46 / 67
46. 家族との再会はやはり感動いたしますのね
しおりを挟む相変わらずの豪奢な造りで、気品の溢れる調度品が飾られたサロンへと入ればジャンがジュリエットの弟のマルセルとソファーで談笑していた。
「姉上! もうお話は宜しいのですか?」
「マルセル、なんだか背が伸びたのではなくて? まだ三ヶ月しか離れていないのに、凄いわね」
マルセルは急いで駆け寄ってジュリエットへ抱擁をすると、キリリと顔を凛々しくさせて答えた。
「姉上、もう僕がこの伯爵家を守ってゆかねばなりませんから。まだまだ背だって伸びますよ。ですから、姉上は安心してお過ごしください」
「まあ、なかなか立派だわ。頼むわね」
少しの間で随分と大人びたことを言うようになった弟マルセルを頼もしく思いながら、ソファーに座るジャンの方へ目を向ける。
「ジャン、少しは休めた? ごめんなさいね、こんなところまで付き合わせてしまって……。もう出られそうかしら?」
「お嬢、いいのか? まだ家族でゆっくりしたっていいのに……。それに、夜遅いとあの獣道は厳しいんじゃないか? 一日だけ泊めてもらえよ」
ぐるり見渡せば、伯爵夫妻もマルセルも久方ぶりの再会に心底喜んでいるようだ。
とは言ってもたかが三ヶ月なのだが、箱入り娘であったジュリエットがこの邸に居ないことは思いの外家族にとって寂しいことであったのだ。
「分かったわ。それではジャンも一緒に客間に泊まってね。お父様、よろしいでしょう?」
「勿論だ。晩餐は張り切って料理長が拵えているからな。楽しみにしていてくれ」
ジャンはティエリーの街にでも戻って宿へ泊まるつもりであったが、思わぬ僥倖に喜びを隠せない。
「やったー! 貴族の晩餐なんて初めてだけど、大丈夫かな?」
「気にしなくていいわよ。家族しかいないのだから。ジャンにはとてもお世話になっているし、私の家族だってあなたやキリアン様にはとても感謝しているのよ」
喜ぶジャンへジュリエットは優しく声をかける。
伯爵夫妻もマルセルも大きく頷いた。
「それならば、私はマーサに会ってくるわ。何も出来なかった私が、色々と成長したことを報告しないと」
「マーサなら洗濯室にいるんじゃないかしら? 見てらっしゃいな。きっと驚くわ」
伯爵夫人の悪戯な提案に、ジュリエットは満面の笑みで頷いてからサロンを後にした。
そして扉を閉めればジュリエットはグッと上を向いた。
「やっぱり皆に会うと涙が出そうになってしまって困るわ。今泣いてしまえば、涙が真珠になることが知られてしまうもの……」
赤い絨毯の敷き詰められた広々とした廊下は、たった三ヶ月の間しか離れていないにも関わらず、懐かしく感じるのであった。
ゆっくりと慣れた絨毯を踏みしめて洗濯室へと向かう。
脚はずっと動き辛いわけではないが、時々硬直して動きが悪くなるのだ。
最近では不自然な歩き方にならないように細心の注意を払っている。
やがて、幼い頃にはよく忍び込んだ洗濯室の前へと到着する。
中を覗けばマーサが洗濯物を広い机の上で畳んでいるのが見えた。
「マーサ! 元気だった?」
「お嬢様⁉︎」
「今日はね、本を取りに帰って来たのよ。明日には帰るけれど、今晩は泊まるから。久しぶりね」
少し皺の目立って来た目を丸くして、マーサは驚きの後に明るい笑顔を見せた。
「左様でございますか。それは嬉しゅうございます。お嬢様がいなくなってからというもの、私も寂しい日々を過ごしておりましたから。元気なお嬢様にまたお会いできて嬉しいですよ」
ジュリエットはマーサに抱きついて、懐かしい洗濯室の匂いと優しいマーサの香りに暫し癒されるのであった。
夜になって、庶民の服のままで席についたジュリエットとジャンは食卓の上の豪華な食事に驚いた。
以前はジュリエットも当たり前のように食べていたものが、今ではとても見慣れないものに思えた。
「うわあー……、めっちゃうまそう……」
「私、久しぶりなのだけれど食べられるかしら?」
そう言いながらも楽しい食事の時間は和やかに過ぎていった。
元来人好きのするジャンはすっかりと伯爵夫妻とマルセルに気に入られて積極的に会話をしていた。
「ところで、集落というのは人里離れたところにあるのかね?」
唐突に伯爵が少し真剣な面持ちでジャンに尋ねた。
「そうですね、普通の人間ならば辿り着けないようなところです。お嬢は根性あるからついて来ちゃいましたけど」
「そうか、ならば安心だ」
真剣な表情を緩ませて肩の力を抜いた伯爵に、ジュリエットが声をかける。
「お父様、突然どうなさったの?」
さっきまでの和やかな雰囲気とは打って変わって、少し疲れたような顔をした伯爵はポツリポツリと話し始めた。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
死にたがり令嬢が笑う日まで。
ふまさ
恋愛
「これだけは、覚えておいてほしい。わたしが心から信用するのも、愛しているのも、カイラだけだ。この先、それだけは、変わることはない」
真剣な表情で言い放つアラスターの隣で、肩を抱かれたカイラは、突然のことに驚いてはいたが、同時に、嬉しそうに頬を緩めていた。二人の目の前に立つニアが、はい、と無表情で呟く。
正直、どうでもよかった。
ニアの望みは、物心ついたころから、たった一つだけだったから。もとより、なにも期待などしてない。
──ああ。眠るように、穏やかに死ねたらなあ。
吹き抜けの天井を仰ぐ。お腹が、ぐうっとなった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる