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31. 嘘だろ

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「前に鍵を拾ったことあるでしょう? あの時、返す前に合鍵作っておいたの」
「いつ来たんです?」
「これは一年くらい前かな? 鍵を落としたのもそのくらいだったでしょう? いつからか鍵を付け替えられて入れなくなったのよ」

 そうだ、一年くらい前だったか……僕が鍵を落として鈴木さんが拾ってくれた。
 そのあと数ヶ月してから、老朽化しているからって大家さんが全部屋のドアノブごと交換したんだ。

「もう、僕は逃げないんだから刃物は置いてくださいよ」
「ああ、忘れてた。じゃあそこの眠剤飲んでくれる? 三錠でいいから」

 指差された先の机の上には白い粒の薬がシートから出されて中身だけ置いてある。
 ペットボトルの水も横に置いてあるから、それで飲めと言う事だろう。

「何故? 飲んだらどうなるんですか?」
「縛り上げて逃げないようにするだけ。心配しなくても、ちゃんとネットで調べたから痛く無いようにするわ」

 刃物を改めて突きつけてくるから、僕は仕方なく眠剤を口に含み水で流し込んだ。

「眠剤だって、そんなにすぐ効くものじゃないですよ」
「それまで王子と私で話をしましょうよ」

 どうしよう、もうすぐ宗次郎からLIMEが来ちゃう。
 どうにかしないと……。

「鈴木さん、トイレ行きたいです。寝てる間に漏らしたく無いので」
「ちょっと! 私の王子がトイレとか言わないで! 荷物は置いて行ってよ!」
「はい、リュック下ろしていいですか?」
「いいから、早くしてよ!」

 僕はそおっとリュックを下ろしてから、まだ刃物を突きつける鈴木さんに誘導されてトイレに入った。

 鈴木さん、こういうことに本当は慣れてないんだ。
 トイレなんて内側から鍵を閉められるのに。

「宗次郎……」

 僕はお尻のポケットに入れていたスマホを取り出して宗次郎にLIMEしようとするが、既に宗次郎からLIMEが来ていた。
 職場を出てすぐだったから、マナーモードになってて良かった。

『今終わった。どこに迎えに行こうか? 家?』

 時間はついさっきだ。
 とにかく僕は早くLIMEを送ろうとするが、段々と目の前がふわふわしてきた。

「ちょっと! 王子! まだ⁉︎」
「ご、ごめん! お腹痛くなって!」
「はぁ⁉︎    やめてよ! 王子がそんな事言わないで!」
「だからちょっと待ってよ」

 ドアの向こうでブツブツと呟く声が聞こえたが、とりあえず僕はLIMEを送ることに専念する。

『助けて 拉致された 鈴木さんが』

 ここまで打ったところで、目の前がグニャリと曲がって見えた。
 ヤバイ、あの薬即効性のやつだったのか……。

 とにかく送らないと……。
 それから意識が急速に遠のいて身体が弛緩した。
 スマホが手から床へと滑り落ちた。
 そしてガタンとトイレの壁に頭と肩を打ちつける。

「やだ! 何の音⁉︎    王子! 鍵を開けてよ!」

 自分が即効性の薬飲ませといて……、こんなの本当にトイレだったとしても無理だよ……。

「宗次郎……助けて……」
「王子! 開けなさいよ! ねえ!」

 遠くの方で鈴木さんが喚く声が聞こえてきたけれど、僕は抗えない睡魔に襲われた。
 壁に寄りかかって立っていたけど、そのうちガクッと膝から崩れ落ちた。

 もうだめだ……。

 次に目が覚めた時には、見た事のないトイレが目の前にあって僕はすごく驚いた。

 足が痺れて感覚がない。
 狭い空間に座り込んでいたから、折り曲げられた足に痺れがきている。
 段々と感覚が無いのがピリピリした不快な痛みに変わってきた時、僕は意識がはっきりしてきた。

 床に落ちたスマホは画面が割れて操作できない。
 LIMEを開くことも出来ない。
 でも、何とか今の時間は確認できた。
 今は夜中の三時過ぎ。

 トイレの外からはもう鈴木さんの声は聞こえない。

 ゆっくり立ち上がった僕はそおっと鍵を開けた。
 まだ少しクラクラするけど、動けないほどじゃあない。
 ただ、吐き気が凄い。

 鈴木さんが居たらすぐに閉められるように鍵に指を添えていた。

 カチャ……。
 音は小さいはずなのに、僕にはとても大きく響いたように聞こえた。

 鈴木さんの気配はない。
 ゆっくりドアノブを回してトイレのドアを開ける。
 ギィ……。
 慎重に外の様子を伺うと、トイレの外は真っ暗だ。

 鈴木さんはどうしたんだろう?
 僕はそっと身体を廊下に出してみる。
 奥の部屋も真っ暗で、よく耳を澄ませてみたら寝息のような音が聞こえた。

 寝てるのか? 嘘でしょ……。

 僕はとりあえず作戦を考える。
 何とか画面がバリバリのスマホはポケットに入れて、その時手に破片が刺さって痛かったけれどそれどころではない。

 トイレの左手には恐らく鈴木さんの寝ている部屋、右手には玄関の扉。

 暗くて見えにくいが、トイレの明かりで見えるには玄関の扉は鍵とチェーンがかかっているようだ。
 何故か寝ている鈴木さんが起きないように、急いで外に出たら何とかなるかも知れない。

 僕は意を決してトイレから足を踏み出した。
 
 

 

 
 







 
 

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