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45. ばあちゃんの言葉
しおりを挟むその日も僕はsoji hairで仕事をしていて、電話が鳴ったからいつものように出た。
「お電話ありがとうございます。soji hairです」
電話の相手はばあちゃんの入院している病院の看護師からで、僕は勤務先であるこの店の電話番号を知らせていたからこちらにかかってきたという。
……ばあちゃんが危篤?
ただの骨折で入院しているはずなのに?
しかももうすぐ退院って話もでてたのに……。
僕は電話を切ると、お客さんの施術をしている宗次郎の方を見た。
宗次郎はちょうどカラーを塗り終えてしばらく置く作業だったから、僕の視線に気づいてすぐに近寄ってきた。
「ちょっと、伊織。大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「……ごめん、宗次郎。ばあちゃんが危篤って……。どうしよう?」
「えっ! ちょ、それなら急いで一緒に病院行こう! あ、でも俺は……今は行けないな……」
雑誌を読みながら時間を潰すお客さんの方をチラリと見て、宗次郎は申し訳無さそうにした。
まだ施術中だし、この後の予約もいくつかある。
僕は宗次郎に大丈夫だと、大きく頷いてからスタッフルームで上着を取って早退させてもらうことにした。
「もうタクシー呼んだから、これで払っておいて」
「え、いいよ」
「長く病院に付き添いするなら、入用があるかも知れないだろう」
こんな時にも心配性な宗次郎は、まるでばあちゃんが孫に渡すようにして僕にコソッとお札を握らせた。
「タクシーありがと。行ってくるね」
「うん、また出来る時にLIMEして」
僕は急いで店の前に来たタクシーに乗って、ばあちゃんの入院する病院へ向かった。
どうしてばあちゃんがこんなことに?
焦る気持ちのせいか、タクシーの外の景色がものすごく遅く流れていくように見えた。
「高羽 キミコの孫です。お電話頂いたんですが……」
整形外科病棟のナースステーションで看護師に声を掛けると、少しの間にばあちゃんは病室を変わっていて、隣の内科病棟のナースステーションすぐ隣のリカバリールームになっていた。
つまり、重症患者の部屋だ。
「もうすぐ先生がいらっしゃいますから、お待ちください」
そう伝えて出て行った看護師を見送って、僕はリカバリールームで酸素マスクや点滴、モニターなどに繋がれて眠るばあちゃんと対面した。
モニターを確認したら、酸素飽和度が落ちているし、血圧も低めだ。
何故? どうして急に。
「高羽さんのお孫さんですね。整形外科から替わりまして、呼吸器内科主治医の酒井です」
「お世話になります」
「宜しければ、あちらで病状を説明させていただきます」
僕は主治医の酒井先生から、今や危篤状態のばあちゃんの状況を聞いた。
どうやら昨日から発熱していて、そのうち酸素飽和度が急激に下がったとのこと。
それで検査の結果、肺炎と診断されたと。
しかも、これがまたタチの悪い肺炎で急激に悪くなってあっという間に今の状況に陥ったと言う。
「……もう、長くはないですか?」
「最善を尽くしますが、今日か明日か分かりません」
僕はいやに冷静に酒井先生の話を聞いていた。
ああ、ばあちゃんは死ぬんだ。
こんなに呆気なく、居なくなるんだ。
僕はリカバリールームに戻った。
ばあちゃんは酸素マスクをしているが、『これ以上悪くなるようなら延命措置をしますか?』と聞かれた。
しかし、したとしてもこの肺炎は良くなるものではないので命の炎が消えるのを少し長引かせるだけだと。
僕は前々からばあちゃんには、『何かあった時には自然に任せてくれ』と頼まれていた。
だから今回も酒井先生には自然に任せるようにお願いしたんだ。
まるで僕がばあちゃんの命を握ってるようで、とても重苦しい決断だったけど。
「ばあちゃん、ごめんね」
僕がばあちゃんの頬を撫でてそう言うと、ばあちゃんはうっすらと目を開けた。
視点は合っていないけれど、ぼんやりと宙を見ていた。
「ばあちゃん! 伊織だよ! 分かる?」
「……いおり?」
「うん! 伊織!」
「伊織……、聞いて……」
ばあちゃんは酸素マスクを着けたままで、それでもなんとか言葉を紡いだ。
「ばあちゃんの……部屋の……鏡台の引き出しに……」
何か大事なことを話している、そう感じて僕は必死で耳を寄せた。
「手紙……入ってる……ごめんね……」
「何? 何でごめんね、なの?」
「ばあちゃん……伊織を……傷つけたく……なくて……隠してた……ごめん」
何を? 何を隠してたんだろう?
「何を隠してたの?」
「おかあさん……手紙……読んで」
「お母さんの……手紙?」
「伊織が……決めて……」
「何を? 何を決めるの?」
僕は何故か胸が苦しくなりながらも、ばあちゃんの言葉を一言も漏らさずに耳に入れようと、酸素マスクに耳を寄せる。
「ばあちゃんは……伊織が……大事で……」
ばあちゃんはここで大きく息をした。
「可愛かったから……黙ってた……」
「ばあちゃん……」
「ごめんね……手紙……必ず……読んで」
シワのある目尻から、涙がツウっと流れた。
涙は枕を濡らして、そこにシミを作る。
「分かったよ。……心配しないで。今は休んで元気になろうね」
「うん……そうだね……」
「ばあちゃん、もししんどくなったら延命措置したい?」
僕はやっぱりもう一度きちんと聞いておきたかった。
僕だけの記憶の中のばあちゃんの言葉だけで、命の時間を決めるのはあまりに重すぎたから。
「もう……いいよ……ありがとう……伊織」
「……分かったよ、ばあちゃん」
ばあちゃんは涙を流したままでまた目を閉じてしまった。
僕はただ眠るばあちゃんをじっと見つめながら、ばあちゃんの言葉を頭に刻み込んだ。
結局、ばあちゃんは翌朝早くに儚くなった。
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