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37. グッドネイバーズに二人で
しおりを挟む僕はあまり車には詳しくないけれど、宗次郎の車はSUVという種類らしい。
車を知らない僕でもカッコいいなと思う車だったから、隣に乗るのは少しドキドキした。
「寒くない? 寒かったら言ってね」
「あ、うん。大丈夫」
そういうことをサラリと聞けるのがチャラ男の名残なのかとか、この車には誰か女の人は乗ったのかなあとか、僕は色々考えていた。
「伊織、車酔いした? 眉間に皺が寄ってるよ」
信号待ちで宗次郎に言われて、僕は素直に答える事にした。
素直に生きる事に決めたんだから、ヤキモチだって妬いていいんだ。
「いや、この車には女の人乗ったのかなあって……。ヤキモチ妬いてた」
「……伊織、ヤキモチ妬いたの?」
「だから、そう言ってるじゃないか」
「えー、嬉しいなぁ! 伊織にヤキモチ妬かれるのは!」
何だか上手くはぐらかされたような気がする。
やっぱり乗ったんだ。
「伊織? いおりー? ねぇ、怒ってるの?」
「はぐらかしたでしょ」
「うっ……。まあ、過去には乗せた……かな。やっぱり嫌?」
「べっつにー……」
僕は本当はそこまで嫉妬するのはおかしいと分かってた。
だって過去は変えようがない。
僕にはそういう経験はないけど……。
過去の宗次郎の相手にヤキモチ妬くなんて不毛だと頭では理解してたんだ。
「じゃあ伊織の好きな車、買おうか?」
「え⁉︎」
「いや、伊織が嫌なら別に車を買い替えてもいいかなぁって」
何を言うんだ、車なんて高いものおいそれと買い替えるなんてダメだ。
「いやいや、そんなのダメだよ! うん! この車、すごくかっこいいから! いいよ! もう気にしてないから!」
「えー、本当に? 俺は伊織の望みなら何でも叶えたいんだからさ。ちゃんと言ってよ? 我慢せずに」
僕はもう嬉しい気持ちと照れる気持ちとで頭がいっぱいになって、過去のことなんてどうでもいいやと思えた。
「これからは、僕だけにしてくれるんでしょ? あ、ハナエさんは良いけど」
「ああ、確かに。ばあちゃんはな」
宗次郎はふふっと笑って、肘置きに乗せた僕の手を握った。
「でも、伊織が初めてだよ。『好きな人』を乗せたのは」
「ふうん……。じゃあ許す」
僕らは本当に馬鹿みたいに、漫画のやり取りのような甘ったるい会話をしていた。
何だかそれが平和で可笑しかった。
グッドネイバー近くの駐車場に車を停めて、僕らは歩いて店に向かった。
この辺りをこんな風に二人で並んで歩くのは初めてで、時折通り過ぎる女の人たちが宗次郎の方を見ては頬を赤らめてコソコソ話していた。
まあ宗次郎は確かに男らしくて、おしゃれだし体つきもいいから目を引くもんね。
僕は多分恋人とは思われてなくて、ひ弱な友人だと思われているだろう。
「はい、伊織」
グッドネイバーのガラス扉を開けて、さりげなく手で押さえてくれる宗次郎は、やっぱりモテるんだと納得した。
「ありがと」
僕がされ慣れないことに御礼を言うと、宗次郎はニッコリと笑った。
そしていつも通りカウンターに近寄って、僕を隣に座らせた。
これはまさに、明と一緒に来てた時に見たチャラ男の宗次郎と女の人の再現だ。
今日はボックス席が多く埋まっていて、カウンターには僕と宗次郎だけだった。
「いらっしゃいませ」
ガチムチ系の人の一見良さそうな店長が、相変わらずの笑顔で声をかけてきた。
「勇気、お前が信じそうにないからちゃんと伊織連れて来たぞ。逃げたりしてないだろ」
「本当だ。高羽さん、コイツ泣いてたからね。高羽さんに嫌われたと思ってさ」
店長がコソッと僕らだけに聞こえるようにして話しかけて来た。
「え……」
「おい! 泣いてはないだろ! 泣いては! 話を盛るのがお前の悪い癖だぞ。もういいよ、余計な事喋んなくて」
慌てた様子の宗次郎を見るに、ほんとに泣いてたのかも知れない。
宗次郎は似合わないくらいに真っ赤な顔をして、自分の注文を告げていた。
「伊織は何にする?」
「んー、入院しててあんまりガッツリ食べてないから。ハンバーグセットで」
僕らは注文を終えて手持ち無沙汰になった。
そうすると、宗次郎がポツリと尋ねてくる。
「ねえ、伊織は明日仕事行くの?」
「それが、上司からとりあえず一週間は休めって言われてて。どうやら一部の利用者に今回のことがどこからか漏れたみたいで」
「そうなんだ……」
「うん。もしかしたら、退職しないといけないかも知れない」
実は、昼間にスマホを買ってすぐに職場に電話を掛けた。
いつから仕事に行ってもいいかどうかを聞こうと思ったからだ。
だけど高齢者のネットワークはすごかった。
鈴木さんが僕を拉致監禁したことがどこからか漏れて、それが利用者間でジワジワと広がっていると言う。
混乱を避けるためには暫く休む方がいい。
「もしも退職したら、伊織は何かしたいことあるの?」
「退職したら……」
僕は看護師の仕事しか知らないから、他にしたい事なんて思いつかない。
それにばあちゃんのこともあるから、できる仕事でかつ好きな仕事を探すのは大変そうだ。
「とりあえず、今はばあちゃんが大変で……。それに合わせてできる仕事しかないかな」
そう答えると、宗次郎は『うーん』と唸ってからこめかみに手を当てて考え込んだ。
僕の事なのに、真剣に考えてくれているようだ。
「伊織はデイサービスとか、今の仕事みたいなのが好き?」
「……できれば高齢者に関われる仕事がしたいけど、元々ばあちゃんのことと両立出来るってことが一番の条件だったから」
僕はまさか宗次郎が本当に真剣に仕事の件を考えてくれているなんて思っていなかったから、続けて返ってきた次の言葉にとても驚いた。
嘘だろ……。
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