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20. あのケサランパサランの子ども

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 もう毎日の定番になっている、二人が会話をする為に使われる文字ボードを引っ張り出してきたユーゴは、再度モフに尋ねた。

「モフ、今日はお前のことを教えてくれ。昼間は毎日外に出ているのか?」

 モフは大好きなユーゴの三白眼にじっと見つめられると、抗うことは出来ない。

『はい』
「それは、危ないことじゃないのか?」
『あぶなくない』
「本当に? 一体どんなことをしてるんだ?」

 さあ、さすがにこの質問にはモフは頭を悩ませた。
 本当のことを言える訳がない。
 だけど、ユーゴにたくさん嘘を吐くのは苦しい。

『にんげんになるれんしゅう』

 この答えは間違いではない。
 これでユーゴが納得するかどうかは別として。

「人間になる練習? モフ、人間になるのか?」
『なりたい』
「どうして?」
『ゆーごのおくさん』
「俺の……おくさん……」

 ユーゴは、モフが人間になりたいと以前にも訴えていたことは覚えていた。
 しかしまさかこのモフが、自分の妻になりたいなどと思っているとは思わなかった。
 
「モフ、お前メスだったのか……。いや、それよりも……こんな俺の妻になりたいだなんて、お前は本当に可愛い奴だなぁ」

 キツく見られがちな三白眼を、優しげに細めたユーゴはモフの体を優しく何度も撫でてやる。

「だが、俺みたいな奴の妻になったら苦労するだろうな……。今日だって、ヴェラ先生に助けられて……。情けないことだ」
「キュー……」
「エタン卿やプリシラ殿へだって、きちんと強く言い含めれば良いだけなんだがな。俺が我慢すれば良いと、そう思ってしまうからいけないんだろう」

 ユーゴは騎士団長としてならば、時に非情な判断を下すこともある。
 しかし自分個人のこととなると、少々のことならば我慢すれば良いと思いがちなところがあった。

 モフが人間になりたいと言うことも、可愛らしい、嬉しいと思いながらも本気にはしていなかった。
 まさかケサランパサランが人間になるなどと、聞いたこともなければ、そのようなことは不可能だと思っていたからだ。

 だから、幼い子どもが大人に向かって、「お嫁さんにしてほしい」と言うようなものだと解釈していたのだった。

 噛み合っているようで、本質の部分はとことんすれ違う二人。

『ゆーご、やさしい』
「優しくなんかないぞ。俺はただ、面倒なだけだ。騎士として勤めること以外に、色々なことを考えられるほど器用じゃないだけだ」
『でも、もふをたすけてくれた』
「あの時は……」

 モフが初めてユーゴに出会った時、ユーゴは人間によって握りつぶされてしまったケサランパサラン二匹を悼んだ。
 だけど、その時にそこにモフがいたことをユーゴは未だ知らない。

「助けたって言うより、モフが玄関先にいたから連れ帰ったというか……。モフの触り心地があんまり良いから、自分の為でもあったからな」
『もふのちちとはは、ゆーごがひろってくれた』
「モフのちちとはは? 父と、母?」
『わるいやつににぎりつぶされた』
「悪い奴……? ……っ! もしかして……」

 そこで初めて、ユーゴはモフがあのケサランパサラン二匹の子どもだと知る。

「モフ、お前……。あの現場にいたのか?」
『ゆーごだけ、かなしんでくれた』
「それで、俺のところまで来たのか?」

 モフはあの時のことを思い出して、それでもケサランパサランは涙を零せないから。
 体をユラユラ揺らしてふわっと跳ねて、ユーゴの肩に乗った。

「そうか……。あの時、ケサランパサランの毛束を持ち帰ったものの、次にハンカチを開いた時にはサラサラと光に包まれて消えてしまったんだ」

 苦しげな表情のユーゴは、その時のことを思い出しているのか。
 あの二匹のケサランパサランの子どもが、わざわざ何も出来なかった自分のところへ来たことに、思うところがあるのか。

「モフ、何もしてやれず……すまなかったな」
「モキュウン……」

 柔らかな毛玉の中へ手を差し入れて、ユーゴは優しくその温もりを感じる。

「お前が来てくれて良かったよ。あの可哀想なケサランパサランのことは、心残りだったから。せめてお前に謝ることが出来たら、俺も少しは気が楽になる」
「キュー……」
「モフには、俺のカッコ悪いところばかり見せて悪いな」

 情けないと、眉を下げて自分に呆れたような物言いをして笑うユーゴに、モフはブンブンと体を振った。
 ファサファサと毛束が揺れて、そんなモフを見てユーゴは思わず笑いを溢す。

「ククッ……。お前は本当に優しいな」
「モッキュウ!」

 恥ずかしいのか、何なのか……飛んだり跳ねたりしているモフに、ユーゴはなかなか他人には見せないような、柔らかな微笑みを浮かべた。

 そんな穏やかな時間を過ごす二人に、翌日事件が起こる。




 

 


 

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