上 下
31 / 40

31. 懐かしい侯爵邸ですわね

しおりを挟む

 白狼に変身したアドリエンヌはさっさと王太子との悪縁を切ってしまいたいと、伯爵領から王都にほど近い侯爵領へと懸命に走った。

 吸血鬼であるアドリエンヌは疲れることはなく、ただ物凄い速さで人気のない草原を走り抜けて行った。

 侯爵領に着いたときには、久しぶりの領地にホッと息を吐いた。
 侯爵邸の前まで来ると、護衛が二人閉め切った門の前で立っていた。
 護衛たちはこの美しい紅目の白狼が、侯爵家の令嬢アドリエンヌだと知っていたからすぐに門を開けたのだった。

 そうして庭園を駆け抜けて邸の玄関まで着いたとき、今では懐かしい邸の雰囲気にアドリエンヌは感慨深い気持ちを抑えていた。
 
――ウォーン……

 アドリエンヌが狼の鳴き声を上げると、暫くして玄関の扉が開いた。
 そして侯爵と夫人が狼のアドリエンヌを出迎えて、挨拶もそこそこにアドリエンヌはたちまち自室へと入り変身を解いた。

「はあ……。久しぶりの我が家と部屋はやはり落ち着くわね。」

 裸身のまま部屋の中を歩いて、やがて一人で簡単に身につけれられるワンピースに着替えたアドリエンヌは、両親の待つサロンへと向かった。



「お母様!お元気でしたか?先日の婚約の際にお父様には会えたのだけれど、お母様にはお久しぶりですわね。」
「アドリエンヌ!ああ、良かったわね。アレックス様が受け入れてくださったのね。やはり貴女の必死な熱意に負けたのよ。幸せになるのよ。」

 久々に会った夫人は数ヶ月前に会った時と変わらず明るかったが、アドリエンヌはどこか懐かしい気持ちになって思わず涙を浮かべた。

「まあ、何故泣くの?泣かないでアドリエンヌ。」
「嬉しいのです。私は皆に愛されているから。両親にも、フルノー伯爵家の方々にも、アレックス様にも。とても幸せなのですわ。」

 女二人の再会を邪魔しないでおこうと傍でじっとしていた侯爵が、そこでやっと口を開いた。

「アドリエンヌ、明日王城へ向かうつもりだが大丈夫か?」
「勿論ですわ。それにしてもお父様。随分と侯爵領内に人が増えたのですね。新しい家もたくさん建てているし。」
「ああ、他国からの移民だよ。国王がアドリエンヌの婚約破棄の慰謝料代わりに移民の受け入れを緩和してくれたからな。」

 ニヤリと笑う侯爵は、やはり何か企んでいる様子である。

「お父様、同胞を伯爵領に送り込んだり侯爵領に移民を受け入れたり……何を企んでおいでですの?」
「別に何も。同胞を送ったのは単に適した人材が同胞だったというだけだ。移民の受け入れは以前から考えていたが手続きが雑多で面倒だったから先延ばしにしていたんだ。タイミングが良かったから、だ。」

 しらを切る侯爵を問い詰めても、きっと答えてはくれないだろうと思ったのか、アドリエンヌはそれ以上聞くことをやめた。

「とにかく、明日は王太子殿下のでも聞きに行きましょう。本当に最後まで迷惑なお方ですわね。」
「今日はよく休め。また明日、アドリエンヌ。」
「部屋の寝具は整えてあるから、ゆっくり休みなさいね。おやすみ、アドリエンヌ。」

 両親の優しさにまた涙が浮かびそうになったアドリエンヌは、懐かしい自室へと戻った。

「最近どうしてか涙もろくなってしまったわ。」

 そんなことを言っていると羽ばたきの音が聞こえ、窓をコツンと叩いたのは梟のヘルメスだった。

「ヘルメス、最近は移動が多くてごめんなさいね。今日は久しぶりに一緒に寝ましょう。」

 ヘルメスはクルクルと首を動かして可愛らしい瞳でアドリエンヌを見つめている。
 アドリエンヌはヘルメスを撫でてやり、侍女を呼んで湯浴みをした。

 使用人の少ない伯爵家では自分で出来ることは自らすることも多かったが、今日は手早く済ませて明日に備えなければならなかったので懐かしい顔ぶれの侍女達に世話をしてもらったのであった。

 そうして懐かしい寝台に横になりすぐに寝息をたて始めたアドリエンヌを、ヘルメスはヘッドボードに乗ってクルクルと頭を回しながら見つめていた。


 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

リス獣人のお医者さまは番の子どもの父になりたい!

能登原あめ
恋愛
* R15はほんのり、ラブコメです。 「先生、私赤ちゃんができたみたいなんです!」  診察室に入ってきた小柄な人間の女の子リーズはとてもいい匂いがした。  せっかく番が見つかったのにリス獣人のジャノは残念でたまらない。 「診察室にお相手を呼んでも大丈夫ですよ」 「相手? いません! つまり、神様が私に赤ちゃんを授けてくださったんです」 * 全4話+おまけ小話未定。  * 本編にRシーンはほぼありませんが、小話追加する際はレーディングが変わる可能性があります。 * 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~

春野こもも
恋愛
わたくしの名前はエルザ=フォーゲル、16才でございます。 6才の時に初めて顔をあわせた婚約者のレオンハルト殿下に「こんな醜女と結婚するなんて嫌だ! 僕は大きくなったら好きな人と結婚したい!」と言われてしまいました。そんな殿下に憤慨する家族と使用人。 14歳の春、学園に転入してきた男爵令嬢と2人で、人目もはばからず仲良く歩くレオンハルト殿下。再び憤慨するわたくしの愛する家族や使用人の心の安寧のために、エルザは円満な婚約解消を目指します。そのために作成したのは「婚約破棄承諾書」。殿下と男爵令嬢、お二人に愛を育んでいただくためにも、後はレオンハルト殿下の署名さえいただければみんな幸せ婚約破棄が成立します! 前編・後編の全2話です。残酷描写は保険です。 【小説家になろうデイリーランキング1位いただきました――2019/6/17】

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ

紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか? 何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。 12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...