上 下
36 / 57

37. グッドネイバーズに二人で

しおりを挟む

 僕はあまり車には詳しくないけれど、宗次郎の車はSUVという種類らしい。
 車を知らない僕でもカッコいいなと思う車だったから、隣に乗るのは少しドキドキした。

「寒くない? 寒かったら言ってね」
「あ、うん。大丈夫」

 そういうことをサラリと聞けるのがチャラ男の名残なのかとか、この車には誰か女の人は乗ったのかなあとか、僕は色々考えていた。

「伊織、車酔いした? 眉間に皺が寄ってるよ」

 信号待ちで宗次郎に言われて、僕は素直に答える事にした。
 素直に生きる事に決めたんだから、ヤキモチだって妬いていいんだ。

「いや、この車には女の人乗ったのかなあって……。ヤキモチ妬いてた」
「……伊織、ヤキモチ妬いたの?」
「だから、そう言ってるじゃないか」
「えー、嬉しいなぁ! 伊織にヤキモチ妬かれるのは!」

 何だか上手くはぐらかされたような気がする。
 やっぱり乗ったんだ。

「伊織? いおりー? ねぇ、怒ってるの?」
「はぐらかしたでしょ」
「うっ……。まあ、過去には乗せた……かな。やっぱり嫌?」
「べっつにー……」

 僕は本当はそこまで嫉妬するのはおかしいと分かってた。
 だって過去は変えようがない。
 僕にはそういう経験はないけど……。
 過去の宗次郎の相手にヤキモチ妬くなんて不毛だと頭では理解してたんだ。

「じゃあ伊織の好きな車、買おうか?」
「え⁉︎」
「いや、伊織が嫌なら別に車を買い替えてもいいかなぁって」

 何を言うんだ、車なんて高いものおいそれと買い替えるなんてダメだ。

「いやいや、そんなのダメだよ! うん! この車、すごくかっこいいから! いいよ! もう気にしてないから!」
「えー、本当に? 俺は伊織の望みなら何でも叶えたいんだからさ。ちゃんと言ってよ? 我慢せずに」

 僕はもう嬉しい気持ちと照れる気持ちとで頭がいっぱいになって、過去のことなんてどうでもいいやと思えた。

「これからは、僕だけにしてくれるんでしょ? あ、ハナエさんは良いけど」
「ああ、確かに。ばあちゃんはな」

 宗次郎はふふっと笑って、肘置きに乗せた僕の手を握った。

「でも、伊織が初めてだよ。『好きな人』を乗せたのは」
「ふうん……。じゃあ許す」

 僕らは本当に馬鹿みたいに、漫画のやり取りのような甘ったるい会話をしていた。
 何だかそれが平和で可笑しかった。

 グッドネイバー近くの駐車場に車を停めて、僕らは歩いて店に向かった。
 この辺りをこんな風に二人で並んで歩くのは初めてで、時折通り過ぎる女の人たちが宗次郎の方を見ては頬を赤らめてコソコソ話していた。

 まあ宗次郎は確かに男らしくて、おしゃれだし体つきもいいから目を引くもんね。
 僕は多分恋人とは思われてなくて、ひ弱な友人だと思われているだろう。

「はい、伊織」

 グッドネイバーのガラス扉を開けて、さりげなく手で押さえてくれる宗次郎は、やっぱりモテるんだと納得した。

「ありがと」

 僕がされ慣れないことに御礼を言うと、宗次郎はニッコリと笑った。

 そしていつも通りカウンターに近寄って、僕を隣に座らせた。
 これはまさに、明と一緒に来てた時に見たチャラ男の宗次郎と女の人の再現だ。

 今日はボックス席が多く埋まっていて、カウンターには僕と宗次郎だけだった。
 
「いらっしゃいませ」

 ガチムチ系の人の一見良さそうな店長が、相変わらずの笑顔で声をかけてきた。

「勇気、お前が信じそうにないからちゃんと伊織連れて来たぞ。逃げたりしてないだろ」
「本当だ。高羽さん、コイツ泣いてたからね。高羽さんに嫌われたと思ってさ」

 店長がコソッと僕らだけに聞こえるようにして話しかけて来た。

「え……」
「おい! 泣いてはないだろ! 泣いては! 話を盛るのがお前の悪い癖だぞ。もういいよ、余計な事喋んなくて」

 慌てた様子の宗次郎を見るに、ほんとに泣いてたのかも知れない。
 宗次郎は似合わないくらいに真っ赤な顔をして、自分の注文を告げていた。

「伊織は何にする?」
「んー、入院しててあんまりガッツリ食べてないから。ハンバーグセットで」

 僕らは注文を終えて手持ち無沙汰になった。
 そうすると、宗次郎がポツリと尋ねてくる。
 
「ねえ、伊織は明日仕事行くの?」
「それが、上司からとりあえず一週間は休めって言われてて。どうやら一部の利用者に今回のことがどこからか漏れたみたいで」
「そうなんだ……」
「うん。もしかしたら、退職しないといけないかも知れない」

 実は、昼間にスマホを買ってすぐに職場に電話を掛けた。
 いつから仕事に行ってもいいかどうかを聞こうと思ったからだ。
 
 だけど高齢者のネットワークはすごかった。

 鈴木さんが僕を拉致監禁したことがどこからか漏れて、それが利用者間でジワジワと広がっていると言う。
 混乱を避けるためには暫く休む方がいい。

「もしも退職したら、伊織は何かしたいことあるの?」
「退職したら……」

 僕は看護師の仕事しか知らないから、他にしたい事なんて思いつかない。
 それにばあちゃんのこともあるから、できる仕事でかつ好きな仕事を探すのは大変そうだ。

「とりあえず、今はばあちゃんが大変で……。それに合わせてできる仕事しかないかな」

 そう答えると、宗次郎は『うーん』と唸ってからこめかみに手を当てて考え込んだ。
 僕の事なのに、真剣に考えてくれているようだ。

「伊織はデイサービスとか、今の仕事みたいなのが好き?」
「……できれば高齢者に関われる仕事がしたいけど、元々ばあちゃんのことと両立出来るってことが一番の条件だったから」

 僕はまさか宗次郎が本当に真剣に仕事の件を考えてくれているなんて思っていなかったから、続けて返ってきた次の言葉にとても驚いた。

 嘘だろ……。



 

 





 

 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました

くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。 特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。 毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。 そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。 無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

処理中です...