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40. ワルター玉砕
しおりを挟む場所を変えようというガーランの提案に、アルフ様は自分達が泊まっている宿を告げた。すると、あっという間に一行は私達の部屋のサロンへと移動していて、そこには驚いた顔のレンカも居た。
「やぁ、レンカ。久しぶりだね」
「妖精王ガーラン様。お久しぶりでございます」
「いつもミーナを助けてくれてありがとう」
二人の親しげなその様子に呆気に取られていたが、そういえば……と斜め上を見る。以前は手を繋いで目を閉じて、少し時間がかかってから移動していたような気がするのに、どうして今回はこんなに一瞬で、しかも手を繋がずに移動できたのだろうか。
「ねぇ、ガーラン……。つかぬことを聞くんだけれど、前は目を閉じて手を繋いでないと移動出来なかったじゃない? どうして今は何もせずに移動出来たの?」
「う……っ! しまったなぁ。つい普通にやっちゃった。ワルター、僕にちゃんと注意してよ」
「いや、ガーラン様があっという間にやっちまうから……」
慌てた後にワルターに向かって口を尖らせるガーランと、ガーランに言われて言い訳をするワルターも、何となく私の知らない関係性があるのだと感じた。
「ごめん、僕の可愛いミーナと手を繋いでいたくて。本当は移動するくらい、手を繋ぐ必要も無かったし、一瞬で移動出来るんだけど。でも、それはワルターだって……」
「ガーラン様!」
ガーランの答えをかき消すように遮ったワルターは頬を真っ赤にして、怒っているような焦っているようなそんな複雑な表情をしている。
「申し訳ないが、近々エリザベートは私の妻になる。いくら妖精王とはいえ、今後は軽率に手を繋いだり、抱擁したり、頬に口づけなどしないでいただきたいものだ」
未だ私をその腕に抱いて離そうとしないアルフ様は、鋭い声でそう告げた。それに対してワルターはグッと喉を詰まらせたようだし、ガーランは相変わらず何を考えているのか分からない飄々とした笑みを浮かべていた。
「まぁまぁ、アルフレート。ワルターはともかく、僕はいいじゃないか。何てったって可愛いミーナの実のおじいさまなんだから」
ガーランの一言は一瞬で場の空気が静まり返らせた。驚いていないのは、先ほど既に真実を聞いていた私と、ワルター、そしてレンカだけで。見上げてみたら、アルフ様は目を大きく見開いてガーランを凝視しているし、軍人の三人は壁際で控えているものの顔が青褪めている。そしてレネ様は……。
「はあぁぁぁぁっ⁉︎ まさか! 妖精王が王女殿下の祖父⁉︎」
侍女の着るような可憐なワンピースを身につけているのに、やはり軍人としての逞しいレネ様が隠せないのか、派手に驚きを表してらっしゃる。
「という事は、あのアルント王国の国王が妖精の血筋を引いているとは思えないからな。白の王妃の方……か?」
そう独りごちたアルフ様が腕の中の私の方をチラリと見て、それから再びガーランの方へと強い眼差しを向ける。
ガーランが私の実の祖父だと知っても、強く抱きすくめたまま警戒を解いてくださらないのはどうしてかしら。
「うん。僕の娘コルネリアがね、ある日僕と喧嘩をした後に家出をしちゃって。やっとの事で見つけた時にはアルント王国の王妃なんかになってるし、いつの間にか可愛い孫のミーナ……エリザベートを産んでいて。結局僕とは仲直り出来ないまま死んじゃったんだ」
お母様の事を思い出すと、自然と涙が滲んでしまう。私にとってお母様のいた頃の別棟での暮らしは幸せだった。いつの間にかあの場所は思い出の場所でもあり、私を閉じ込める監獄になってしまったけれど。
「しかし、何故今になって……?」
「コルネリアったらね、僕がゼラニウムの匂いが大っ嫌いだって分かってて、自分の居た所にたくさん植えていたらしいよ。余程国王の事を愛していたんだろうね。僕が連れ戻しに来れないように、いっぱい植えていたんだ」
ゼラニウムの話をする時に悲しげに笑っていたお母様。「ゼラニウムが私とエリザベートを守ってくれるわ。あの人はゼラニウムの香りが嫌いだから」と。『あの人』というのは、お母様の父親である妖精王ガーランの事だったのね。
「だからコルネリアの気持ちを重んじて、僕はソフィーだけを向かわせた。ソフィーはコルネリアの仲の良い乳姉妹だったからね。コルネリアも、僕が連れ戻しに行くのを諦めたのだと分かってホッとしただろう」
確かにお母様と私の乳母にもなってくれたソフィーはとても仲が良かったし、誰も知った人が居ないよりはお母様も心強かったろう。
「だけど、やはりあの時連れ戻すべきだった。僕が呑気にコルネリア達の幸せを願っている時に、当のコルネリアはあの女に殺されてしまったのだから」
そこで初めて、祖父であるガーランの顔が怒りと悲しみに歪むのを見た。ハッと息を呑んだアルフ様も私の方を気遣うように見てから、眦の涙を拭ってくださった。
「ま、どちらにせよ僕はエリザベートがあのゼラニウムだらけの別棟で暮らす事を望むのならば、ミーナとして外に出た時にちょこっと会うだけでもいいと思っていたんだ。ワルターに頼んでね」
いつになく真面目な顔をしたワルターは、ずっと黙って私の方を見つめている。茶色の瞳には、緊張と固い決意のようなものが見えた。いつも笑いかけてくれるその唇が、僅かに震えて言葉を紡ぐ。
「ごめんな、ミーナ。ずっと黙ってて。でも、俺はいつもお前を必ず幸せにしてやりたいって……。お前の幸せを……願ってた」
ねぇ、ワルター。そんな風に泣き笑いのような顔をするのは何故?
「貴方がいつも……まるで兄のように私の幸せを願って、大切に思っていてくれた事は、とても感謝しているのよ。ワルターが居なければ、私はきっと孤独で……生きていられなかった」
「そうか……それは良かった。今はアルフレート将軍と居て、幸せなんだろ?」
「ええ、幸せよ。いつも心配してくれてありがとう、ワルター」
私がそう告げると、ワルターは納得したようにやっと嬉しそうな心からの笑みを見せてくれた。嬉しくて私がアルフ様の方を見上げると、アルフ様もこちらを見下ろして口元を緩ませてくださる。
「それで、何故今更名乗りを上げようと?」
やがて視線を上げたアルフ様は、ガーランに問うた。確かに、今までのまま旅芸人の奇術師ガーランとして接するのでも良かった気がするけれど。
「だってさ、突然現れたアルフレートっていう伏兵が、ゼラニウムだらけのあそこから突然その子を連れ出した。それならやっぱり守ってやりたくなるのが祖父心ってものでしょ」
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