上 下
6 / 55

5. 皇帝陛下とアルフレート将軍

しおりを挟む
 とうとうクニューベル帝国から多くのお付きの者を引き連れて、コンラート皇帝陛下とアルフレート将軍の一行がアルント王国訪れた。レンカの話によると、その豪奢な馬車の造りや護衛騎士達の装備を見た民衆は、帝国と自分達の国の国力の違いを実感し、尚更のこと噂になっていた奥方選びの行方に盛り上がりを見せているという。

「皇帝陛下、そしてアルフレート将軍、よくぞおいでくださいました」
「このように国民と一丸となって歓迎してもらって、ありがたく思うよ」

 お父様と言葉を交わすコンラート皇帝陛下は、まだ三十歳だと言われている。黄金色の髪に澄んだ青空のような瞳を持つ美丈夫で、先代の皇帝陛下はコンラート陛下の優れた統率力に期待して早々と皇位継承を行ったのだという。

 自分より十以上も若い皇帝陛下を前に、お父様は終始機嫌を取るような素振りを見せていた。いくら豊かな資源に恵まれているアルント王国とはいえ、クニューベル帝国とは相手にならない程の国力の差がある。それに前回の戦では助けてもらった恩もあり、その歓迎の宴はここ一番の派手なものとなった。

「ところで、こちらがアルント王国の美しい姫君達かな? アルフレートの未来の奥方がどなたになるのか、私は楽しみでならなかったんだ」
「いかにも。こちらから順に第一王女のエリザベート、第二王女のドロテア、第三王女のヘルタです」
「ほう、三人ともとてもお美しい姫君達だ。後で順番にアルフレートと踊らせよう」

 常に皇帝陛下の側で控えている寡黙なアルフレート将軍は、まるで太陽のようなコンラート陛下のイメージと正反対の印象を受けた。静寂に包まれた夜のような漆黒の髪と瞳、鍛えられて逞しい体躯と整った顔立ちは、妹姫達が騒ぐのも仕方がない。

「まぁ! それなら是非私から踊らさせていただきたいわ!」
「その次はどうか私と」

 積極的なドロテアとヘルタは、皇帝陛下の言葉に隠しきれない嬉しさを爆発させるように、期待の眼差しをアルフレート将軍の方へと投げかけている。

 私は前もって王妃から釘を刺されていた事もあって、アルフレート将軍の方をあまりジロジロと見る事は出来ず、なるべく黙って視線を下げていた。

「陛下、ダンスはあまり得意では無いのでできれば遠慮したいのですが」

 そう答えたのはアルフレート将軍。低くてよく通る心地よい声の持ち主だという事は分かった。しかし皇帝陛下はアルフレート将軍の訴えを一蹴し、結局ドロテア、ヘルタ、私の順番にダンスを踊る事になってしまった。

 やがてアルフレート将軍はニコリとも笑う事なく、妹達と踊っていた。しきりに話しかけるドロテアとヘルタに、どこか不機嫌そうにさえ見える表情でダンスをこなす。

 目の前のアルフレート将軍に、何とか自分を妻に選んで貰おうと夢中になっている妹達はそれに気付く事はない。それに、アルフレート将軍はダンスを踊る事を得意では無いと言っていたが、決してそんな事はない。長い手足と逞しい体躯を使って踊る姿は、会場にいる数多くの貴婦人達の目を釘付けにする程に魅力的だった。

「では、最後にエリザベート王女かな? 妹姫達とは色味が違うし、雰囲気も随分と違うが……とても美しい王女だな」

 皇帝陛下が場を和ませようとそう言うと、王妃と妹姫達の視線が突き刺さるように厳しくこちらを向く。お父様だけは表情を変える事なく、ただ「くれぐれも失礼のないように」といった風に頷いただけだった。

「アルフレート様。失礼ながら申し上げますわ。そちらの王女は口が聞けません。それに、普段は舞踏会に出る事を嫌がって、あまりダンスも上手くありません。踊っても面白くも何とも無いと思いますが、本当に宜しいのでしょうか?」

 こめかみをピクピクとさせながら王妃がそう口にすると、既に目の前に立っていたアルフレート将軍は一度だけ皇帝陛下の方へと視線を向けた。皇帝陛下は何故かとても可笑しそうな顔をしてから頷き、アルフレート将軍はそのまま私の方へ向き直る。

「エリザベート王女。私のようにダンスが苦手で、野蛮で無骨な者でも宜しければ。……どうか踊っていただけますか?」

 その時の声にはとても温かいものを感じた。私を蔑む王妃の言葉に対し、敢えて自分を下げたように野蛮で無骨だと言う。それに差し出された手は男らしくて大きくて、この手が帝国と我が国を守って下さったのだと思えば気軽に触れるのを躊躇う程で。

 私はこくりと頷き、差し出された手に自分の手を恐る恐る乗せた。返事をしない事が失礼だとしても、決して口は聞かなかった。私が口の聞けない呪われた人形姫だと言う事は、ここにいる全員が知っているのだから。

 思わず王妃の方をチラリと見れば、唇に血が滲むのでは無いかと思うほどに噛み締めてこちらを睨んでいる。その様子に気付いたのかどうかは分からないけれど、皇帝陛下は王妃にダンスを申し込んだ。若くて美丈夫である陛下に誘われては王妃もまんざらでは無いようで、上機嫌でエスコートされ広間の真ん中へと向かって行く。

 その様子に私はホッとして、思わず身体の力を抜き止めていた息を細く吐き出した。

「血塗られた戦狂いと呼ばれる私と踊るなど、恐ろしいですか?」









 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

処理中です...