7 / 53
7. 邪魔者は排除
しおりを挟む「ねえ、ちょっとアナタ」
翌日のこと、売り物のパンを荷車に乗せて王城に入ったルネを、呼び止める者がいた。
「はい。何でしょうか?」
そんな相手に、ルネは穏やかに返事をする。
呼び掛けた声は、確かに昨日は甘えるような可愛らしいものだった。
今日はそんな様子は微塵も見せず、ただ棘のある攻撃的な声。
くるりと声のした方に顔を向けたルネは、やはり思った通りの人物を目にして、思わずため息を飲み込んだ。
平民にしては仕立ての良いワンピース、ウェーブのかかった金の髪、そして今日はキッと吊り上がった青い瞳を持つプリシラが立っている。
「どこのパン屋か知らないけど、もうここには来ないでくれる? これからは私がパンを焼いて、皆さんに配るから」
何て傲慢な言い分なのだろうか。
ルネに生活があるとは考えないのか、自分のしたいことを邪魔する奴は排除するとばかりに、プリシラはそう言い切った。
「あの、私もパンを売れないのは困ります」
ルネの言い分は真っ当である。
何故そのようなことを、王城側や騎士団ではなく外部の人間に言われなければならないのか。
「そんなこと知らないわ。他所で売ればいいじゃない。今日の分は私が代わりに代金を払ってあげるから、全てよこしなさいよ!」
「え……っ、困ります」
「何が困るっていうの? 代金は払うんだから良いじゃない。それとも……、ユーゴ様のこと狙っているんじゃないでしょうね?」
思わずビクリと身体を揺らしたルネの反応を、プリシラは見逃さなかった。
「はっ! ちょっとユーゴ様がアナタに優しい言葉を掛けたからって、勘違いしない方が良いわ」
プリシラはあの時、ユーゴがルネに優しい言葉を掛けたことを酷く根に持っていたのだ。
「いい? あの方は私の旦那様になる方なんだから。アナタみたいなパン屋の娘がどうこうできる相手じゃないわよ!」
「そのようなこと……。ただ私は、皆さんの健康の為に……」
「白々しい! ほら、代金よ! とりあえず荷車ごとそこにパンを置いて行きなさい!」
ルネの足元に投げつけられた布袋に入った金は、パンの代金にしてはとても多いように見えた。
「こんなに、いただけません。それに……私が皆さんにお渡ししたいんです」
「しつこいわね! 誰が渡したって同じことよ! さぁ、早くどこかへ行っておしまい!」
物凄い剣幕でルネの背中を押したプリシラ。
その拍子にルネは、地面に這いつくばるようにして転んでしまう。
手のひらと膝から血が滲むのを見て、ルネはとりあえずパンを置いてその場を去ることに決めた。
きっとワンピースも汚れたこの格好で駐屯地に行けば、優しい騎士達は心配するだろう。
それに、プリシラの豹変はルネにとってとても恐ろしかった。
人間とは、こんなに裏表があるものなのかと、初めて知ったのだ。
モフである時に見たことがある人間は、『良い人間』と『悪い人間』しか居なかったから。
プリシラのように、『良い人間である時』と『そうでない時』がある人間に出会ったことがなかったから、モフは酷く恐ろしいと感じたのである。
「いつまでいるの? 早く帰りなさい!」
なかなか動けないルネを追い立てるようなプリシラの声は、ルネが怪我をした痛みを忘れて思わず走り出したくなるほどに、恐ろしい声音であった。
苦しげに胸を押さえたルネは、代金も受け取らずに逃げ帰った。
そんなルネの姿を見て、プリシラは可笑しそうに笑い声を上げた。
「あはは……っ、身の程知らずの娘だこと。さあ、ユーゴ様、好物のパンを私が渡してさしあげますよ」
ルネが拾わなかった布袋を手に取り、荷車をガタガタと引きながらプリシラは微笑む。
その顔はいつもの甘えるような顔ではなく、嫉妬に燃えて醜くく歪んだものであった。
そして、騎士たちが待つ場所へとルネのパンを運ぶ。
「こんにちはぁー、皆さん。今日はルネさんから頼まれて、私が代わりにパンを販売に来ましたぁ」
「え? ルネちゃんどうかしたの?」
「えっと……、なんだか今日は他で忙しいみたいで。代わりに売ってもらえないかって頼まれたんですよ」
プリシラの苦しい言い訳に、人の良い騎士達は「そんなこともあるのか」と納得する。
これが、普段のプリシラの行いからくる説得力である。
「プリシラさんのおかげで、ルネちゃんも助かりましたね」
「いいえ、たまたまですよ。それでも、皆さんが喜んでくれて良かったです。」
ニッコリと優しく微笑むプリシラには、既に先程の醜い嫉妬の感情は見えない。
「あ! ユーゴ様! どのパンがよろしいですか?」
「……何故、プリシラ殿が?」
「ルネさん、お忙しいみたいで。私がお手伝いしているんですよ」
当然のことながら、パン屋のルネが誰かに頼んで売ってもらうことなど一度も無かった。
さすがに察しの悪いユーゴでも違和感を感じたが、だからと言って何か確たるものがある訳でも無い。
「なんと、プリシラ殿はお優しい。ほら、団長何にします?」
ポールが間に入って、ユーゴとプリシラの会話を何とか繋げようと頑張っている。
ユーゴが口を開いた時、一瞬ピリッとした空気がプリシラを包んだようだった。
10
お気に入りに追加
379
あなたにおすすめの小説
モブだった私、今日からヒロインです!
まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。
このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。
そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。
だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン……
モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして?
※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。
※印はR部分になります。
【完結】呪われた双子 -犬として育てられた弟がよしよし♡され、次期当主として育てられた兄がボロボロ♡にされる話-
クズ惚れつ
BL
過激エロ多め・オムニバス形式
①性格男前甘やかし世話係×犬として育てられた強気な名家の弟
②奉仕のSの調教師同級生×服従と解放を望む無自覚Mの次期当主の兄
とある名家では、後継者争いを生まないために、次男は生まないという暗黙の掟があった。しかし、たまたま双子の一卵性双生児が生まれてしまった。
兄は次期当主として過度な期待を受け育ち、弟は後継者としての意志を削ぐため家では犬として虐待された。
自分は人間だ、いつかこの一族に復讐してやる、と殺意を膨らませる弟。
次期当主としての責任と期待に押しつぶされ、誰かに支配され、解放されたいと願う兄。
そんな双子は、全く同じ美しい顔、屈強な体、気性の荒さを持つ19歳に育った。
最後には二人とも幸せになるはずの物語。
※ほぼ全話R18です。(*がR18)
※ヒトイヌ、♡・濁点汚喘ぎ、淫語、暴力、虐待、人権無視などの過激な表現があるのでご注意ください。
ムーンライトノベルズにも掲載
リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!
悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜
ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……?
※残酷な描写あり
⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。
ムーンライトノベルズ からの転載です。
緑目の少年とラクダ乗りの少女と山賊王子の物語
トキノナガレ
ファンタジー
砂漠を舞台にした愛と友情のファンタジー長編小説。
素性がわからない緑目の少年リクイ、彼は砂漠で育った。
ラクダ乗りの少女サララは足は悪いが、ラクダ競争の絶対王者。
そしてもうひとり。隣国で山賊からダンサーになり、16人の老いた団員を抱えている美少年ニニンド。実は彼は国王の甥で、王太子になる運命が待っている。三人の愛と友情の物語。
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
戦闘狂の水晶使い、最強の更に先へ
真輪月
ファンタジー
お気に入り登録をよろしくお願いします!
感想待ってます!
まずは一読だけでも!!
───────
なんてことない普通の中学校に通っていた、普通のモブAオレこと、澄川蓮。……のだが……。
しかし、そんなオレの平凡もここまで。
ある日の授業中、神を名乗る存在に異世界転生させられてしまった。しかも、クラスメート全員(先生はいない)。受験勉強が水の泡だ。
そして、そこで手にしたのは、水晶魔法。そして、『不可知の書』という、便利なメモ帳も手に入れた。
使えるものは全て使う。
こうして、澄川蓮こと、ライン・ルルクスは強くなっていった。
そして、ラインは戦闘を楽しみだしてしまった。
そしていつの日か、彼は……。
カクヨムにも連載中
小説家になろうにも連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる