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31. しばしミーナとお別れ

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 今宵の舞台も大成功に終わり、限られた残りの時間で仲間達へ謝った。近頃ちっとも舞台に参加出来ず申し訳ないと。けれど皆朗らかな笑顔で返してくれる。

「ミーナが居ないと、そりゃあ観客はちょっとがっかりするかも知れないが。それでも俺達は俺達の出来る舞台をするだけだ」

 褐色の肌をしたジャンは、逞しい筋肉に包まれた身体を揺らして笑う。

「そうよぉ! ミーナが居ない間に、私が歌姫の地位を掻っ攫っちゃおうかしらん」

 同じく褐色の肌をした、女らしい出立ちと態度のセシルはクネクネと身体を捩らせながらこちらに向けてパチリと片目を瞑る。

「お前はそもそも男だから歌姫っていうのは間違いだろうが!」
「んまぁっ! ジャンったらひどいわね!」

 異国の珍しい楽器演奏とエキゾチックな踊りを見せるのが芸の、息の合った二人はおどけながらもそうやって私を励ましてくれた。私がここに来ればそんな二人の他にも、芸人の仲間達が笑顔で迎えてくれる。

「ここは訳ありの芸人ばかりが座長のもとに集まってて、それがある意味個性のグラフ一座だから。ミーナも気にしなくていいと思うよ」

 そのような事を口々に伝えてくれる仲間の気持ちに、堪えきれずに目頭が熱くなった。

「ありがとう。また暫くの間来れないと思うけれど、また皆と舞台に立てるようにするわ」

 こんな仲間達でさえ、ベールの下の私の顔は知らない。勿論私がアルント王国の王女だという事も。それでも気安い彼らは謎の歌姫ミーナを好いてくれている。そこには確かに信頼関係があった。

「ミーナ、そろそろ帰らないと」
「そうね、じゃあ皆また」

 いつもの通りガーランの力で垣根のトンネルへ戻り、そこで近々旅行に出掛けることを伝えた。

「はぁ? 婚前旅行だって? 帝国にはおかしな文化があるんだな」
「しかしこのタイミングでっていうのは、何か意図的なものを感じるけど」

 二人の反応はまちまちで、特にガーランは珍しく顎に手を当てて考え込むような仕草を見せた。私と同じ銀髪のガーランは伏せた長いまつ毛も銀色で、その奥にある青い瞳が何を思っているのかは相変わらず分からない。

「ガーラン、何か気になる事があるの?」
「いや、ミーナは帝国の皇帝にも愛されているらしいと思ってね。近々アルント王国からドロテア王女が訪れる予定だから、旅行はその時にミーナがこの場所から離れているようにとの配慮なんだろう。あの王女は性格が悪いから、城にいればミーナに会わせろと言って嫌味の一つでも言うだろうからね」
「ドロテアが……?」
「どうやらメイロン国の第三王子と婚約が決まったそうだよ。アルント王国は帝国の服属国だからね、王子と二人揃って挨拶に訪れるのだろう」

 私がここに来て、まだそう日にちは経っていない。あまりにも突然のドロテア婚約話に驚いてしまう。そもそもドロテアはアルフ様の事を熱烈に想っていたから、メイロン国の第三王子と婚約をしたなんて事を、まだ信じられなかった。

「メイロン国は未だに国交をあまり開きたがらない謎めいた国だからな。どこかに旨味があったからこそ、アルント国王は婚約を交わしたんだろうけど。いくら第三王子とはいえ、あんな性格の悪いドロテアなんかを貰って可哀想にな」
「決して国王になれない第三王子だからこそ、将来は女王となるドロテア王女の王配となり、アルント王国を支配出来る方がいいと考えたんだろう」
「アルント王国ももうお終いだな。あのドロテアが女王になれば、国外に逃げ出す民も多いだろうよ」

 ワルターは私の事を心配しているからこそ、ドロテア達の事を嫌っている。ドロテアの名を聞くと苛立ちを隠せない乳兄妹の腕に、そっと手を添えた。

「ワルター、私は大丈夫よ。だからそう怒らないで」
「だけど……っ! ミーナがされてきた事を思えば、俺はアルント王国の王族なんて大っ嫌いなんだよ」
「ええ、ありがとう。でもまた暫くワルター達にも会えないのだから、笑った顔で別れたいわ」
「う……っ、分かったよ。悪かった」

 ワルターとガーランにもう一度礼を告げて、ヴァイスでまた連絡をするからと約束をした。ガーランは私の頭頂部に「お守りだよ」とキスを落としたし、ワルターはぎゅっと手を握って真剣な顔で注意を言い聞かせて来る。

「気をつけて行くんだよ、愛しいミーナ。僕も君の旅の安全を祈っている」
「いくら婚前旅行だからって、将軍が変な事しようとしてきたら殴っちゃえよ!」

 全く違うタイプの二人は、それぞれが私の事を心から心配してくれているのだとひしひしと感じ取れた。ガーランの奇術で光の粒に覆われた二人が消えてしまうのを見届けて、垣根から顔を出す。

「エリザベート様……!」
「ごめんね、レンカ。待たせたわね」
「いえ、舞台はどうでしたか? 皆と話は出来ました?」
「ええ、きちんと出来たわ。これで心置きなく旅行に出掛けられると思う」
「それはようございました。さ、お部屋に帰りましょう」

 少しの間、歌姫ミーナとしての私とはお別れだけれど、心の内ではずっとこの国とアルント王国の民を思うわ。

 婚前旅行というものがどういうものなのか、アルント王国出身の私には分からなかったけれど、いつもより長くアルフ様と居られるという事はとても嬉しかった。

 それがまさかあんな事になるなんて、この時は全く思いもしなかったから……。

 

 

 
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