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17. 銀髪の奇術師ガーランとの出会い

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 それからの毎日は特に私に役目が与えられる訳でもなく、婚儀の為の衣装の採寸や仕立てを行ったり、刺繍や読書をして過ごしていた。あとは時々アルフ様が部屋を訪れて少しお話ししたりする程度で、私とレンカはのんびりとした日々を過ごしている。

 これも、私の世話をする侍女はレンカだけにして欲しいと、唯一の我儘を言ったお陰でもあるのだけれど。

 貴族の令嬢でさえ複数の侍女が身の回りの世話をするのが普通だというのに、王女である私は自分の事はほとんど自分で出来るし、見知らぬ人間がそばに居ると地声でレンカとも話せないという事もあって何とかお願いして許してもらった。

 そしてここに来て分かった事は、帝国の皇帝というのは本当に多忙だという事。アルント王国では飄々として掴みどころの無い雰囲気すらあったコンラート皇帝陛下も、ひとたび帝国に帰れば膨大な公務を日々着実にこなしてらっしゃる。そして、その右腕となっているのがアルフ様だった。必然的にアルフ様もとてもお忙しい方なのだとひしひしと感じ取れる。

 アルント王国だけを治めるお父様と比べたら、やはり帝国ともなるとその重圧は相当なものよね。そんな方の奥方として屋敷の中の事を切り盛りしていく事は大変だろうけど、やっていくしかないわ。

「あ、エリザベート様! ヴァイスですよ」

 辺りが暗くなる頃、私に与えられた居室の広いバルコニーに降り立つのは真っ白な鳥。尾が長く、美しい羽は真っ白で。私がこの帝国に着いた翌日から、ヴァイスと名付けられたこの鳥は、ワルターと私の手紙のやり取りを手伝ってくれている。

「ワルターは何と?」
「今宵、いつもの時間にワルターが私を迎えに庭園の外れにあるガゼボへ来ると書いてあるわ」
「良かったですね、エリザベート様! やっとこのクニューベル帝国で、ミーナとして歌える日が来たのですよ!」
「ええ、そうね。でも、本当に大丈夫かしら?」
「きっと大丈夫ですよ。その為にこれまで私と二人であの庭園を散々探索したんじゃないですか。夜にエリザベート様が庭園に出るのも、月へお祈りする為だと印象付けてありますし、平気ですよ」

 そう、ここ最近毎日のように夜に庭園に出ては月に祈りを捧げるという事を行ってきた。はじめは庭園を警備する者たちも不審に思って声を掛けてきたりしたけれど、「月へのお祈りは、故国と亡くなった前王妃を思って毎日している事なのです」と伝えると、そのうち申し送りがなされたのか何も聞かれなくなった。

 流石に歌姫の衣装では庭園に出る事は出来ないけれど、昼間のうちに衣装だけをガゼボの近くに隠しておいた。帝国の城は、外からの侵入を絶対に許さないという風に出来ているから、案外広大な庭園や城内の警備は手薄な場所もあるのだ。まさか賓客である私が城外へ抜け出すとは誰も思いもよらないだろうし。

 その夜、暗い庭園内をなるべく動きやすいドレスを着た私とレンカは警備の目を掻い潜って進み、件のガゼボへと到着する。いくらこんな所でもワルターがどうやって入り込めるのかは不思議だったけれど、とにかく私はワルターを信じて待つ。

「ミーナ……ミーナ!」

 どこからともなく久しぶりに聞くワルターの声がして、私とレンカはキョロキョロと辺りを見回した。するとガゼボの奥にある茂みの中から、ワルターが顔を飛び出してこちらへ手招きしている。

「ワルター! 久しぶりね!」
「うん。とりあえず着替えは持ったままで、付いてきて」
「分かったわ」

 レンカにはここで待つように伝えて、私はワルターに促されるまま茂みの中へ身体をねじ込ませた。柔らかな葉が多く生い茂る垣根のようなものにすっぽりと身体が入り込むと、その奥は不思議と人一人が平気で立てるくらいの垣根で出来たトンネルのようになっている。そこで見た事のない美丈夫が立っているのが見えた。

「やぁ、君がミーナ……かな?」

 その人の持つ長い銀の髪は、暗いトンネルの中でも月の光が窓から射し込む時の銀糸のような輝きで。歳の頃は三十を数えるアルフ様と同じくらいに見える。

「ワルター、この方は?」
「えーっと、この人は……」

 ワルターが答えるより先に、背が高くスラリとした体躯の男性はいつの間にか私のすぐそばまで近付いていて。その顔を見上げると、アルフ様の凛々しさとはまた違った中性的な美しい造形に驚く。

「僕の名はガーラン。グラフ一座で奇術を披露する事になった男だよ。よろしくね」
「そうなのですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「君の銀の髪もとても素晴らしいね。僕も銀髪だけど、君の髪はしなやかでとても美しい」

 私の髪に触れながらそう語るガーランは、初対面にしては少し馴れ馴れしい気もしたけれど、ワルターが選んだ人ならば悪い人では無いのだろう。

「ガーランさん、ミーナが驚いてますよ。ほら、早く行きましょう」

 ワルターの少し不機嫌な声がガーランに向けられると、私の髪から手を離したガーランは肩をすくめて苦笑いを浮かべた。

「分かったよ、ワルター。初対面の挨拶だから、ちょっと気合が入り過ぎたね。さぁ、僕達の舞台へ行こうか」
「ミーナ、ガーランさんの手を握って目を閉じて」

 左手でガーランの手を握って、もう片方を私に差し出してくるワルターにそう言われ、訳が分からないまま左手でワルターの手を掴み、右手はガーランの左手を掴んだ。ワルターの手は相変わらず温かくて、ガーランの手は少しひやりとしている。私達は丸く円を描くような形で手を繋ぎ合い、やがてそっと目を閉じた。

「いいよ、ミーナ。もう目を開けても」

 ガーランはまるで悪戯っ子のように笑いを堪えたような声でそう告げる。ゆっくりと目を開けたら、そこは見慣れた場所で。先程まで確かに垣根の中のトンネルで居たのに、グラフ一座が舞台袖に立てているテントの中に移動していたのだった。

「え……っ⁉︎ どういうこと? ここって、舞台袖……?」
「そうだよ。実は僕、ちょっとした奇術が使えるんだ。便利でしょ?」
「それにしても……凄いわ。ワルター、凄い人を仲間に入れたのね」

 私が感心したように座長であるワルターにそう言うと、どこか困ったような呆れたような複雑な表情をしていた。

 どういう表情なのかしら? 今宵のワルターは何だかいつもと少し違っている気がする。

「ミーナ、流石にあまり長くは抜け出せないだろう。そろそろ出番が来るから、出来るだけ早く衣装に着替えるんだ」

 ワルターからそう言われ、私は慌てて衣装に着替える事にした。すぐさまテントの隅で着替えたら、ワルターに合図をしてから舞台袖に立つ。

 いよいよクニューベル帝国で初めての舞台。私はシャンと背筋を伸ばして挑む。

 

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