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25. 役に立った?
しおりを挟む頭領に向かって斬りかかっていたはずのユーゴは、突然目の前に現れた赤いモノに驚く。
そして、それが何なのかを理解した時、大きく咆哮した。
「サビーヌ!」
横から飛び出したサビーヌの突撃によって床に押し倒された頭領は、捻りあげられたまま倒れた際に骨折したのか、手首があらぬ方向に折れ曲がって痛い痛いと呻いている。
頭領の持っていた銃はゴトリと床に転がっていた。
男のいかつい身体を、上手く関節を捉えて押さえ付けたまま、サビーヌは叫ぶ。
「私が押さえておきますからコイツを縛り上げてください!」
いまだ頭領を押さえ付けているサビーヌに代わり、「痛い痛い」と手首を押さえて泣き喚く男の手足を、ユーゴは急いで縛り上げた。
「団長……すみませんが、足を捻ったみたいで。ゆっくり行きますから先に外へ出ていてください」
「大丈夫か?」
「はい。時間をかければ大丈夫ですから」
「いや、歩かない方がいい。後で迎えに来る。ここで待て」
足を捻ったというサビーヌを小屋に残し、縛られてなお煩く泣き叫ぶ頭領を引き連れて、ユーゴは一足先に小屋の外へと出て行く。
外にいる騎士に頭領を引き渡し、到着していた護送用の幌馬車に賊達が乗り込むのを確認し終わってから、ユーゴは小屋へ向かった。
「サビーヌ、大丈夫か?」
ユーゴはサビーヌに声を掛けながら、小屋の中に漂う鉄臭い匂いに一瞬眉を顰める。
逃亡を防止する為に、サビーヌが鮮やかな剣捌きで手下達の脚を傷つけた時の血の匂いか、とにかく真っ当な人にとっては不快な匂いであった。
先程とほとんど変わらない位置で、サビーヌは壁に背をもたれさせ、その辺にあったテーブルクロスを太ももに当て、上から押さえている。
「サビーヌ! お前足を捻ったのではなかったのか⁉︎」
「……団長、ちょっと……怪我してたみたいで……」
「ちょっとって……!」
サビーヌの手と騎士服には、おびただしい量の出血の痕が見られた。
大腿部から流れ出たその暗赤色の血は、床に血溜まりを作るほどで。
「ナイフ、持ってたので弾は摘出して……持ってた針と糸で縫合したんですけど……上手く縫えなくて……血が止まんなくて……」
血溜まりの床には弾丸と短刀が転がっている。
「お前は……ッ! 何で言わない⁉︎」
ユーゴは、まだ出血の止まらぬサビーヌの大腿に当てられたテーブルクロスの上から、ゴツゴツとした男らしいその手で患部を押さえるのを手伝った。
「団長……そんなの、任務完了が優先ですよ……」
その時ユーゴは、何故かいつも見ていた筈のサビーヌの顔がよりはっきりと見えた気がした。
透き通るような紫の瞳はうつろで、顔色は青白い。
唇は紫がかって、額から冷や汗を流している。
それなのに、嬉しそうに……幸せそうに……ユーゴに向かって微笑んでいるのだ。
「団長……、私は……お役に立てましたか?」
「こんな時に、何を言ってるんだ……」
「……私にとっては、それが一番だから……」
女とは思えぬ強さで賊達の逃亡を防ぎ、ユーゴが撃たれるところを代わりに撃たれたサビーヌは、それでも任務完了を優先した。
それどころか、麻酔もなしに弾丸を摘出して縫合までしたというのだ。
遠のく意識の中でサビーヌが気にしたのは、「役に立ったかどうか」。
もはやすぐにでも瞼が閉じそうなサビーヌに、ユーゴは力強く声を掛ける。
「サビーヌ! すぐに連れ帰るからな!」
その逞しい腕で軽々とサビーヌを抱き抱えたユーゴは小屋を出ると、驚く団員達に急ぎ王城に帰るよう命じる。
ただならぬサビーヌの様子に、同僚である二人の騎士達も青褪めて、乗り心地など考えなしにとにかく幌馬車を走らせた。
騎士団駐屯地に帰ると、洞穴の方へ向かった四人は既に帰還していた。
サビーヌが負傷したと聞き、同僚の騎士達も心配そうな面持ちでユーゴたちを迎える。
捕らえた賊達は地下牢に繋がれ、留守番をしていた副長ポールに後処理任せたユーゴは、治療室で眠るサビーヌを見舞った。
大腿部に被弾したサビーヌが、自力で弾を摘出して、持っていた医療用の針と糸で縫合したと伝えた時には、今日は万が一のためにと駐屯地に居てもらった老人の薬師は舌を巻いた。
ただ、縫合については不完全だった為に老人の薬師が麻酔をかけてやり直したが、それでも縫合していなければもっと出血が多く、既に命はなかったかも知れないという。
静脈からの出血とはいえ、多量の出血と痛みでサビーヌは意識を失っていた。
薬師は血管の損傷と被弾した炎症から、生命が脅かされる危険もあると述べた。
今日はサビーヌを治療室から動かさない方が良いという判断から、老人の薬師は治療室の一角に泊まってくれるという。
ユーゴは暫く自分がサビーヌに付き添い、年老いた薬師を休ませることにした。
「サビーヌ、お前はそこらの男の騎士よりも男らしいな……。それに……やはりお前は……」
眠るサビーヌに向かって思わずそう呟いた時、ユーゴは近くに異質な気配を感じて振り向いた。
「誰だ⁉︎」
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