上 下
12 / 55

11. 兄のような存在ワルター

しおりを挟む

 別棟に帰ってから私はレンカに全てを話し、どうにかして城を抜け出してワルターに会うことが出来ないかと相談する。

 ミーナとして舞台に立てるチャンスはあと少し。どうしても最後に一度くらいはこの国で歌を歌ってから去りたかった。

「分かりました。それでは今宵、何とかワルターを呼びましょう」
「ありがとう、レンカ。我儘を言ってごめんなさい」

 ワルターが城の内外に配置された警備の者に見つからないように、私が出来る事は祈る事だけ。もし私が一緒の時ならばまだ良いけれど、ワルターが一人で捕まってしまったらと思うと、とても心配だった。それでも、ミーナとして最後に歌いたいという気持ちだけはどうしても諦める事が出来なかった。

 いつでもワルターが来てもいいように、私は衣装に着替えてその時を待つ。普段から夜に別棟を訪れる者はいないし、私とアルフレート将軍との婚姻が急に決まった事で城内は非常に混乱していた。こんな時にわざわざここを訪れる者はいないだろうと思ったから、待ち時間にワルターに渡すハンカチの刺繍の続きを刺した。

「ミーナ! 悪い、待たせたな!」
「ワルター! ごめんね、大丈夫だった?」
「何とかね。えらく城がバタバタしてるし、思ってたよりは大丈夫だったよ」

 二人で暗い地下通路を進みながら、ワルターに三日後に私はクニューベル帝国へと発つ事を伝える。レンカから事情を聞いていたワルターは、驚く事は無かったけれど、どこか考え込む様子で言葉数も少ない。

「なぁ、本当にいいのか? クニューベル帝国なんて行って。戦狂いの血塗れ将軍に嫁ぐなんて」
「やめてよ。アルフレート将軍だって、本心は私と婚姻を結びたくなんて無いんだから。これはあくまで政略結婚であって、特に私達の感情なんていうものは必要とされていないの」
「けどさ、クニューベル帝国って高貴な身分の間では一夫多妻制が色濃く残ってるっていうし。皇帝陛下だって三人も王妃がいるだろ。俺はミーナが不幸になるんじゃないかって心配なんだよ」

 優しい乳兄妹のワルターは、いつまでも私を大事にしてくれる。松明の明かりだけでは表情まで見えないけれど、きっといつもするみたいに不安そうに眉をハの字にした顔でいるんだろう。

「ありがとう、ワルター。例えそんな事があったとしても、私は政略結婚で輿入れするんですもの。悲しむ必要なんて無いわ。私の婚姻によって国と国の繋がりが出来て、それがより強固になる事で民が平和に過ごせて救われるのならば」
「ミーナがそこまで心を決めているのなら……」
「なぁに?」
「それなら、俺達もクニューベル帝国へ行くよ。ミーナは帝国でも銀髪の歌姫ミーナとして歌えばいい」

 確かにワルターのいる旅芸人一座は今まで色々な国を回って来たのだけれど、そんな風に個人的な感情で決めてしまっていいのだろうか。

「俺、実は座長を引き継ぐ事になったんだ。母さんが足を悪くして、思うように動けなくなったから」
「え……っ、ソフィーが? 大丈夫なの?」
「まぁ、足以外は相変わらず元気だし、口も達者だから大丈夫」
「近頃舞台を観に来ないと思っていたけれど……。でも、水くさいじゃない。私にももっと早く話してくれたら良かったのに」

 ソフィーは私の乳母でもあるし、お母様の古い友人だった。そりゃあソフィーの足を治してあげる事も、仕事を手伝う事も私には出来ないけれど……。それでも、話してくれれば良かったのに。

「すまん。他に色々とあって……。つい言い忘れただけだ。悪かったな」
「うん、でも……心配だわ。ソフィーには会えないの?」
「ミーナがこの国にいる間は難しいかも知れない。でも、ミーナが輿入れしたら俺達もすぐクニューベル帝国に移動するから。そこで会えるさ」
「そう……。分かった」

 ワルターは狭い通路を私の手を取ってぐんぐん進み、城下町のはずれにある出口へと向かう。出口は古びた空き家の庭に繋がっていて、そこにも別棟と同じくゼラニウムが沢山植えられていた。松明を消してからそっと外に出る。街の中心部に向かおうと一歩踏み出したところで、手を握って先を歩いていたワルターが振り返る。

「ミーナ。お前が本当は逃げたいと思っているなら、俺はお前を……」

 優しい茶色の瞳が真っ直ぐに私の方を見る。昔からまるで兄のように、泣いている私をいつも元気付けてくれたワルターは、今も懸命にどうにかしてこの状況から助け出そうとしてくれている。

「ワルター……」

 優しい私のお兄様、その先を口にしてはダメ。私を逃す事で国賊にする訳にはいかないもの。

 たとえ呪われ声の人形姫だとしても……私はこの国の王女だから。この国を守る為に、逃げ出す事は許されない。

「大丈夫よ。私はこう見えて王女だし、定められた運命には従うわ。だけど今宵一度だけでいいから、この国で最後にミーナとして歌わせて欲しいだけ」
「そうか……。分かったよ」

 さようなら、この国の民。私は呪われた人形姫と呼ばれたけれど、民の事を思わなかった日は無いわ。




 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃だって有休が欲しい!~夫の浮気が発覚したので休暇申請させていただきます~

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
【書籍発売記念!】 1/7の書籍化デビューを記念いたしまして、新作を投稿いたします。 全9話 完結まで一挙公開! 「――そう、夫は浮気をしていたのね」 マーガレットは夫に長年尽くし、国を発展させてきた真の功労者だった。 その報いがまさかの“夫の浮気疑惑”ですって!?貞淑な王妃として我慢を重ねてきた彼女も、今回ばかりはブチ切れた。 ――愛されたかったけど、無理なら距離を置きましょう。 「わたくし、実家に帰らせていただきます」 何事かと驚く夫を尻目に、マーガレットは侍女のエメルダだけを連れて王城を出た。 だが目指すは実家ではなく、温泉地で有名な田舎町だった。 慰安旅行を楽しむマーガレットたちだったが、彼女らに忍び寄る影が現れて――。 1/6中に完結まで公開予定です。 小説家になろう様でも投稿済み。 表紙はノーコピーライトガール様より

貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。

あおい
恋愛
貴方に愛を伝えてもほぼ無意味だと私は気づきました。婚約相手は学園に入ってから、ずっと沢山の女性と遊んでばかり。それに加えて、私に沢山の暴言を仰った。政略婚約は母を見て大変だと知っていたので、愛のある結婚をしようと努力したつもりでしたが、貴方には届きませんでしたね。もう、諦めますわ。 貴方の為に着飾る事も、髪を伸ばす事も、止めます。私も自由にしたいので貴方も好きにおやりになって。 …あの、今更謝るなんてどういうつもりなんです?

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者が、私より従妹のことを信用しきっていたので、婚約破棄して譲ることにしました。どうですか?ハズレだったでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者が、従妹の言葉を信用しきっていて、婚約破棄することになった。 だが、彼は身をもって知ることとになる。自分が選んだ女の方が、とんでもないハズレだったことを。 全2話。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

君は優しいからと言われ浮気を正当化しておきながら今更復縁なんて認めません

ユウ
恋愛
十年以上婚約している男爵家の子息、カーサは婚約者であるグレーテルを蔑ろにしていた。 事あるごとに幼馴染との約束を優先してはこういうのだ。 「君は優しいから許してくれるだろ?」 都合のいい言葉だった。 百姓貴族であり、包丁侍女と呼ばれるグレーテル。 侍女の中では下っ端でかまど番を任されていた。 地位は高くないが侯爵家の厨房を任され真面目だけが取り柄だった。 しかし婚約者は容姿も地位もぱっとしないことで不満に思い。 対する彼の幼馴染は伯爵令嬢で美しく無邪気だったことから正反対だった。 甘え上手で絵にかいたようなお姫様。 そんな彼女を優先するあまり蔑ろにされ、社交界でも冷遇される中。 「グレーテル、君は優しいからこの恋を許してくれるだろ?」 浮気を正当した。 既に愛想をつかしていたグレーテルは 「解りました」 婚約者の願い通り消えることにした。 グレーテルには前世の記憶があった。 そのおかげで耐えることができたので包丁一本で侯爵家を去り、行きついた先は。 訳ありの辺境伯爵家だった。 使用人は一日で解雇されるほどの恐ろしい邸だった。 しかしその邸に仕える従者と出会う。 前世の夫だった。 運命の再会に喜ぶも傷物令嬢故に身を引こうとするのだが… その同時期。 元婚約者はグレーテルを追い出したことで侯爵家から責められ追い詰められてしまう。 侯爵家に縁を切られ家族からも責められる中、グレーテルが辺境伯爵家にいることを知り、連れ戻そうとする。 「君は優しいから許してくれるだろ?」 あの時と同じような言葉で連れ戻そうとするも。 「ふざけるな!」 前世の夫がブチ切れた。 元婚約者と元夫の仁義なき戦いが始まるのだった。

公爵令嬢ルナベルはもう一度人生をやり直す

金峯蓮華
恋愛
卒業パーティーで婚約破棄され、国外追放された公爵令嬢ルナベルは、国外に向かう途中に破落戸達に汚されそうになり、自害した。 今度生まれ変わったら、普通に恋をし、普通に結婚して幸せになりたい。 死の間際にそう臨んだが、気がついたら7歳の自分だった。 しかも、すでに王太子とは婚約済。 どうにかして王太子から逃げたい。王太子から逃げるために奮闘努力するルナベルの前に現れたのは……。 ルナベルはのぞみどおり普通に恋をし、普通に結婚して幸せになることができるのか? 作者の脳内妄想の世界が舞台のお話です。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

処理中です...