、流石にサラの正体を伏せて話した。
健気で優しいサラとは、お互い想い合っていていずれは婚姻を考えていること。
サラの両親は事件に巻き込まれて亡くなっており、彼女には行き場がないことなど。
ポールは途中からエメラルド色の瞳からポロポロと涙をこぼし始めた。
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