19 / 53
19. アフロディーテの暇つぶし
しおりを挟む「可愛い私の愛し子、ケサランパサランのあなたと人間の男、この愛の行方がどうなるのか……私も知りたいの」
アフロディーテはヴェラの麦わら色の髪に、白く細い手をすうっと差し入れて、そしてサラサラと梳いた。
「どうすれば、人間になれますか? ルネでも、ヴェラでも、サビーヌでもなく、ケサランパサランの私自身が人間になるには……どうすれば?」
懇願するような声音で話すヴェラの姿をしたモフ。
その娘のサラサラとした髪を梳いていた手を止めて、アフロディーテは口を開いた。
「ユーゴがあなたの愛を受け入れたなら。あなたと共に、ずっと生きていくことを望むなら」
愛の女神アフロディーテは、人間達の一時的に盛り上がる愛というものを嫌というほど見てきた。
ルネも、ヴェラも、サビーヌも、その一時的な愛に振り回された娘達であった。
熱心に、愛の女神アフロディーテの神殿に通っていたのはその悩みから。
「アフロディーテ様、それならどうなるかは分かりません。ユーゴの気持ちは、ユーゴのものだから」
ヴェラの姿をしたモフの言葉は、ユーゴのことを本当に大切に思っているから。
「だけど、私はユーゴと共に居たいから、これからも出来ることをしていきます。ルネで、ヴェラで、サビーヌで、モフとして」
その言葉を聞いたアフロディーテは、美しい顔に優しい微笑みを浮かべた。
「愛とは、やはりとても強いものなのね。私の可愛い愛し子よ、健気なあなたが大好きよ」
ヴェラが去った後、アフロディーテはホウッと息を吐く。
「愛し子ったら……さっさとユーゴに正体をバラして、どの娘でもいいからとにかく迫って、モノにしちゃえばいいのに……。そんなやり方、思いつきもしないんでしょうね。可愛い子」
愛の神は本来愛に奔放で、モフのようなやり方はとてもじれったくて堪らない。
「けれどもあまりにじれったい。あの鈍い人間の男に、愛し子のやり方ではいつになれば成就するのやら」
そう言いながら、アフロディーテは紫水晶のような瞳を虚空ヘ向けた。
じっと見つめたところから、突然チチッと小鳥が飛び出した。
真っ白な小鳥は女神の愛し子。
アフロディーテの耳元でチチッと鳴いては首を傾げている。
「ふふっ……可愛い私の愛し子、これからちょっとした面白いことが起きそうよ。これで少しはユーゴも動くかしら?」
アフロディーテは神であって、善良な人間ではない。
愛の女神であり、奔放で悪戯好きで、好奇心が旺盛。
モフのことはたしかに応援しているが、時々引っ掻き回して楽しむことが悪いことだとは思わない。
結果的にケサランパサランと人間の愛が成就すれば面白いが、簡単に成就してはつまらないと思っている。
健気で純粋無垢なケサランパサランのモフは、女神がそんなことを考えているなんて夢にも思わない。
アフロディーテは細い指で体を撫でてやったあとに、また白い小鳥を放つ。
「ふふっ……人間って、本当に愚かで面白い生き物ね」
白い小鳥がもたらした情報は、退屈を嫌うアフロディーテを高揚させたのだった。
そうとも知らず、ケサランパサランとなったモフはフワフワと街の上空を舞う。
ユーゴの邸宅が見えたなら、ふんわりふわりと舞い降りる。
「モキュー……」
ため息を吐くように、モフは鳴き声をあげた。
今日は色々なことがあって、どうやら疲れたようだ。
フワフワとユーゴの居室の屋根裏へと移動する。
天井の隅の隙間から、キュポンと中へ入り込めば、そこはもう慣れたユーゴの匂いのする部屋。
ソファーの上でポコンと座って主人を待った。
そうすればすぐに玄関の方から音がして、ズンズンと歩く重い足音が近づいてくる。
ガチャリと扉が開くと同時に、モフがフワフワと扉の方へと近づいていく。
そして現れた目当ての人は、すぐにモフを優しく、しかしギュウッと抱きしめる。
「モフ!」
「キュウーン!」
「今日は少し遅くなったから、お腹空いたろう。ごめんな、モフ」
いつも通りに天花粉をモフに与えながら、ユーゴは口を開いた。
「なあ、モフ。また外に出てたのか?」
モッシャモッシャ……と、すでに天花粉をほぼ平らげていたモフはぴたりと動きを止めた。
「キュウ」
ユーゴの質問がどういう意図か分からずに、モフは体を揺らしながら鳴き声を一つ。
「モフ、お前外で何をしているんだ? 危なくないのか?」
そう言って、ユーゴはモフの体を優しく撫でた。
モフはその手に体を委ねて、フワフワとした毛で手のひらをくすぐる。
「モキュー……」
「最近、お前から色んな匂いがするから心配になってな。薬品の匂いやら、血の匂いやら、土埃の匂いもある。どんなところに出かけているのか、昼間何をしているのか、心配だ……」
まさか匂いとはモフも思いが至らず、心配げに見つめてくるユーゴに何と答えようかと思案する。
「教えてくれないか? 俺が知らないお前のこと」
10
お気に入りに追加
379
あなたにおすすめの小説
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。
sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。
気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。
※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。
!直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。
※小説家になろうさんでも投稿しています。
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
あなたが落としたのはイケメンに「溺愛される人生」それとも「執着される人生」ですか?(正直に答えたら異世界で毎日キスする運命が待っていました)
にけみ柚寿
恋愛
私、唯花。足をすべらして、公園の池に落ちたら、なんと精霊があらわれた!
「あなたが落としたのはイケメンに『溺愛される人生』それとも『執着される人生』ですか?」
精霊の質問に「金の斧」的返答(どっちもちがうよと素直に申告)した私。
トリップ先の館では、不思議なうさぎからアイテムを授与される。
謎の集団にかこまれたところを、館の主ロエルに救われるものの、
ロエルから婚約者のフリを持ちかけられ――。
当然のようにキスされてしまったけど、私、これからどうなっちゃうの!
私がもらったアイテムが引き起こす作用をロエルは心配しているみたい。
それってロエルに何度もキスしてもらわなきゃならないって、こと?
(※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています)
【完結】ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイの密かな悩み
ひなのさくらこ
恋愛
ハリントン男爵アレクシス・ハーヴェイ。低い爵位ながら巨万の富を持ち、その気になれば王族でさえ跪かせられるほどの力を持つ彼は、ひょんなことから路上生活をしていた美しい兄弟と知り合った。
どうやらその兄弟は、クーデターが起きた隣国の王族らしい。やむなく二人を引き取ることにしたアレクシスだが、兄のほうは性別を偽っているようだ。
亡国の王女などと深い関係を持ちたくない。そう思ったアレクシスは、二人の面倒を妹のジュリアナに任せようとする。しかし、妹はその兄(王女)をアレクシスの従者にすると言い張って――。
爵位以外すべてを手にしている男×健気系王女の恋の物語
※残酷描写は保険です。
※記載事項は全てファンタジーです。
※別サイトにも投稿しています。
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる