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28. 嵐のような青木さんの去った後

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 明日からの出張で朝が早いという事で、静を早めに休ませるつもりで外で食事だけして帰って来た。
 
 静は「出張中はホテルに着いたら連絡するよ」と言ってくれたので、どうやら毎日会っているお陰で静も俺に会わないのは寂しいのかなと思ったりした。

 ひとりでに頬が緩むのを感じながら風呂に入ろうとして、青木さんに渡されたメモの事を思い出す。

「あぶね、忘れてた」

 明日から暫く静と会えないと思っていたから、その事で頭がいっぱいで、すっかりこのメモの存在を忘れてしまっていた。
 早速薄いピンク色のメモ用紙に書かれていた連絡先にメッセージを送る。

「才谷です……と」

 すぐに既読が付いたと思ったら突然通話を知らせる画面になって、俺は慌てて応答を押す。

「……はい。青木……さん?」
「才谷さん! 連絡するのが遅い!」
「……すみません」

 突然怒られたけど、どうやら青木さんで間違い無いらしい。連絡が遅くなったのは確かなので反射的に謝った。

「今日もどうせ静といたんでしょう。全く、明日から出張で会えないからってお熱いのね」

 はっきりした物言いは、完全に職場の青木さんのイメージとかけ離れている。
 それでも何故かこの人に腹が立つ事は無い。静から青木さんの事を聞いていたからかも知れない。
 
「はぁ……すみません。それで、静の事で話って?」
「まぁいいわ。実は、明日からの静の出張なんだけど、彰人が何か良からぬ事を企んでるみたいなの」
「へ? 社長が? 何を?」

 会社の出張で出かける社員に対して、何を企むというのか。

「んー、何かは分かんないんだけど。とにかく彰人は才谷さんに静を取られたのが余程堪えたみたいで。本当に自分勝手でおかしな人だと思うだろうけど、彰人ってそういうところあるのよ」
「取られたって言いますけど、元々は社長が俺に静の事を頼むみたいな話で……」
「うんうん、よく分かるわ。でもね、まさかそれで本当に静が才谷さんに靡くと思ってなかったというか……。実際、静にとって彰人以上に仲の良い存在が出来たことが耐えられないみたいなの」

 そんなの、めちゃくちゃ勝手だ。始まりからおかしいとは思ってたけど、やっぱり社長は変な人だ。

「それで、何か良からぬ事を企んでると? 良からぬ事って何なんですか?」
「分かんない。私もさりげなく彰人の動向を探ってみたんだけど、どうやら静と同じで明日から二泊三日で九州へ向かうらしいの」
「社長が? 何しに?」
「だからそれは分からないのよ。でもあの人、ニヤニヤしながらスマホで宿を取ったりして、すっごぉぉぉい気持ち悪かったから! あれは絶対何か企んでるわ!」

 そこまで言うのにどうして青木さんは社長と付き合っているんだろうか。

「青木さん、前に静に詰め寄ってたじゃないですか。金曜日の仕事帰りに」
「ああ、そう。静から彰人にガツンと言ってもらおうと思って。『いい加減静離れしろ! 早く沙織と結婚しろ!』ってね」
「……やっぱり社長の事、好きなんですね」

 静と社長の関係みたいに、青木さんと社長の間にも何か特別な絆みたいなものがあるのかも知れない。

「好きじゃなかったらとっくに捨ててるわよ! 未だに幼馴染離れ出来なくて、時々静のストーカーみたいな事して、その上自分の吟味したセフレをあてがうなんて普通じゃ無いでしょ? 恋人の私にすらそんな事しないのに! ねぇ⁉︎ おかしいわよね!」

 何故かひとりでにヒートアップしていく青木さんの声が、スマホから離れててもよく聞こえた。
 でも、やっぱり何らかの確かな絆が青木さんと社長との間にはあるんだろう。社長の事を想っているから、歯痒いのだという気持ちは痛いほど分かった。

「静は何て言ってるんですか? その、青木さんの思っている事について」
「静に頼んでも『結婚云々の話は沙織と彰人の問題だろう』とか言うのよ。まぁ、静離れに関しては才谷さんっていう存在が出来てから、だいぶ距離感が保てててるようだけど」

 社長の事を想う青木さんと、静の事を想う俺。二人とも困っているのは、社長が静離れ出来てないって事だ。

「でも、静は出張から帰ったら社長との事で何かしら動くって言ってました」
「え、そうなの?」
「はい。だから、それを待ちませんか? 僕らは……いや、少なくとも僕は、あの二人の絆をどうにか出来る立場に居ないと思うので。静にとって社長は確かに、命の恩人と言っても過言じゃ無い人なんです。俺も社長には静に会わせてくれたって事で感謝してるし」

 社長の過激で困ったところには辟易しているが、お陰で俺は静に出会えたわけだし。
 早くどうにかしたいっていう青木さんの気持ちには同調するところもあるけど、まずは静と社長が解決すべき問題のような気がする。
 外野の俺達に(主には俺に)は何もできる事はない。静自身が俺に助けを求めて来たら、その時は全力で力を貸そう。

「案外、才谷さんって冷静な考えが出来るのね。直情型で単純で、突っ走るタイプかと思ったのに。まぁいいわ、それじゃあ忠告はしたから。出張中、もしかしたら彰人が碌でも無い事をするかも知れないわよ。気をつけてね」
「静には話したんですか? その事」
「私は静と連絡が取れないようにされてるの。彰人に! あー、もう! ほんっと、変よね!」

 だからあの日みたいに直接静に直談判するしか無かったのか。

「青木さん……やっぱり、余程好きなんですね、社長のこと」
「めちゃくちゃにしてやりたいくらい、ムカつくくらいに好きよ! 才谷さんも、彰人が入る隙間がないくらい静の事捕まえててよね!」
「忠告をどうもあ……」

 りがとうございました、と既に通話終了になったスマホに向かって独り言を言った。
 会社では大人しくて女らしい、可愛いと評判の青木さんは、まるで嵐のように現れてそこら辺を無茶苦茶にしてサッと消えていった感じだ。
 本当の青木さんは、パワフルな人なんだな。

 ふうっと一息吐いてから時計を見ると、もう二十三時半を過ぎていた。
 明日は早起きの静にメッセージを送るのはやめておこう。


 

 

 
 
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