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本編
1. パートナー
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「番号札八番の患者様、診察室へお入りください」
木目調を基調とした落ち着いた雰囲気の待合室。そこで呼ばれて立ち上がったのはセーラー服の女子高生だった。
こじんまりとしたメンタルクリニック、待合室には歩いて診察室へと向かう女子高生とソファーに腰掛ける中年の男、そして派手な服装の若い女がいた。ここのソファーはとても座り心地が良く、時々待っている間にウトウトと眠ってしまっている老人がいたりする。
女子高生は長い黒髪を後ろに靡かせながら、慣れた様子で診察室の扉を開いた。ここに通い始めてもう半年。特にいつもと変わりがない定期的な診察の予定であった。
「先生、こんにちはー」
「美沙ちゃん、こんにちは。どうかな? 最近は眠れてる?」
いつもの診察室。薄いグリーンの壁紙と白っぽい木目が目にも爽やかで、女子高生は患者として初めてここを受診した時に「この部屋すごく可愛いね」と口にした。
「んー。眠れてるよ。薬飲んだらね」
「それはいい。以前は薬もあまり効かないと言っていたからね」
診察をするのは柔和な表情の医師。見かけはまだ若いが、それでもきちんと患者の訴えに耳を傾ける姿勢は、多くの患者の信頼を得ていた。フワフワとウェーブする癖っ毛が、医師のイメージを尚更に優しく見せている。
「……という事なんだけど。どう? 良かったら参加してみない?」
「ピアサポートねぇ。うーん……」
主治医から勧められ、コテンと首を傾げて悩む様子を見せる女子高生はとても美しい顔立ちをしている。眉で切り揃えられた前髪も、長い黒髪が肩にこぼれ落ちる様も、この美少女であればその全てが計算し尽くされているのだと言われても違和感が無いくらいに。
「実は、美沙ちゃんにとっては凄く相性の良い患者がいるんだよなぁ……」
「あ、そんな事話しちゃっていいの?」
「本当はダメ。でも、そいつからも頼まれてるから。相性の良い患者がいたら話してもいいって。これはイトコとしての話だと思って聞いて」
ウェーブした前髪から覗く目は子どもが悪戯をする時のように弧を描き、口元に当てた人差し指は「これは僕と君の秘密だよ」と伝える。
「そいつは僕の友人の弟なんだけど。美沙ちゃんとは正反対の事で困ってる。分かるよね? 別に恋人にしが欲しいとかって訳じゃない。ただの『パートナー』としての相手を探してるんだよ」
「パートナー……」
「美沙ちゃんだって、今まで随分困っただろう? ここに来る事になったのだって、ちゃんとしたパートナーが居なかったせいで何度も問題が起きたから。それを心配したおばさんが、美沙ちゃんが少しでも楽になるようにっていうのがきっかけだ。でも、美沙ちゃんの困り事は薬じゃ治せない」
熱帯魚の水槽にサラサラと流れる水音だけが診察室に響く。イトコであり主治医でもある男も美沙も、じっと動かないでいた。
「涼介くん、その人……いい人?」
よく熟れた苺のように真っ赤な唇は、緊張からかそれとも昂揚からか、ちろりと見える舌で濡らされて艶めいている。
「うん。大切なイトコの美沙ちゃんに紹介するくらいにはね。僕にとって特別な友人の弟なんだけど、同時にそいつも僕にとっては大切な友人だ」
「そうなの。じゃあ参加してみようかな、ピアサポート」
「是非。良かったよ、美沙ちゃんにとってもそいつにとっても」
医師は今日一番の笑顔を見せた。白い歯を見せて笑うその表情は、年齢よりもだいぶ幼く見える。白衣を着ていなかったら到底医師には見えないその外見は、美沙とイトコであると言うだけあって似ているところもある。全体的に中性的な印象なのも、この医師の特徴だった。
「でも、それなら別にピアサポートじゃなくて直接会えば良くない?」
「まぁまぁ、美沙ちゃんはおばさんを安心させてあげたいでしょ? ピアサポートに参加する事で前向きに治療をしている、っていう事実はおばさんにとって安心材料なんだよ」
「そうかもね。さすが涼介くん、ずる賢いなぁ」
「患者の苦しみに対して、僕に出来ることなんて限られているから、ね」
美沙の冗談に答えたつもりだったのかどうか、そう呟きながら憂いを帯びた表情になった涼介を見て美沙は目を細める。
「先生、今日もありがとう。いつもの薬、宜しくね」
「うん、出しておく。じゃあ詳しい事はまた夜にでも連絡するから」
「はいはーい。じゃあね」
「お大事に」
診察室を出た美沙は咄嗟に胸を押さえた。セーラー服のリボンをギュッと握りしめ、息を整える。はぁっと口から漏れ出た吐息は、制服姿の少女に似つかわしくなくひどく艶かしい。
「パートナー……」
三秒だけ目を瞑り、もう一度開けてみる。腰までの長い黒髪を靡かせた美沙は、新しく訪れた老婆がソファーでうたた寝をする待合室へと戻って行った。
木目調を基調とした落ち着いた雰囲気の待合室。そこで呼ばれて立ち上がったのはセーラー服の女子高生だった。
こじんまりとしたメンタルクリニック、待合室には歩いて診察室へと向かう女子高生とソファーに腰掛ける中年の男、そして派手な服装の若い女がいた。ここのソファーはとても座り心地が良く、時々待っている間にウトウトと眠ってしまっている老人がいたりする。
女子高生は長い黒髪を後ろに靡かせながら、慣れた様子で診察室の扉を開いた。ここに通い始めてもう半年。特にいつもと変わりがない定期的な診察の予定であった。
「先生、こんにちはー」
「美沙ちゃん、こんにちは。どうかな? 最近は眠れてる?」
いつもの診察室。薄いグリーンの壁紙と白っぽい木目が目にも爽やかで、女子高生は患者として初めてここを受診した時に「この部屋すごく可愛いね」と口にした。
「んー。眠れてるよ。薬飲んだらね」
「それはいい。以前は薬もあまり効かないと言っていたからね」
診察をするのは柔和な表情の医師。見かけはまだ若いが、それでもきちんと患者の訴えに耳を傾ける姿勢は、多くの患者の信頼を得ていた。フワフワとウェーブする癖っ毛が、医師のイメージを尚更に優しく見せている。
「……という事なんだけど。どう? 良かったら参加してみない?」
「ピアサポートねぇ。うーん……」
主治医から勧められ、コテンと首を傾げて悩む様子を見せる女子高生はとても美しい顔立ちをしている。眉で切り揃えられた前髪も、長い黒髪が肩にこぼれ落ちる様も、この美少女であればその全てが計算し尽くされているのだと言われても違和感が無いくらいに。
「実は、美沙ちゃんにとっては凄く相性の良い患者がいるんだよなぁ……」
「あ、そんな事話しちゃっていいの?」
「本当はダメ。でも、そいつからも頼まれてるから。相性の良い患者がいたら話してもいいって。これはイトコとしての話だと思って聞いて」
ウェーブした前髪から覗く目は子どもが悪戯をする時のように弧を描き、口元に当てた人差し指は「これは僕と君の秘密だよ」と伝える。
「そいつは僕の友人の弟なんだけど。美沙ちゃんとは正反対の事で困ってる。分かるよね? 別に恋人にしが欲しいとかって訳じゃない。ただの『パートナー』としての相手を探してるんだよ」
「パートナー……」
「美沙ちゃんだって、今まで随分困っただろう? ここに来る事になったのだって、ちゃんとしたパートナーが居なかったせいで何度も問題が起きたから。それを心配したおばさんが、美沙ちゃんが少しでも楽になるようにっていうのがきっかけだ。でも、美沙ちゃんの困り事は薬じゃ治せない」
熱帯魚の水槽にサラサラと流れる水音だけが診察室に響く。イトコであり主治医でもある男も美沙も、じっと動かないでいた。
「涼介くん、その人……いい人?」
よく熟れた苺のように真っ赤な唇は、緊張からかそれとも昂揚からか、ちろりと見える舌で濡らされて艶めいている。
「うん。大切なイトコの美沙ちゃんに紹介するくらいにはね。僕にとって特別な友人の弟なんだけど、同時にそいつも僕にとっては大切な友人だ」
「そうなの。じゃあ参加してみようかな、ピアサポート」
「是非。良かったよ、美沙ちゃんにとってもそいつにとっても」
医師は今日一番の笑顔を見せた。白い歯を見せて笑うその表情は、年齢よりもだいぶ幼く見える。白衣を着ていなかったら到底医師には見えないその外見は、美沙とイトコであると言うだけあって似ているところもある。全体的に中性的な印象なのも、この医師の特徴だった。
「でも、それなら別にピアサポートじゃなくて直接会えば良くない?」
「まぁまぁ、美沙ちゃんはおばさんを安心させてあげたいでしょ? ピアサポートに参加する事で前向きに治療をしている、っていう事実はおばさんにとって安心材料なんだよ」
「そうかもね。さすが涼介くん、ずる賢いなぁ」
「患者の苦しみに対して、僕に出来ることなんて限られているから、ね」
美沙の冗談に答えたつもりだったのかどうか、そう呟きながら憂いを帯びた表情になった涼介を見て美沙は目を細める。
「先生、今日もありがとう。いつもの薬、宜しくね」
「うん、出しておく。じゃあ詳しい事はまた夜にでも連絡するから」
「はいはーい。じゃあね」
「お大事に」
診察室を出た美沙は咄嗟に胸を押さえた。セーラー服のリボンをギュッと握りしめ、息を整える。はぁっと口から漏れ出た吐息は、制服姿の少女に似つかわしくなくひどく艶かしい。
「パートナー……」
三秒だけ目を瞑り、もう一度開けてみる。腰までの長い黒髪を靡かせた美沙は、新しく訪れた老婆がソファーでうたた寝をする待合室へと戻って行った。
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