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20. アルフ様の隣

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 銀髪の美丈夫ガーランの奇術は本当に不思議で、あっという間に城の庭園の隅にある垣根トンネルから舞台袖のテントまで移動できる。

「もしかしたら他所の国に未だ少数だけ居るという、魔法使いなんじゃないかしら」
「え? 何ですか?」

 毎日の日課になった庭園の散歩で、考えていた事を思わず小さな声で口にしてしまう。それを一緒に歩いていたレンカは耳ざとく聞きつけ、好奇心丸出しの表情で聞き返した。

「ガーランの事よ」
「ああ、美しく幻想的な芸を見せる奇術師ですね。あの見目の良さと奇術の素晴らしさは、民達にも評判ですよ」

 ガーランのお陰であの日以降、一度も見つかる事なくミーナとして舞台に立てている。それに関してはとても感謝しているけれど、ガーランは人との距離を測るのが苦手なようで。その辺も踏まえて、異国の人なのかも知れないと思ったのだった。

「けれど、ガーランはとても私に……何というか、馴れ馴れしくて。私、殿方とあまり接した事が無いから分からないのだけれど、あれが普通なのかしら」

 何かにつけて私に絡んでくるガーランは、すぐに私に触れようとするし、「可愛い」だとか「愛しい」だとかそのような事を何度も口にする。その度にワルターに睨まれているけれど、座長であるワルターもガーランには何故か強く出られないようだし。

「普通ではないでしょうね。少し距離が近過ぎるかと思います。他の方があのように接してきた場合は……必ずや、毅然とした態度で接しなくてはなりませんよ」
「ガーランならいいの?」
「……あの方に対しては、エリザベート様がどんなに毅然とした態度で接しようが、効果があるとは思えませんもの」
「そうね、あの人は皆に対してそうなのだわ。やはりガーランは異国の魔法使いか何かなのよ」
「ふふっ、そうですね。もしかすると、そうかも知れません」

 庭園の中程にある噴水から城の廊下の方へと目をやった時、アルフ様の姿を見つけて思わず動きを止めた。公務の途中のアルフ様は相変わらず凛々しい軍服姿で、何人かの部下を引き連れてどこかへ移動しているようだ。

「あら、あれは……閣下ですね。会議か何かあるのでしょうか」

 私の視線の先に気づいたレンカがそう口にした時、突然胸が鷲掴みにされるような気がして、息苦しくなった。

 アルフ様に対してとても親しげにされている、あの女性軍人の方……、どなたかしら?

 普段ならばあまり表情が変化しないアルフ様も、その方に向けて柔らかな表情や怒ったような表情を見せているのが、遠く離れたこちらからでも見てとれる。女性らしいフリルのついた軍服に身を包むのは、顎のラインで切り揃えられたプラチナブロンドが眩しい方。

「珍しいですね、閣下があのようなお顔をするなんて。あの方は、どなたでしょう?」
「さぁ……。お顔立ちのとても可愛らしい方ね。軍人のお二人があんな風に並んで歩くと、とてもお似合いだわ」

 普段ならば決してこのような卑屈な言い方はしないのに。何故か体の中心にズクズクと刃が突き立てられているような感覚で、感じたことの無い鋭い痛みを伴った。

「……っ!」

 毅然と前を向いて歩くアルフ様は、庭園から覗き見ている私には気付いていない。けれど、その隣を歩く女性はこちらを向いて一瞬驚いたような顔をしたと思えば、その愛くるしい顔に挑戦的な笑みを浮かべた。

「うわぁ……あの方、お顔は愛くるしいですけれど性格はきっとひん曲がってますよ。こちらに気付いていながら、閣下の婚約者であるエリザベート様を挑発するなんて」

 そばかすの乗った頬を紅潮させて、レンカはまた嘆くような事を言う。そして私の手を取り、廊下から見えない場所へ向かってズンズンと歩き始める。私はレンカに連れられながら、先程の光景を思い出していた。

 あの方、きっとアルフ様の事を心からお慕いしているのよね。だから形ばかりとはいえ、婚約者である私に怒っているんだわ。

 アルフ様は帝国の英雄で、恋焦がれる令嬢も多いと聞いていた。そんな事はじめから分かっていたのに、何故か今とても胸が苦しい。

 政略結婚の相手である自分を、尊重して大切にしてくれるアルフ様の優しさを知ってしまったから。その優しさや眼差しが他の方へ向かうのが許せないなんて、私は何て狭量になってしまったのだろうか。

 その後庭園の隅に場所を借りて植え替えたゼラニウムを見に行ったけれど、懐かしいその爽やかな香りに包まれても私の気持ちは晴れなかった。近くにあるガゼボで休もうと、ベンチに腰掛けたところで声を掛けられる。

「こんにちは、エリザベート・フランツィスカ・アルント王女殿下」



 



 
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