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19. アフロディーテの暇つぶし

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「可愛い私の愛し子、ケサランパサランのあなたと人間の男、この愛の行方がどうなるのか……私も知りたいの」

 アフロディーテはヴェラの麦わら色の髪に、白く細い手をすうっと差し入れて、そしてサラサラと梳いた。

「どうすれば、人間になれますか? ルネでも、ヴェラでも、サビーヌでもなく、ケサランパサランの私自身が人間になるには……どうすれば?」

 懇願するような声音で話すヴェラの姿をしたモフ。
 その娘のサラサラとした髪を梳いていた手を止めて、アフロディーテは口を開いた。

「ユーゴがあなたの愛を受け入れたなら。あなたと共に、ずっと生きていくことを望むなら」

 愛の女神アフロディーテは、人間達の一時的に盛り上がる愛というものを嫌というほど見てきた。
 
 ルネも、ヴェラも、サビーヌも、その一時的な愛に振り回された娘達であった。
 熱心に、愛の女神アフロディーテの神殿に通っていたのはその悩みから。

「アフロディーテ様、それならどうなるかは分かりません。ユーゴの気持ちは、ユーゴのものだから」

 ヴェラの姿をしたモフの言葉は、ユーゴのことを本当に大切に思っているから。

「だけど、私はユーゴと共に居たいから、これからも出来ることをしていきます。ルネで、ヴェラで、サビーヌで、モフとして」

 その言葉を聞いたアフロディーテは、美しいかんばせに優しい微笑みを浮かべた。

「愛とは、やはりとても強いものなのね。私の可愛い愛し子よ、健気なあなたが大好きよ」

 ヴェラが去った後、アフロディーテはホウッと息を吐く。

「愛し子ったら……さっさとユーゴに正体をバラして、どの娘でもいいからとにかく迫って、モノにしちゃえばいいのに……。そんなやり方、思いつきもしないんでしょうね。可愛い子」

 愛の神は本来愛に奔放で、モフのようなやり方はとてもじれったくて堪らない。
 
「けれどもあまりにじれったい。あの鈍い人間の男に、愛し子のやり方ではいつになれば成就するのやら」

 そう言いながら、アフロディーテは紫水晶のような瞳を虚空ヘ向けた。
 じっと見つめたところから、突然チチッと小鳥が飛び出した。
 
 真っ白な小鳥は女神の愛し子。
 アフロディーテの耳元でチチッと鳴いては首をかしげている。

「ふふっ……可愛い私の愛し子、これからちょっとした面白いことが起きそうよ。これで少しはユーゴも動くかしら?」
 
 アフロディーテは神であって、善良な人間ではない。
 愛の女神であり、奔放で悪戯好きで、好奇心が旺盛。

 モフのことはたしかに応援しているが、時々引っ掻き回して楽しむことが悪いことだとは思わない。
 結果的にケサランパサランと人間の愛が成就すれば面白いが、簡単に成就してはつまらないと思っている。

 健気で純粋無垢なケサランパサランのモフは、女神がそんなことを考えているなんて夢にも思わない。

 アフロディーテは細い指で体を撫でてやったあとに、また白い小鳥を放つ。

「ふふっ……人間って、本当に愚かで面白い生き物ね」

 白い小鳥がもたらした情報は、退屈を嫌うアフロディーテを高揚させたのだった。

 そうとも知らず、ケサランパサランとなったモフはフワフワと街の上空を舞う。
 ユーゴの邸宅が見えたなら、ふんわりふわりと舞い降りる。
 
「モキュー……」

 ため息を吐くように、モフは鳴き声をあげた。
 今日は色々なことがあって、どうやら疲れたようだ。

 フワフワとユーゴの居室の屋根裏へと移動する。
 天井の隅の隙間から、キュポンと中へ入り込めば、そこはもう慣れたユーゴの匂いのする部屋。

 ソファーの上でポコンと座って主人を待った。

 そうすればすぐに玄関の方から音がして、ズンズンと歩く重い足音が近づいてくる。
 ガチャリと扉が開くと同時に、モフがフワフワと扉の方へと近づいていく。
 そして現れた目当ての人は、すぐにモフを優しく、しかしギュウッと抱きしめる。

「モフ!」
「キュウーン!」
「今日は少し遅くなったから、お腹空いたろう。ごめんな、モフ」

 いつも通りに天花粉てんかふんをモフに与えながら、ユーゴは口を開いた。

「なあ、モフ。また外に出てたのか?」

 モッシャモッシャ……と、すでに天花粉をほぼ平らげていたモフはぴたりと動きを止めた。

「キュウ」

 ユーゴの質問がどういう意図か分からずに、モフは体を揺らしながら鳴き声を一つ。

「モフ、お前外で何をしているんだ? 危なくないのか?」

 そう言って、ユーゴはモフの体を優しく撫でた。
 モフはその手に体を委ねて、フワフワとした毛で手のひらをくすぐる。

「モキュー……」
「最近、お前から色んな匂いがするから心配になってな。薬品の匂いやら、血の匂いやら、土埃の匂いもある。どんなところに出かけているのか、昼間何をしているのか、心配だ……」

 まさか匂いとはモフも思いが至らず、心配げに見つめてくるユーゴに何と答えようかと思案する。

「教えてくれないか? 俺が知らないお前のこと」

 


 





 



 



 


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