政略結婚だと思っていたのに、将軍閣下は歌姫兼業王女を溺愛してきます

蓮恭

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27. やっと思い通じ合う

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 ガウンを羽織った私は、まだ寝台の上から動くなとレンカに言い付けられ、はしたないと思いながらもそのままアルフ様を迎えた。広々とした寝台の縁に腰かけて。

「エリザベート! もう大丈夫なのですか?」
「申し訳……ありません。……突然の事で……驚いてしまって」
「まさか倒れるほどの衝撃だとは思いもよらず。余程私は貴女に辛い思いをさせてしまったようだ……」

 私が腰掛けた寝台のそばまで早足で近寄ったアルフ様は、ある一定の距離で立ち止まると、そのまま視線を足元のラグに向ける。立派な体躯をお持ちなのにすっかりしょんぼりとしたようなその雰囲気に、私はこの方のまだ知らない色々な面を知りたいと思った。

「アルフ様、お顔を……お上げください」
「私の気持ちは、迷惑でしたか? 一介の軍人でありながら一国の王女である貴女に心を奪われた私など、無礼な不届き者だとお思いですか?」

 この方は、全く分かってらっしゃらない。けれどそれは私も同じね。きちんと伝えていないのだから、分かるはずもない。

「迷惑では……ありません。……無礼な……不届き者だとも……思った事は……ありません」

 けれどアルフ様は私に伝えてくださった。真正面からぶつかるように。だから今度は私が応える番ね。こんなにも自分を奮い立たせたのは、ミーナとしての初舞台以来。拳を握り、震える声で気持ちを伝えた。

「私も同じ頃から……アルフ様の事を……お慕い……しておりました」

 少し離れた場所に立つアルフ様の喉がゴクリと鳴ったのが聞こえて、自分だけが緊張しているわけではないのだと分かり、じわじわと滲み出るように勇気が出た。もう一言、きちんと伝えたい。

「愛して……しまったのです……貴方を」

 それは、一瞬の事だった。

 目の前にパッと黒いものが広がったと思ったら、いつかのあの日に肩から掛けて下さった軍服の香りがした。涼やかで男性らしいスモーキーな香水。

「聞き間違えなどで無ければ、貴女は今……私の事を愛していると、そう告げたのだろうか?」

 身体をぎゅっと強く抱きすくめられ、耳元では私の好きな低く甘い声がした。今私の身体を包むのはアルフ様自身なのだと自覚すると、とたんに恥ずかしくなって思わず身体を固くする。

「……エリザベート、どうなんだ?」
「は、はい……。愛して……おります」

 じっと答えないでいると再び耳元近くで問われ、今度こそ何とか声を絞り出す。吐息が掛かるほどの距離に、もうまともな判断など出来るわけもなく、ただ聞かれた事を素直に答えてしまっていた。

「これは、まさか夢では無いだろうな。陛下にあんまり多くの仕事を与えられた時には、時々疲れて悪夢を見るが……」
「夢では……ありません」

 そう言って、恐る恐る自らの手を逞しい背中へとそおっと回す。私には無い硬い筋肉に覆われた背中に触れると、頼り甲斐があってとても安心出来た。

 そのまま暫くの間じっとしていた私達は、やがてアルフ様の身体がそっと離れた事で再び時が動き始める。何だか離れ難く感じて、名残り惜しむように密かにそっと残り香を吸い込んだ。

「ずっとこうしていたいと思ってしまったが、あまり長く触れていると自制が出来なくなりそうだ」

 思わぬアルフ様の情熱的な言葉に、頬がカアッと熱くなる。私の方こそ匂いを嗅いだりして、はしたない真似をしてしまったのに。

「しかし、きちんと誤解が解けて本当に良かった。私とした事が、肝心な言葉を言わずにいた癖に伝わっているだろうと過信してしまった。いや、違うな。照れ臭くてとても口に出来なかった。申し訳ない」
「あの……! 私の方こそ……アルフ様がのように……素敵な方が……求めて下さっているなんて……信じられなくて……」
「私はただの不器用な軍人です。素敵な方だとおっしゃって貰える事は光栄だが、貴女に気持ちを上手く伝える事すら出来ないつまらない男なのです」
「そんな事……っ、ありません! 私は……アルフ様の……妻となれる事が……幸せです」

 そんな事、あるはずがないと目を背けてきたのだ。一歩足を踏み出す事で傷つくのが怖くて、逃げていたところもあって。

 アルフ様は私の勇気を出して伝えた言葉に、大きく頷いて下さった。そしてふわっと私の片頬に手を伸ばすと、武人らしい手で優しく触れる。決して柔らかくはないその掌は、国の英雄として戦ってきた印だろう。

「これからは誤解の無いよう、思った事をきちんと口にする事をここに誓おう。だから貴女も、どうか私に伝えたい事があれば遠慮せず何でも言って欲しい」
「分かりました……ありがとうございます……アルフ様」

 言い終わると同時に、私の額に柔らかな感触が触れる。それがアルフ様からの口づけなのだと分かった時には、全身が一度に熱くなってしまう心持ちがした。

「また次の機会には、その唇に口づけを落とさせてください」

 すぐ近くでやんわりと私にだけ向けて微笑んだお顔を見れば、コクコクと素早く頷くくらいしか出来なかった。

「では、まだ公務が残っていますので。私は戻ります」
「は、はい……っ。ありがとう……ございました」

 再びゆっくりと離れていくお顔を、つい名残惜しそうに見つめてしまう。この方が、私の夫となるなんて何かの間違いでは無いのかしら。それに、これから私の心臓はちゃんと持つのか心配になってきたわ。

 アルフ様が退出なされた後も暫くぼうっとしていた私は、後から入って来た侍医から「コルセットは無理に締め過ぎないように」と苦笑いと共に諫言を貰ってしまった。


 

 

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