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59. 愛の力の成せる技とはこのことですわね

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 走り続けた馬車は、ティエリーの街へと着いた。
 宿屋に馬車を停め、眠るジュリエットの足元をキリアンの上着で隠したまま抱いて部屋へと運んだ。

 宿屋の寝台にそっとジュリエットを下ろしたキリアンは、寝台の横に椅子を置いて寝顔を見つめる。

 その間にジャンはエマ婆さんの店に向かっていた。
 店はであり、であった。
 ジャンは情報提供の礼と、ジュリエットの無事を報告に行ったのだ。

 ジュリエットの瞼と髪と同色のまつ毛が震えた。

「ん……。キリアン……さま?」

 寝台の横に脚を組んで座るキリアンの姿を認めたジュリエットは、ゆるゆると唇を動かして微笑む。

「ジュリエット……」
「はい?」

 突然名を呼ばれて意識を覚醒したジュリエットは、起きあがろうと身体をよじった。
 しかしその身体をキリアンが抱きすくめて寝台へと戻す。
 寝台の上に寝たままのジュリエットと、ジュリエットに上半身だけ覆い被さって抱きしめるキリアン。

 緊張で激しい動悸が襲うジュリエットの耳元で、キリアンの少し掠れた声が響く。

「俺は、お前のこと……。……好きだ」
「キ、キリアン様……」
「愛しいとは、こういうことだと初めて分かった」
「それでは……」
「ジュリエット、今まで悪かった。俺はお前のこと……愛してる」

 ジュリエットとキリアンの胸は窮屈に接していて、どちらの鼓動なのか分からないほどに激しく脈打っている。
 そのうちキリアンはそっとジュリエットの頬に手をやって、少しかさついた頬を撫でた。

 そしてさらりと黒髪を揺らしたと思えば、次の瞬間にはジュリエットの唇へと口づけを落としたのであった。
 ジュリエットもゆっくりと瞼を閉じて、愛しいキリアンの温もりを感じた。
 確かに自分は生きているのだと、愛されているのだと実感できた。

 その時、ドクンッ!と大きくジュリエットの心臓が跳ねた。
 思わず胸を押さえる。
 
「うっ……!」
「おい、大丈夫か⁉︎」

 慌てるキリアンはジュリエットを抱き起こす。

「ああ……っ!」 

 ジュリエットは苦悶の表情を浮かべて胸を押さえている。
 遠くでキリアンの狼狽した声が聞こえるような気もするが、全ての音が遮断された。
 身体中の血液が沸騰するような感覚と、目の前の景色がぐるぐると回って赤や青、黄色と色を変える。
 やがて身体全体が刺すように痛み、そのうち全ての感覚が緩やかになる。

「おい! ジュリエット! おい!」
「……だ、大丈夫です」
「お前……」

 ジュリエットは身体の違和感に気づいた。
 あれほど疲れ、体力を失い、血色も悪かった身体が生命力に溢れて楽になっている。

 手を握ったり離したりしてみても、艶々とした皮膚は先程までのものとは明らかに違っている。

「キリアン様……。もしかして呪い、解けてますか?」

 恐る恐る問えば、キリアンは瞠目どうもくしたままで頷く。

「鱗……、なくなったみてぇだ」
「本当に?」
「身体は? 随分と苦しそうだったが大丈夫か?」
「何故かとても元気になりましたの」

 スッと寝台から起き上がったジュリエットは、足枷に気づかずにその重みで転びそうになったが、キリアンがそれを抱きとめた。

 二人揃って室内にある鏡を覗けば、そこには以前と変わらぬ美しいジュリエットの顔が映し出されている。

「あの、肩や身体にもたくさん出ていたのですが……。見てもらえますか?」

 ゆっくりと身につけていたワンピースのボタンを外してキリアンの方へと背中の肌を晒せばそこには白い肌しか見当たらず、ジュリエット自身も肩にあった鱗がなくなっているのを確認した。

「キリアン様! なくなっています!」
「ああ、確かに鱗みてぇなもんは見当たらないな」
「ああ! 呪いが解けたのですね! 嬉しい!」

 そう言って上半身をはだけたままのジュリエットは思わずそのまま振り向こうとしてその事に気づき、振り向くことをやめた代わりに頬を染めた。
 そして急いで服を整えていると、扉が開いてジャンが飛び込んできた。

「キリアン! お嬢は大丈夫……」

 寝台のすぐそばでワンピースの前ボタンを急いで留めようとしているジュリエットと、そのすぐ傍に立つキリアンを認めたジャンはそろそろと扉を閉めて出て行こうとした。

「ご、ごめん。お邪魔しましたー……」
「ジャン! 待て!」
 


 
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