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46. 家族との再会はやはり感動いたしますのね

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 相変わらずの豪奢な造りで、気品の溢れる調度品が飾られたサロンへと入ればジャンがジュリエットの弟のマルセルとソファーで談笑していた。

「姉上! もうお話は宜しいのですか?」
「マルセル、なんだか背が伸びたのではなくて? まだ三ヶ月しか離れていないのに、凄いわね」

 マルセルは急いで駆け寄ってジュリエットへ抱擁をすると、キリリと顔を凛々しくさせて答えた。

「姉上、もう僕がこの伯爵家を守ってゆかねばなりませんから。まだまだ背だって伸びますよ。ですから、姉上は安心してお過ごしください」
「まあ、なかなか立派だわ。頼むわね」

 少しの間で随分と大人びたことを言うようになった弟マルセルを頼もしく思いながら、ソファーに座るジャンの方へ目を向ける。

「ジャン、少しは休めた? ごめんなさいね、こんなところまで付き合わせてしまって……。もう出られそうかしら?」
「お嬢、いいのか? まだ家族でゆっくりしたっていいのに……。それに、夜遅いとあの獣道は厳しいんじゃないか? 一日だけ泊めてもらえよ」

 ぐるり見渡せば、伯爵夫妻もマルセルも久方ぶりの再会に心底喜んでいるようだ。
 とは言ってもたかが三ヶ月なのだが、箱入り娘であったジュリエットがこの邸に居ないことは思いの外家族にとって寂しいことであったのだ。

「分かったわ。それではジャンも一緒に客間に泊まってね。お父様、よろしいでしょう?」
「勿論だ。晩餐は張り切って料理長がこしらえているからな。楽しみにしていてくれ」

 ジャンはティエリーの街にでも戻って宿へ泊まるつもりであったが、思わぬ僥倖ぎょうこうに喜びを隠せない。

「やったー! 貴族の晩餐なんて初めてだけど、大丈夫かな?」
「気にしなくていいわよ。家族しかいないのだから。ジャンにはとてもお世話になっているし、私の家族だってあなたやキリアン様にはとても感謝しているのよ」

 喜ぶジャンへジュリエットは優しく声をかける。
 伯爵夫妻もマルセルも大きく頷いた。

「それならば、私はマーサに会ってくるわ。何も出来なかった私が、色々と成長したことを報告しないと」
「マーサなら洗濯室にいるんじゃないかしら? 見てらっしゃいな。きっと驚くわ」

 伯爵夫人の悪戯な提案に、ジュリエットは満面の笑みで頷いてからサロンを後にした。
 そして扉を閉めればジュリエットはグッと上を向いた。
 
「やっぱり皆に会うと涙が出そうになってしまって困るわ。今泣いてしまえば、涙が真珠になることが知られてしまうもの……」

 赤い絨毯の敷き詰められた広々とした廊下は、たった三ヶ月の間しか離れていないにも関わらず、懐かしく感じるのであった。

 ゆっくりと慣れた絨毯を踏みしめて洗濯室へと向かう。
 脚はずっと動き辛いわけではないが、時々硬直して動きが悪くなるのだ。
 最近では不自然な歩き方にならないように細心の注意を払っている。

 やがて、幼い頃にはよく忍び込んだ洗濯室の前へと到着する。
 中を覗けばマーサが洗濯物を広い机の上で畳んでいるのが見えた。

「マーサ! 元気だった?」
「お嬢様⁉︎」
「今日はね、本を取りに帰って来たのよ。明日には帰るけれど、今晩は泊まるから。久しぶりね」

 少し皺の目立って来た目を丸くして、マーサは驚きの後に明るい笑顔を見せた。

「左様でございますか。それは嬉しゅうございます。お嬢様がいなくなってからというもの、私も寂しい日々を過ごしておりましたから。元気なお嬢様にまたお会いできて嬉しいですよ」

 ジュリエットはマーサに抱きついて、懐かしい洗濯室の匂いと優しいマーサの香りに暫し癒されるのであった。




 夜になって、庶民の服のままで席についたジュリエットとジャンは食卓の上の豪華な食事に驚いた。
 以前はジュリエットも当たり前のように食べていたものが、今ではとても見慣れないものに思えた。

「うわあー……、めっちゃうまそう……」
「私、久しぶりなのだけれど食べられるかしら?」

 そう言いながらも楽しい食事の時間は和やかに過ぎていった。
 元来人好きのするジャンはすっかりと伯爵夫妻とマルセルに気に入られて積極的に会話をしていた。

「ところで、集落というのは人里離れたところにあるのかね?」

 唐突に伯爵が少し真剣な面持ちでジャンに尋ねた。

「そうですね、普通の人間ならば辿り着けないようなところです。お嬢は根性あるからついて来ちゃいましたけど」
「そうか、ならば安心だ」

 真剣な表情を緩ませて肩の力を抜いた伯爵に、ジュリエットが声をかける。

「お父様、突然どうなさったの?」

 さっきまでの和やかな雰囲気とは打って変わって、少し疲れたような顔をした伯爵はポツリポツリと話し始めた。

 



 

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