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23. お仕置きの結末

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 プリシラからは、自分を見る人々の顔が恐ろしい化け物に見える。

「ギャァーーーーっ! 何なの⁉︎    ば、化け物!」

 アフロディーテのお仕置きは、心の中で思ったことを全て口にしてしまうだけではない。
 プリシラ自身の負の感情が、周囲の人々の顔を恐ろしい化け物に変えるのだった。

「こ、来ないで! そんなデロンと溶けた醜い顔でこちらを見ないで!」

 アフロディーテは美しい白い鳥になって、その様子を上空から楽しんでいた。

 泣き叫びながら周囲の人々を異様に恐れるプリシラを眺めながら、チチッと可愛らしい鳴き声を上げる。

「あの子、自分が慈しみや愛を持って周りを見れば、人々の顔も元に戻ると、いつになったら気付くかしら?」

 眼下のプリシラは、半狂乱となってガタガタ震えていた。
 それでも、プリシラの紅を引いた赤い唇からは耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言ばりぞうごんが垂れ流されているのだ。
 周囲の人々は訳が分からず、距離を取って去っていく者、面白がってはやし立てる者など様々だ。

「だけども、あの子はきっと死ぬまで気付くことはないわね。まあその方がお仕置きとして相応しいわ。ふふっ……」

 アフロディーテは、可愛い愛し子を傷つけられたことに思いの外怒っていた。

 今回の事件が起こることは前もって察知はしていたものの、実際に自分以外の者が愛し子を泣かせることは気に食わない。

 ユーゴとの仲を縮める、ちょっとしたスパイスになるならばとは思ったが、やはり実際目の当たりにすれば面白くないと。
 なんとも利己的な理由ではあったが、奔放な女神アフロディーテは、誰も知らないところでプリシラに厳しい鉄槌を下した。
 
 その頃騎士団駐屯地では、薬師ヴェラに無体を働こうとした浮浪者達が捕縛されていた。
 ほとんどの者が顔に青あざを作り、どこかしらを痛めたように苦痛の表情を浮かべていた。

 身体の自由を奪われた彼等は、騎士達によって騎士団長であるユーゴと副長ポールの目の前に連れて来られている。

 ちなみにこの場所は駐屯地の一角ではあるが、犯罪者を捕らえた時に自白をさせたり、少しばかり反省してもらう場所である。
 石造りで陰気なこの場所は、まさにそのようなことに相応しい雰囲気であった。

「団長、どいつもこいつもえらく痛がってますよ。骨折してる奴もいるじゃないですか」

 部下達に指示を出したりと後始末に追われるポールは、自分の隣でえらく殺気を放つ上官に、呆れたような口調で話しかけた。

「手加減なんか出来る状況じゃなかった」

 睨むだけで人を殺せると噂の三白眼の威力を最大限に発揮しているんじゃ無かろうかと、ポールはブルリと背筋を震わせながら口を開く。

「それで、どういうことでしょうね? 彼等の話によればおかしな噂が流れていて、今日は見知らぬ娘が一人彼等の寝ぐらを訪れて、余計な事を吹き込んだということですが」

 ユーゴはチラリとポールを見た後に、目の前の浮浪者たちに声を張り上げた。

「お前たち、誰がおかしな噂を流したか知っているんだろう? お前たちのような者は、横の繋がりが太い。知らない訳はないよな?」

 既に散々痛い目に遭っている浮浪者達は、ユーゴの声にさえビクビクと肩を震わせている。

「ヒイ……っ! 突然身なりの良い娘が来て、淫乱な薬師の先生が居るからちょっと遊んでやれって言われたんだよ!」
「俺らが聞いた噂だって、薬師をしている淫乱な女が居るから、駐屯地の治療室に行けば相手してくれるっつーもんだ」
「その薬師は男好きだから、触ってやれば嫌よと言いながらも喜ぶって噂だよ! 誰が発端かは知らねえが、きっとその身なりの良い女だろうよ!」

 口々に証言する浮浪者たちに、ユーゴは勿論ポールも苦虫を噛み潰したような顔をした。

 浮浪者達を部下達に命じて地下にある牢へ閉じ込めた後、ユーゴとポールは今後のことを話し合う。

「団長、もしかしてプリシラさんが関係してるとか言ったりします?」
「……俺が治療室に着いた時、入り口でプリシラ殿が中を窺っていた。その後はいつの間にか居なくなっていたが、もしかしたらその身なりの良い女というのは……」
「まあ、順当に考えればプリシラさんでしょうねぇ……。先生に恨みを持っていてもおかしくありませんしねぇ」

 しかしそれを証明したとして、浮浪者の証言よりも元騎士団に属していた男の娘の方が優先されることは、この国では普段からまかり通る事であった。

「お前のいつもの物言いからすれば、元はと言えば俺のせいなんだろう。先生にはきちんと謝罪する。プリシラ殿の事についても、結果がどうであれきちんと取調べは行う」
「団長も、流石に気付きました? 自覚のない鈍感ほど、周りを翻弄する人は居ないんですからね。頼みますよ」
「……それは悪かった」

 たとえ部下にだって、己に非があれば素直に謝るユーゴに、ポールは結局ついていくのだ。

「まあ、やるだけやってみましょう。とりあえず、プリシラさんを取調べに呼び出すところからしないと」

 しかしこの後、結局二人の相談は役に立たない事になることを知るのだった。
 
 何故ならば、アフロディーテのによってプリシラは廃人になってしまったのだから。

 周囲を慈しみと愛を持って見ることが出来れば、心の底から優しさを持てれば、そんなに恐ろしいお仕置きでは無かったはず。

 けれどもプリシラはそのようなことは出来ない人間であったから、自分の行いによって自らを追い込んでしまった。

 それが女神アフロディーテの逆鱗に触れたからであるとは、誰もが知る由もなかった。




 









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