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14. アルフ、と呼ぶように
しおりを挟む私の声を聞いたアルフレート将軍は一度目を大きく開いてから、すぐ真正面の床にサッと跪く。そうして私を見上げて目線に将軍のそれを合わせるようにすると、再びゆっくりと口を開いた。
「皇帝陛下は前々から私に妻を娶るようにと命じておられたのです。しかし私は数多くの人を斬って来た人殺しで、この手はとっくに血濡れ。そのような男が、人並みに妻を娶るなどという事はしてはならないのでは無いかと考えていたのです」
この人も、冷酷で無慈悲な戦狂いの将軍だと呼ばれて苦しい思いをしてきたのね。私が人々から人形姫と呼ばれたように。
「そこで、偶然あなたの話を耳にしました。……失礼ですが、『呪われた声を持つ人形姫』なのだと。勿論、私や陛下はそのような戯言は信じるつもりはありません。しかし私と同じように不名誉な肩書きを持ってしまった貴女に、会ってみたいと思ったのです」
「私……に?」
「はい。それをつい私が陛下の前でふと口にしたばかりに、日頃から妻を娶れと言っていた陛下はエリザベート王女殿下を妻にせよ、と。そう決めてしまったのです」
「では、元々私が……選ばれる……予定で?」
三人の王女の中から選ばれると聞いていたアルフレート将軍の妻は、元々私に決まっていたと言うのか。
「皇帝陛下はとても気まぐれで、そして絶対なのです。私の軽率な言葉から、貴女の気持ちを無視する形でこのような事になってしまい、申し訳なく思っています。どうしても貴女に早く謝罪したくて、ここまで押し掛けてしまいました」
あの飄々とした皇帝陛下は相当癖者に見えた。あれほどの若さで帝国を統べる事ができるのだから、常人では考えつかないような頭のつくりをしているのだろう。アルフレート将軍は元来真面目な方なのだ。私のような者にもこのように真摯に向き合ってくれるのだから。
「謝らないでください……。どうせ……この国で……私の居場所は……この狭い別棟しか……ありませんでした」
それも、いつまでいられたか分からない。お父様がお元気なうちはまだいい。この先お父様が退位なさってドロテアが王配を迎えたら、私はきっとこの場所には居られなかっただろう。
「では、王女殿下はこのような事態を引き起こしてしまった私を、許してくださるのですか?」
将軍は、人形姫と呼ばれる私の事をある意味の同志のようなものだと思って下さったのだわ。それで会ってみたいと口にした。そしてそれが国同士としても都合が良かったから婚姻を結ぶ事になった。この方も皇帝陛下と帝国の為に、私なんかを妻に娶らねばならなくなった気の毒な方。謝る必要など無い。
「はい……。私は……妻として……精一杯……努めます」
「ありがとうございます。私も、貴女が望む事を出来る事ならば全て叶えられるよう努めます。このような男のところへ嫁ぐと言ってくださり、本当にありがとうございます」
そこで初めて、アルフレート将軍は満足げな微笑みを口角に浮かべた。普段の凛とした切長の瞳も少し細められ、整った顔立ちに広げられた優しげな表情に、思わず私も見惚れてしまう。
この方は普段厳しい顔をなさって、本心を隠しておいでだけど、こんな風に優しく笑う事が出来るんだわ。
ミーナである私では無く、人形姫に笑いかけてくれる人なんて片手で数えられる程しかいない。そのせいか、私の胸は向けられた穏やかな笑顔に落ち着かなくなってしまった。
「エリザベート王女殿下のお声は、とても心地よいですね」
「え……っ」
私が必死に作った裏声を、アルフレート将軍は地声だと思っている。そしてその声を褒めてくださった。とても嬉しいようで、けれどやはりこれは私の本来の声では無いのだから少し悲しい。
「どうしてその声が呪われた声だと言われるのか、私には不思議でなりません。お父上である国王陛下の前でさえ口を開くのを許されないとか」
「はい……」
「これからは、クニューベル帝国で貴女の新しい生活が始まります。貴女の声は決して呪われた声などでは無い。できれば今のように普通に私とも話して頂けると嬉しいです」
練習を重ねて何とか出せるようになったこの裏声でさえ、ドロテアやヘルタのような可憐な声とは言い難く、地声の嗄れ声よりはマシだとしても他人には耳障りなのだと思っていた。それなのに、将軍は自分と会話をして欲しいと言う。
「とても……光栄です……閣下」
「閣下などと。貴女はもうすぐ私の妻となるのですから、アルフレートとお呼びください」
あれほど何を考えているのか読めなかった黒曜石のような瞳に、少し光が入ったような気がした。アルフレート将軍は、政略結婚とはいえ私と良好な夫婦関係を築こうとなさっている。とても誠実な人なのだろう。
「アル……フレート……さま」
「呼びにくければアルフ、と」
「アルフ……さま」
私が名を呼べば、アルフ様は今までで一番優しい表情になり、何故かとても嬉しそうにされた。
「ごく親しい者は私の事をアルフと呼ぶのです。貴女も私の妻となるのですから、そう呼んで貰えると嬉しい」
「はい……ありがとうございます」
「では、明日の朝出立の時にまたお迎えに参ります」
すくっと立ち上がったアルフ様は、私が慌てて肩に掛けたままだった上着を手渡すともう一度口元を緩めた。黒曜石のような瞳にじっと見つめられていると居心地が悪く、思わず目を伏せてしまう。先程から頬も熱くなっているのは気のせいだろうか。
「あの……、ありがとうございました」
何とかそれだけ告げるとアルフ様は小さく頷き、颯爽と別棟を去って行った。
「頬が……熱い。慣れない事が続いたから、熱でも出てしまったのかしら」
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